━━━案件61 竜司郎 娑婆にもどる━━━
領邦治安官の館。
裁決契約書に署名し、正式に刑罰を受け入れた竜司郎は、三週間ぶりにロナーシアの娑婆へと戻ってきた。門前には公審の間に出席していた竜司郎の友人知己。
異世界に転生してきて約一か月の交友関係である。いや、実際に面と向かっての交流は二週間もない。そのほんの二週間程度の付き合いでしかない人間に、文字通り東奔西走してくれた竜司郎の恩人たちである。竜司郎は文字通り頭が上がらない胸中だった。
「……みなさま、色々と御迷惑をおかけしました」
領邦治安官の館の前で、深々と頭を下げる竜司郎。保釈された芸能人が、大勢のファンに囲まれて迎えられた気持ちが少しわかった気がした竜司郎であった。
「ごしゅじ~~ん!」
駆け寄ってきたモリンを抱きあげて、一しきり頬ずりすると、竜司郎はもう一度頭を下げた。ワッと人の輪が縮まり、竜司郎を暖かく小突き回す。
「ハッハッハ! 心配かけやがって竜の字! これから現場でガッツリこき使ってやるから覚悟してやがれ!」
「ダメだぜ親方! リュウはこれから俺たちが一人前の冒険者に仕立て上げるんだ!」
「何言ってやがる! 竜の字の魔導車スキルは工業ギルドに向いてるに決まってらあ!」
「い~~や! 移動力と収納力はどう考えても冒険者向きのスキルだ!」
ボンゴスとルークが竜司郎を挟んで嬉しそうにやりあっている。彼らの後ろには西風団のチャコ、マーカス。デリオ、アルド、ノルドを先頭にボンゴスファミリーの面々。そして正面には……。
「お疲れさまでした竜司郎さん」
「おかえりなさい! 竜司郎さん」
ローズウッド父娘が、暖かい笑顔で竜司郎を迎えてくれた。
「本当に、ありがとうございました。」
竜司郎は、二人の前に進み出てまた頭を下げた。マシウスの情状請願がなければ、国外へ追放され、誇張なしに二度と会うことはできない可能性もあった。竜司郎にとって、いくら頭を下げても下げ足りない相手なのだ。
「ローファイン卿は正しく法を運用してくださる方です。私はそれに合わせて動いただけですよ。それよりも竜司郎さんが、ボンゴス親方救出から領邦治安官の事情聴取に至るまで、終始誠実に対応したのが大きいのです」
マシウスの発言に大きく頷くマリーナ。
「そうでなければ、領邦治安官も、我々の情状請願をこれほどには受け入れてくれなかったでしょう」
面映ゆい気持ちで苦笑する竜司郎に、ボンゴスが組み付いてきた。
「先生! 竜の字もこうして無事出てこれたわけです。難しい話はあとにしましょうや!」
ボンゴスは竜司郎と肩を組んだ反対の手で、ずっしりとした革袋をデリオに放り投げると手を振った。
「デリオ! ひとっ走りイルカとクジラ亭に行って、ここにいる全員入れる部屋を予約して来い!」
「ま~た飲み会っすか親方」
「いいじゃねえかルーク。めでてえ時にゃみんなで飲んで騒いで喜びを分かち合うもんだ」
「それじゃ遠慮なくご相伴にあずからせてもらいますよ。イルカとクジラ亭の、白身魚の塩焼きは絶品ですからね」
マシウスとはまた違った、ルークとボンゴスの関係に、竜司郎は穏やかな気持ちに包まれた。
「モリン、サイドカーを展開してくれるか?」
「お安い御用ッスよ御主人」
「久しぶりにお前のバイクにも乗りたいし、奢ってくれる親方を歩かせるわけにもいかないからな」
モリンは嬉しそう頷き、竜司郎の腕からピョンっと降りると、元気に魔導バイクを展開した。
夕刻。ロナーシアの左岸。
商業地区の一角にある酒場は、夕凪という名前で、店名の通り静かな雰囲気で飲酒を楽しみたい富裕層や知識階級から静かな支持を受けていた。
『光源』の光を柔らかに使用した落ち着いた店内。カウンターの一番奥で、ローファインは蒸留酒のグラスを手に取っていた。
三年前にロナーシアに着任して以来、大きな裁決を終えたローファインが、決まってこの酒場を利用していることは、彼を知る者の間ではつとに知られていた。
大仕事から解放されて羽を伸ばしているとも、重い裁決の重責を酒で洗い流しているとも言われているが、本人の口から語られたことはない。
いつもならワインを一本、読書をしながらゆっくりと空けるローファインが、今日は蒸留酒を注文したことで、熟練で知られるマスターの手際は一瞬だけ遅れた。
「ローファイン卿が蒸留酒を注文とは、珍しいですね」
ローファインの隣に座っている大男が落ち着いた口調で言った。大男は、ローファインに一杯奢ると言い、ローファインはそれに応えてワインではなく蒸留酒を注文したのだ。大男の手元にも、ローファインと同じ蒸留酒が差し出された。
「お前が面倒な男を助けてくるからだ」
ローファインは大男の方を見ずに、蒸留酒を一口あおって呟いた。大男──マシウス──は声を立てず可笑しそうに笑った。
「本日の裁決、御見事でした」
「……」
「……その昔、聖者ジョージは、魔法が禁止されていた聖域で魔法を行使し人を助けました。そのうえで潔く罪に伏したことが、当時の領主に感銘を与え、罪一等が減ぜられました。そしてその事件は彼の名声を一層高めることになりました」
「……」
「飛野竜司郎さんの、国外追放となるべき重罪を、ロナーシア領における一年の保護観察と、保護観察にかかる費用の一部負担に軽減するのは、その聖者ジョージの故事に由来したものですね?」
ローファインは肯定する代わりに、もう一度蒸留酒を一口あおった。
「お前が余計な情状請願を提出したおかげて、俺は余計な故事や判例を探し出す手間をかけることになった。まったく、お前は昔から余計な事ばかりしてくれる」
「ですからこうして、ローファイン卿の労をねぎらって、一杯奢っているではありませんか」
「ここは官公庁ではない。ローファイン卿はよせ」
「ではレイモンド。竜司郎さんへの決裁、改めて御礼申し上げます」
ローファインはマシウスの方へわずかに体を向けた。
「おかしなことを言う。俺は法に従って飛野竜司郎を裁決しただけだ。私心など幾ばくも差し挿んではおらん。……手間はかかったがな」
「ですから、そのお手間に関して、こうして御礼を申し上げているのです」
マシウスは笑ってグラスを掲げた。
まったく、マシウス・ローズウッドは昔からこうだ。こちらの心理を見透かしたように、余計な事ばかりする。
二人は同時に蒸留酒をあおって、グラスを空にした。
「それでは私はこの辺で。イルカとクジラ亭で仲間が待っておりますので」
マシウスは大銀貨を二枚、マスターに差し出すと席を立った。
「おい、払い過ぎだぞマシウス」
「レイモンドが、もう一杯欲しそうな顔をしていたもので、つい」
またこちらの心理を見透かしたように言う。
「……ふん」
ローファインは不機嫌そうな顔なのに、どこか嬉しそうな動作で、マスターが差し出したグラスを手に取った。




