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━━━案件62 西風団の依頼チョイスは朝食の後で━━━

 

 ロナーシア右岸。冒険者ギルド。


 竜司郎は営業開始を見計らって、モリン、マリーナと冒険者ギルドにやってきた。ゆっくりと魔導バイクを走らせる道すがら、近所の知り合いや、興味深々で近づいてくる人たちに気軽に挨拶を交わしながら、である。


 竜司郎とモリンに声をかけてくる人々は、ローファインに連行される前より明らかに増えていた。




 どこから嗅ぎつけたのか、竜司郎を減刑してロナーシアに留めたローファインの裁決は、すでにロナーシア情報会の知る所となっていたのだ。


 ロナーシア情報会の報道は、朝のディフォード戦闘術──竜司郎目線で言うところの、異世界ラジオ体操──の後に、ご近所さんが情報誌を持ち込んで竜司郎とモリンに紹介してくれた。


 目を輝かせて情報誌を読み込むモリン。竜司郎とマリーナはうんざり顔だったが、ロナーシアの市民たちに自分たちがどのように報道されているのか、そこは知っておきたいところである。


 ……事実の報道ならともかく、あまりにも風説の流布が過ぎるようなら、こちらも相応の手を打たねばならないのだ。




 ところが、先日冒険者ギルドで見た煽情的で大仰な言葉が並んでいた情報誌とはうって変わって、今回の号は、努めて客観的で冷静な文体で書かれていたのだ。


 情報誌の一面を、竜司郎は思わず見直した。別の情報会が発行したのかと思ったのである。あるいは先号とは違う書き手によるものか?。




 ……竜司郎の誠実で紳士な態度と、聖獣モリンと仲間たちの活躍、そして聖者ジョージの故事を引き合いに減刑したローファインの裁決は、名裁きとして扱われていた。


 彼らロナーシア情報会の熱心な報道活動の結果、昨日の裁決は、竜司郎とモリン、そしてローファインの名声を高めることとなり、魔導車召喚士飛野竜司郎と聖獣モリンの名は、より一層ロナーシアの市井に知れ渡ったのである。






「おはようございます、マリーナさん、飛野さん、モリンさん」


 冒険者ギルドでは、フロントチーフのイルゼが出迎えてくれた。何を隠そう彼女も情状請願の証言と署名に力添えしてくれた一人であった。


 竜司郎とモリンとマリーナはひとしきり礼を述べると、飲み物と軽食を頼んで半個室の席に着いた。場所代のようなものである。二人と一匹は、朝食は教会ですでに食べてきていた。栄養と愛情たっぷりのルミーナの手料理を。






 ……竜司郎は働きたかった。身体を動かしたかった。


 領邦治安官の館に拘束されていた約三週間、運動らしい運動と言えばキャビン収納スペースに収納されていた鉄バールをウエイトに、筋肉トレーニングをこなしていた程度だったのだ。それも領邦治安官の目を盗んでこっそり、である。


 もしバールが見つかりでもしていたらと思うと、今も冷や汗が出る。ローファインに見つかっていれば、直接「迂闊な男だ」と言われ、呆れられていたであろう。


 なにしろこのバールも異世界仕様に変更されていたのだ。デザインは前世界の黒い鉄バールのまま、背には魔法文字が記され、『強化』と『伸縮』と『軽量』と『加重』の魔法も付与されていたのだった。




(盛りすぎだろ女神さま……)




 と、女神さまへのツッコミは忘れなかった竜司郎であった。


 文字通り”バールのようなもの”に仕様変更された竜司郎愛用のバールは、作業に戦闘に筋トレにと、相当に汎用性の高いアイテムに仕上がっていたのである。


 このバールに黒と銀のバイクプロテクターを合わせれば、竜司郎は、銅三位らしからぬ豪華な魔法付与装備で身を固めることになるであろう。戦闘技術は皆無であったが。




(俺も本格的にディフォード戦闘術を習うか……)




 戦闘技術が皆無なのは、冒険者としてかなりのハンデ、いや銀級冒険者と共に仕事をこなすにおいては、致命的といっても差し支えない。


 ルークは言うまでもなく、チャコも、マリーナも戦闘技術は折り紙付きで、魔法使いのマーカスですらディフォード戦闘術の槍杖術を心得ていた。


 竜司郎も、せめて並のモンスターから身を護り、そこらの賊徒を追い払う程度の技術は身につけておきたいものである。






「お~~早いな!」


 冒険者ギルド奥の階段から大きな声がした。西風団リーダーのルークである。後ろには元気そうなチャコと、寝起き顔のマーカスが続いた。冒険者ギルド左手にある高位冒険者用の集合住宅と冒険者ギルドは、渡り廊下で繋がっているのだ。


「おはよ~~ございま~~っす! あ、イルゼさ~~ん、いつもの朝食四人前よろしくぅ!」


 チャコが階段から降りながら、イルゼに元気な声で注文した。チャコとマーカスはそれぞれ一人前、ルークが二人前で、合計四人前なのである。




 ドッカと壁際に腰を下ろしたルークは、早速朝食を食べ始めた。意外なほど上品なチャコと、ぼそぼそと黒パンをつまむマーカスとは対照的な豪快な食べっぷりである。


 それでいて所作に下品さを感じさせないのは、マシウスとルミーナの教育の賜物であろう。




「いや~~見てて気持ちがいい食べっぷりッスよねルークさん」


「はっはっは! マシウス先生には、もう少し落ち着いて食べなさいって言われるんだが、こればっかりは中々直せなくてな」


 ルークの食べっぷりを褒めるモリンはモリンで、タヌキサイズに似合わぬ健啖ぶりなのである。




 昨日のボンゴス主催の飲み会でも、明らかにタヌキの胃袋を超えた量を食べて、不思議に思った参加者たちが問いただしたのだ。


 聖獣として、人間と同程度の体内魔素を生成するために、モリンの体内では、栄養として摂取する食物とは別に、魔素に変換される食物の摂取も必要なのだそうである。


 食物の摂取が魔素生成に必要である、というのは竜司郎の付与記憶にもあるからどうやら真実である。




 ……なのである、が、モリンが食事をするさまは、魔素の生成のために仕方なく、というそぶりは微塵もなく、どう見ても食いしん坊のそれなのである。


「ホントは美味しいものを食べたいだけなんじゃないのか?」


「失敬なことを言わないでくださいよ御主人! 私は体内魔素を十分に生成して、魔導バイクを余裕をもって展開するためにですね……」


 モリンは、竜司郎への言い訳もそこそこにフルーツの盛り合わせに前足を伸ばし、竜司郎を嘆息させたのであった。






「……さて、腹ごしらえも終わったところで、仕事の話をしようか」


 ルークはやや真面目な口調で居住まいを正し、イルゼから注文の食事と一緒に手渡されたA3サイズの石板のようなものをテーブルの中央に置いた。逓信板と呼ばれるマナネットからの情報を呼び出す魔道具である。


 逓信板には、冒険者ギルドに設置されている魔法ネットワークシステムの中継魔導器”アカシアの葉”を経由して、銅三級でも受けられる仕事が石板にリストアップされていた。これも聖者ジョージが開発したマナネット技術の応用である。




(タブレットッスね御主人)


(うん。タブレットだ)




 アカシアの葉から逓信板への受信範囲はごく狭く、表示内容もテキスト文書のみである。それでもテーブルに座ったまま、必要な情報を受信して仕事の依頼を検討できるのはありがたかった。


 この逓信板を扱えるのは、確かな実績と実力を兼ね備え、豊富な依頼から仕事を選べる銀級以上である。銅級の冒険者は、総合カウンター横の依頼書掲示板に張り付いて仕事を探さなければならないのだ。


 このあたりの露骨な扱いの差が堂々と組織運営に組み込まれているのは、能力主義と身分制度ガチガチの異世界ならではと言えた。


 建前上は四民平等だった日本人の竜司郎と、日本育ちのモリンは、軽い異世界的カルチャーショックを受けたのであった。



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