━━━案件04 女神さまからのメールマガジン受信━━━
人間と狸の暫定的な主従契約が成ったところで、竜司郎は周りを見渡した。
座っているのはやや平べったい円形の大岩。高さは約1m。直径は5mくらいだろうか。
竜司郎が目覚め起き上がった視点から見て後方――北側――には同様の形をした小岩。高さはおよそ0.3m。直径はおよそ2mほどが鎮座しており、この岩の上に狸は転生してきたとのことだった。
その周辺は草がほとんど生えていない、奇妙に整ったむき出しの地面が大岩と小岩を囲むように10~15mほど広がる。
さらにその外周は全て樹木、樹木、草、草、草……。
「さて……どうやってこの森から脱出すっかな?」
周囲の様子を確認するため、竜司郎が立ち上がろうとしたとき、耳元に聞き慣れたメールの着信音が鳴り響いた。
「……メール? 嘘だろ?」
「あ、それたぶん女神さまからだと思います。え……っと、私の付与スキル”前カゴ収納スキル”に格納されてるスマホをイメージして……」
狸が右前脚を掲げると、シュッという小さな振動音と共にスマートフォンサイズの端末が現れた。どういう原理なのか、スマホは狸の前脚にピタリと吸着している。
「女神さまが、私たちの意思疎通とサポート用に、御主人のスマホとタブレットを改造したそうッス。スマホは私が、タブレットは御主人が所持するようにとのことッス。タブレットはご主人の収納スペースに格納されてますよ」
「収納スペース……ああ、うん。”付与記憶”の中にあるっぽい」
付与記憶とは、竜司郎が転生の際に授けられた諸々の新規記憶のことである。
内容は、竜司郎に全く縁のなかった、現世界の常識的スキルともいえる魔法知識を筆頭に、授けられた多くのスキルの使用手順、前世界から現世界での仕様に変更された重機、車両の取り扱い、操作方法などである。
覚えた記憶がないのに知っているというのは何とも不思議な感覚である。覚えているだけでなく経験に近い感覚として竜司郎の記憶に存在しているのだ。
そして収納スペースとは、竜司郎の精神に紐ついている魔法領域で、魔力や体力の代償無しで行使できる8立米相当の収納スペース……特権的スキルの一つである。
竜司郎の収納スキルはキャビン収納スペースと名付けられていた。トラックキャビンと比較的近い容積で、竜司郎がトラックキャビンに載せていた仕事道具がそっくりそのまま収納されているのが理由だった。
「キャビン収納スペースにある取り出したいアイテムを思い浮かべて……こうか?」
竜司郎は付与記憶をたよりに、魔法領域に鎮座する収納空間からタブレットを取り出した。見慣れないタブレットが竜司郎の左手に現れた。
「……なんか、ごっつくなってる」
狸のスマホも竜司郎が取り出したタブレットも、前世界で竜司郎が公私にわたって使っていた情報機器だ。
複数のカメラレンズ、右側に電源と音量、といった基本はそのままに、タフさを売りにする一部の機種のように太く分厚く改造されていた。
意匠も前世界風のメカニカルで直線的なものではなく、剣と魔法のゲーム世界に登場するような流麗な意匠が施されていた。
同様の変更は竜司郎の時計にも施されていた。タブレットを操作しようと左手に視線を移した時に気が付いたのだ。
「……なんか、時計もごっつくなってる」
どうも身の回りのアイテムに、軒並み異世界仕様の変更がなされているようだった。
時計は、土木建築業時代から愛用している竜司郎お気に入りのアナデジ時計だ。それもタブレット同様に外観上の変更がなされていた。
アナログ時計、デジタル時計、世界地図と、竜司郎お気に入りの賑やかな外観を踏襲しつつ、ケース、ボタン、インデックスは全体的に武骨で一回り大きな意匠に変更されていた。
一番の変更点は地図のデザインだった。元々地球の世界地図がデザインされていたものが、どうやら転生先のこの世界を表した地図となっているようだった。
そして西側にある一番大きな大陸のさらに西側、南へ大きく長く伸びた半島の付け根あたりに小さな赤い点が記されていた。どうやら現在位置のようだ。
竜司郎はタブレットを手に、手なりで暗証番号を入力し画面を開いた。
ネット接続を前提にしたアプリ──ブラウザ、メール、荷積み待ち、荷卸し待ち中にプレイしていたソシャゲの数々──のアイコンにも揃って✕印がつけられていた。
一方、画面中央付近に追加されている見慣れないアニメ風美少女のアイコンには、隅に着信を示す数字が表示されていた。
「……こいつか?」
訝し気にタップを躊躇する竜司郎のタブレットを覗き込む狸。
「それッスそれッス。女神さまが、そのメールアプリを利用した不定期メルマガで私たちをサポートしてくれるそうッスよ」
「アイコンといい、メルマガといい、女神さまがこんなに気易くていいのかよ……」
アニメ風美少女アイコンに向かってツッコミを入れつつタップする竜司郎。
アイコンに反して、開いたメールアプリのインターフェースは使い慣れたメールアプリを踏襲していた。
大岩の上に並んでタブレットとスマホを操作する人間と狸。
竜司郎は音声読み上げ機能をオンにして、メール内容を再生した。
『はろぉ~!竜司郎クン、狸クン、異世界の居心地はどうだい?。キミたちがやってきたのは剣と魔法と神が存在するファンキーでファビュラスでファンタスティックで、そして、ホンのちょっとだけフェイタルな世界だよ!』
「……最後が気になるんスけど」
「気になるのはそこだけじゃないが、気にしたら負けだ……」
かりそめの海の時の問答とはうって変わったフランクな文面に、竜司郎も狸もツッコミを入れざるを得なかった。
『でも大丈夫! 転生先の国はアイル・グレスト皇国といって、シャルム大陸最大の皇国だよ。ここ四半世紀の間は大きな内乱も外征もない安定した平和な大国だから、そこは安心してくれたまえ!』
「転生先が平和な国でもこんな森の中じゃな……」
「転生場所に関してはクレームつけていいんじゃないッスかね……」
狸のクレームも、女神さまは織り込み済みだった。
『あ、転生場所に関してはノークレームで! 何しろ竜司郎クンの要望に沿って前世界の人たちの善処にアレやコレやとリソースを使ってしまってね。転生場所をSSRにできなかったのさ!』
「そうか……それで……」
「あ~…それで私たちはこんな森の中に転生したってことッスね」
竜司郎がツッコまなかったことに、狸は気が付かなかった。
『でも大丈夫! 竜司郎クンの要望にリソースを使ったおかげでカンストは無理だったけど、キミたちに付与したスキルは、キミたちの才覚次第で十分使えるレベルになってるから、試行錯誤して大いに活用してくれたまえ!』
「女神さま……俺の要望を聞いてくれて……」
「試行錯誤ってどういうことッスか……」
『最後に一つだけ! このメールアプリは受信専用! そしてアプリが入ってるキミたちのスマホとタブレットは、私たち神々と交信できる神器なので、そこんとこ、よ・ろ・し・く! それじゃ! シーユーアゲぃン!』
困り顔とあきれ顔がないまぜになった狸の顔とは反対に、竜司郎は画面を見ながら安堵の表情を浮かべていた。
竜司郎が主体的に現世の情報を入手しえない以上、女神さまがやらずぶったくりで現世の人たちへの善処を反故にしている可能性はゼロではなかったのだ。
だから、このような間接的な形で自らの願いを考慮してくれたことが分かっただけでも、竜司郎は満足だった。
「あれ……? 嬉しそうッスね御主人」
「女神さまがな、転生前の俺の要望を聞いて、前世界の世話になった人にアレコレ善処してくれたのが嬉しいんだよ。いろんな人との突然の別れを、こういう形で何とか補填できたこともな」
「それはよかったッスね」
「ま、一癖二癖あって、手放しで尊崇できるかっていうとアレな女神さまだけどな」
「それは、ハイ。おっしゃる通りッス」
「でもこの措置には素直に感謝しておくよ。……これで現世の人たちへの借りは、十分じゃないにしても返せたはずだ。心残りも全部じゃないが随分軽くなった。改めて第二の人生を歩もうじゃないか」
「頑張りましょうね御主人」
「おう。改めてよろしくな」
「「それはそれとして……」」
竜司郎と狸は互いの顔とメールを交互に見返した。
「……しょっぱなのメールから随分ヤバい内容ぶっこんできましたね女神さま」
「それな。……しっかし、スマホとタブレットを誰もが持ってる情報端末から神と交信する神器にまで格上げするとは、さすがお前を問答無用で異世界に送り込んだだけのことはある」
やはり当初の所見通り、女神さまは一筋縄ではいかない、食えない人物(神物)のようである。
「神様が存在する世界ッスからね。取り扱い厳重注意ッスね」
「俺はキャビン収納スキルで保管、お前は前カゴ収納スキルで保管だ。そこまではいいが、基本的に第三者に見せるのはご法度にしておこう。機能や秘密を知られなかったとしても、おっぴらに使ってアレコレ詮索されると色々面倒だ」
「便利なんだか不便なんだか分かんないッスよ……」




