━━━案件60 異世界奉行ローファインの裁決━━━
今回の投稿で60話です。
約二か月、三日坊主常習犯の私が、ここまで来られましたのも、読んでくださる皆様のおかげです。
この場を借りて読者のみなさまに御礼申し上げます。
アンセル伯爵領、領都ロナーシアの領邦治安官の館にある「公審の間」。
今日は、飛野竜司郎の裁決が申し渡される日である。
公審の間は、奥が領邦治安官の席、ホールの中央、八角形に装飾されたタイルの上が被告人の立ち位置、そこからさらに後方に、木製の低い衝立と、同席を許された被告人の関係者が座る長椅子置かれていた。
二段高い壇上に鎮座するは領邦治安長官ローファイン。一段下の左右には書記官を兼任するお付きの秘書官が二人。左右の壁際にそれぞれ五人の法務衛士。
飛野竜司郎は公審の間の中央、魔法障壁と魔法封じが施された八角形のタイルの上に立たされていた。
ただし、ローファインは、竜司郎には縄も打たせず手錠もせず、彼の左右に法務衛士も控えさせてはいなかった。竜司郎の事情聴取の結果を反映した措置であろう。
竜司郎の背後の関係者席には、ボンゴスファミリーと工業ギルドのメンバー、西風団、そしてマシウスとマリーナに連れられてきた教会関係者と信徒たちがつめかけていた。
この数週間の事情聴取で竜司郎と知己になったとある法務衛士が好意で伝えてくれた。公審の間に、これだけの人数がつめかけるのは、かなり珍しい、と。
竜司郎は壇上のローファインを見上げた。
壇上のローファインは、立ち襟の上着にアスコットスカーフを首に巻いた、この世界の成人男性の正装で、さらにその上から黒の法服を身に纏った厳粛ないで立ちである。
一方の竜司郎は、青と藍のウエスタンシャツに濃紺の綿ズボン、黒い安全靴という、転生時に着用していたOS物流の制服であった。
左胸ポケットに赤い糸で刺繍された、OとSを組み合わせたOS物流のロゴマークは、ヘルメットのロゴマーク同様に、Sの字が竜のデザインに変更されていた。
裁決日ということで、竜司郎は拙いながらも自らと衣服に『浄化』の魔法をかけ、シャツはきちんとズボンに入れ、ウエスタシャツのボタンもすべて留めて、法廷に臨んだのである。
竜司郎は、ローファインが読み上げる裁決文を、表情を変えずに聞いていた。
(判決理由を先に述べるって、たしか死刑の判決が高いんだっけ? ……いや流石に死刑は無いだろう。とすると、この読み上げ順はローファイン卿の判断か)
自らの去就が決まろうというのに、竜司郎は半ば人ごとのような心境だった。
人世、なるようにしかならない。
両親の相次ぐ死によって醸成された竜司郎の人生観は、刹那的とか冷笑的ともまた違う。どちらかというと人事を尽くして天命を待つ、の方がより近い。
竜司郎が領邦治安官に身柄を拘束されても、そこまで深刻で恐慌な精神状態にならなかった理由の一つである。もちろん人事を尽くしてくれた、モリンや、マシウスやマリーナ、西風団のみんなや、工業ギルドの人たちのおかげでもある。
彼らの奔走と、それを定期的に伝えるモリンとの通話で、竜司郎の心理的安全性は相当に担保されたといっていいのだ。
竜司郎自身も、現在の身分と才覚の及ぶ範囲で、できることは全て尽くしたはずだ。短い期間の付き合いにもかかわらず、モリンも、異世界の人々も、力を尽くしてくれた。ならば後は天命を待つしかないではないか。
そういえば、実際に竜司郎が接触し、実在(?)する神である女神さまは出張的な立ち位置で、今しばらくこちらのサポートを請け負ってくれているとメールマガジンで言っていたが……。
(かといって、あの女神さまの意思を天命というのもなぁ……)
それはそれで気が進まない竜司郎であった。
(俺はフィーズ教の信徒じゃないし、父さんと母さんは神道だったから八百万の神々の天命を待つことになるのかな……? でもこの異世界の氏子にまで八百万の神々は目を配ってくれるんだろうか?)
不思議なもので、母の病死に対しても、父の事故死に対しても、竜司郎は神を憎むことはなかった。父母の教えではない。父も母も、そこまで敬虔な神道の氏子でもなかった。
フィーズ教の神々を信仰する一般的な異世界の人々と同程度の、季節ごとの参拝と、葬祭の時にそれなりの祈りをささげる程度だったはずである。
あるいは、いくら神を憎んだところで、父も母も生き返りはしないという、両親の死を経て、小学生には似つかわしくない諦念を身につけたせいかもしれなかった。
「……裁決を申し渡す」
既に聴覚が覚えたローファインの声が、竜司郎を異世界の被告人という現実に引き戻した。
一瞬の沈黙。竜司郎とローファインの目線が交差する。
「飛野竜司郎に、法が定める所定の懲役刑および罰金刑を科した後、皇国臣民の資格をはく奪と、国外退去を命ずる」
ローファインが一呼吸置くと同時に、竜司郎の後方から、不満と怒りの声と、次々と席を立つ音が聞こえた。
左右の法務衛士たちが身構えるより早く、マシウスの、彼らしからぬ鋭い声がそれを制した。竜司郎は驚いて振り返りそうになったほどである。
ローファインは関係者席の騒動を見ようともせず、竜司郎に目線を合わせたまま、裁決文の続きを読み上げた。
「……と、本来は刑を科すべき罪ではあるが、ボンゴス親方の救助に至った経緯、事故当時の緊急性、飛野竜司郎本人に悪意なしとの証明、さらに情状請願に寄せられた数々の証言を勘案し、ロナーシア領における一年の保護観察と、保護観察にかかる費用の一部負担を命ずる」
再び一瞬の沈黙。
後方から、今度は驚愕と安堵が混ざり合った声が聞こえた。竜司郎はわずかに目を見開きローファインを見た。ローファインの表情は厳粛なままだ。竜司郎は、黙って一礼した。
「これにて閉廷する」
礼を終えた竜司郎と一瞬だけ目を合わせると、ローファインは厳粛な顔のまま、立ち上がって宣言した。




