━━━案件64 段取り八分を異世界でも━━━
「……失礼しました」
冷静沈着なイルゼを驚かせたことで、竜司郎とモリンはサムズアップを込めた目線を送り合った。
イルゼは早速、魔導契約書の作成セットを半個室へ持ち込み、具体的な話を進めはじめた。
「御存じの通り、当ギルドの契約書は魔導契約書にて作成されます。契約締結には相応の責任が伴いますことを、改めてご了解ください」
イルゼ、というより冒険者ギルド側としては、不人気依頼の受理は嬉しい反面、不人気の理由がそのまま契約不履行の理由になるのだ。となれば、契約不履行となった場合も想定しなければならない。
契約不履行の冒険者に対しては、冒険者ギルドに登録した時に締結された、冒険者と冒険者ギルドとの契約に則り、相応の罰則が適用される。
罰金、貢献度減少、ギルド内での労役、期限付きの出入り禁止など軽微なものから、ランク降格、ギルド追放、官憲への引き渡しまでさまざまである。
事は冒険者ギルドの利益だけではなく信用にもかかわってくる問題である。冒険者への、契約締結前の確認は、全てのフロント職員に義務付けられていた。
「間違いありません。内容は、ボンゴス親方と同じような感じのテンプレでお願いします」
「かしこまりました。作成に少々お時間を頂きます」
イルゼが魔導契約書を作成している間、竜司郎は西風団の面々に向き直って頭を下げた。
「みんな申し訳ない。銅三位の俺ができる仕事で俺のスキルを活かせるとなるとこんな泥臭い仕事しか無くて……。本当はモンスター討伐とか、ダンジョンの探検とかを受けられたらよかったんだろうけど……」
西風団の面々は一瞬きょとんとした顔になって、すぐにおかしそうな笑い顔を並べた。マリーナすら可笑しそうにクスクスと笑っている。
「え……? え……? なんか俺おかしなこと言った?」
狼狽する竜司郎に、いや、悪気はないんです、とでも言うように手を上げて竜司郎を制したのはマーカスだった。
「リュウは本っ当に冒険の経験が無いんだなあ……」
揶揄するような口調ではなく、むしろ感心したようなルークであった。
「どういうこと……?」
竜司郎の疑問に西風団の面々が次々と答えてくれた。
「討伐とか探索とかって、そんなにしょっちゅうある仕事じゃないんだよ、りゅうっち。あたしたち銀級だって、いつもは町の仕事の手伝いとか、警備や護衛の応援とかで、種まきの時期には農村に泊りがけで手伝いに行ったりするんだから」
「そうですよ竜司郎さん。冒険で外に出たら、汗まみれ泥まみれは当たり前だし、いちいち『浄化』してたら魔力が持たないの。それに、モンスターの解体なんてやったら……ね? チャコ?」
「そりゃ~~もう! 毛があるモンスターだとノミも臭いもスゴイし、解体するとなったら血まみれの○○まみれで、マリーナの『浄化』でも、一段『強化』してかけなきゃ汚れも臭いも全っゼンとれないんだから!」
チャコの膝の上で「マジッスか!?」と目を丸くするモリン。マリーナとチャコが、竜司郎がイメージする華やかで胸躍る冒険者のイメージを次々と壊していく。
「……ですから、竜司郎さんが私たち冒険者にそのような気を使われる必要は無いんですよ」
「まあ、リュウがそうやって気を使ってくれるのはうれしいけどな!」
事ここに至って、竜司郎がイメージするゲームやアニメの冒険者象と、実際の冒険者の生活感あるギャップを埋め合わせる必要に迫られた竜司郎であった。
「……契約書が完成しました」
「はやっ!」
今度は竜司郎がイルゼに驚かされる番だった。イルゼは落ち着いた口調の中に少しだけ誇らしげな香りを漂わせた。
「飛野さんが、テンプレで構わないとおっしゃられましたので、ある程度書き置きしておいた契約書を使ったのですよ」
このあたりの段取りの良さは流石である。
「……あ、イルゼさん、折角契約書を書いてもらって何なんだけど、これから下見に行っていい?」
「「下見!?」」
イルゼが応える前に、ルークとチャコの声がシンクロした。イルゼもわずかに表情を揺らせた。
「いや、下見は必要だろ?」
「だってリュウ、溝掃除だぜ!?」
「そうだよりゅうっち。溝掃除なんて蓋とって泥掬ったら終わりじゃん?」
「いや、溝掃除だからだよ」
竜司郎は、イルゼから紙とペンを借りると仕事の状況を図示しながら説明した。
溝掃除といっても側溝は民家のそばを通り、人の往来は必ずある。そこに重機だのダンプだのを横付けして仕事をするためには、近隣住民の了解、協力は不可欠なのだ。
特に店舗を経営している場所の掃除ともなれば、客の出入りや商品への保護なども念頭に置かなければならない。食品関連の店舗なら一層の気を遣う。なにしろ汚泥を扱うのだから。
そうした点を下見で確認しつつ、できるだけ住民に会って了解と協力を取り付ければ、仕事は逆にやりやすくなるはずだった。
「すっごーー……、りゅうっちってホント気が回るよね」
「確かに食べ物屋の前で側溝の掃除されるのは、私が店主でも客でも嫌ですね」
チャコとマーカスが、竜司郎の図示をのぞき込みながら、腕を組んで頷きをシンクロさせた。
「……なので、食品を売ってるお店回りは忙しい昼時、夕方を絶対に避けて仕事する。場合によっては早朝でもいいかも。人通りの多い通りは休日を避けて人の少ないタイミングで、それから……」
竜司郎は依頼書の住所と近隣施設を照合しながら、側溝清掃の順番を大まかに決めていった。後は現場の状況次第で適時入れ替えればいいのだ。
竜司郎が今回の側溝清掃を計画するにあたって、魔導重機や魔導トラックに、内燃機関特有の騒音と金属の可動音が無いのが大変ありがたかった。
内燃機関のエンジン音で重機や、車両が稼働しているのを周囲に知らせられないのとトレードオフではあるのだが、重機や車両を静かに稼働させられるということは、静かな時間帯に仕事ができるということなのである。
(マーカスには悪いが、場所や住民の意向次第では、夜勤も視野に入れてみるべきか……)
竜司郎の土木屋として培った脳細胞が、活き活きと計画を立て始めた。
「それじゃあ、下見は明日からということで、今日は裏の訓練場を使って重機やダンプの座る位置関係なんかを予行演習しておきたいんですが……」
「かしこまりました。今日は訓練場の予定は空いておりますので、これからでも大丈夫ですよ」
「格好いいッスねぇ御主人! すっかり現場のリーダーじゃないっすか!」
「昔取った杵柄ってやつさ」
イルゼの後について、裏手の訓練場に足を向けた竜司郎とトートバッグのモリンに、少し遅れてマリーナが続いた。
「……初めての仕切りだから気負っている、というわけでもなさそうですよね、ルーク?」
「うん。気遣いもできるし、段取りもよどみない。それをああも自然にやられるとな」
「ホ~ント、不思議よね~~りゅうっちって……」
西風団の正メンバー三人は、半個室から竜司郎を追わず、揃って見送るように語っていた。
竜司郎さんを試してみませんか、と提案したのはマーカスだった。
魔法紋オタクとして、竜司郎とモリンの魔導車と魔法紋に熱を上げる一方で、魔術師としての彼は、冷静に彼らの背景を推察しようとしていた。
好奇心旺盛なチャコは二つ返事だったが、ルークは、リュウを騙すことにならないか、と、最初は気が乗らない様子だった。とはいえルーク自身も、竜司郎と、そしてモリンにも、恐怖でも畏怖でもない何か別の底知れなさを感じ取っていたのだ。
マシウス先生に聞けば、何かヒントが貰えるだろうか……? それともストレートに自分で聞いてみるか……?。
直情なルークらしくもなく悩んだ末、疑問はひとまず頭の片隅に追いやって、西風団のメンバーと共に裏手の訓練場へ向かった。




