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━━━案件58 竜司郎 聖者ジョージを知る━━━


 聖獣モリンと、フィーズ教会と西風団と工業ギルドが手を組んで、飛野竜司郎を救わんと奔走している同じころ、当の飛野竜司郎は貴人用の牢屋で読書を楽しんでいた。


 吞気と言えば呑気である。そうはいっても竜司郎は身柄を拘束され、審議と裁決を待つ身の上であり、そもそも自由気ままな活動はできないのである。




 こんな時、前世界時代の竜司郎なら、スマホとタブレットで、ネットゲームのデイリーミッションをこなしたり、ダウンロードしたレトロゲームの続きをプレイしていたものだった。


 だがここは異世界である。ネットは当然繋がらず、スマホゲームはおろか、ダウンロードゲームすら全てアイコンに✕がつき、プレイ不能なのである。


 唯一✕がついていないアイコンは、女神さまのメールマガジンのアニメ風美少女アイコンだけであるのが地味に憎たらしい。




 ……モリンが泣き顔でスマホ通信を送ってきた時、竜司郎は手なりでキャビン収納スペースからタブレットを取り出してしまった。


 モリンのスマホも、竜司郎のタブレットも、最先端の電子機器ではなく、異世界ナイズされた魔法ガジェットとして作り変えられていた。




 しかし、魔法封じの腕輪はピクリとも反応しなかったのだ。


 それはつまり、スマホもタブレットも、それらを使用した通信も、キャビン収納スペースも、生活魔法として認識されているということではないか?。


 付与記憶と、半月ほどの異世界生活から推測するに、竜司郎が転生したこの異世界で、キャビン収納スペースやスマホタブレット通信を再現しようとすれば、相当に高度な魔法を駆使しなければならないはずである。


 竜司郎は魔法封じの腕輪が無反応なことに一安心するとともに、女神さまから与えられたスキルが、地味に、いや派手に”特権的スキル”である事実を知らされたのである。







 竜司郎にとって最優先されるべき事情聴取も一段落していた。


 ローファインだけでなく、彼の配下たちからも事情聴取を受けたが、彼らとローファインの事情聴取を照合しても、竜司郎の証言に矛盾や齟齬、そして新事実は見当たらなかったのだ。


 現在はマシウスが提出してきた情状請願に対する審議が行われているという。


 そのあたりの事情も、モリンのスマホを通じて定期的に竜司郎に伝えられていた。マシウスを始めとして、僅かな期間に知己となった異世界の皆さんが、大勢竜司郎のために奔走してくれているのだ。


 モリンを通じた報告は実に心強く、ありがたくもあり、申し訳ないとも思う竜司郎であった。




 現状、竜司郎は、身柄を拘束されているというだけで、不満やストレスが皆無とは言えないまでも、定期的な領邦治安官の巡回と雑談に近い事情聴取以外は、まずまず快適な日常生活を送っていた。


 ワーカホリックでアウトドア派の竜司郎にとって、身柄拘束や事情聴取よりも、むしろ身体を動かせないことにストレスを感じるほどであった。






 貴人用の牢屋に置かれている本棚には、アイル・グレスト皇国関連の歴史、地理、文化、伝説、人物、魔法、武術、芸術、等々が揃えられていた。


 付与記憶にある、アイル・グレスト皇国の通り一遍の記憶を補強するのに非常に役に立つ品揃えであった。




 竜司郎がまず手に取ったのは、アイル・グレスト皇国以前の歴史を記した一冊だった。


 神々が微睡む太古の時代。神族が下界、すなわちこの世界に降りて海を、大地を、人を形成する神話の時代。やがて神族が天へ還り、人型種族の時代が来る。魔法と科学が融合したアーク文明の勃興と繁栄と滅亡。


 そして剣の時代[つるぎのじだい]と呼ばれる戦乱の時代を経て、現在のアイル・グレスト皇国が建国されるまでの壮大な歴史である。


 残念ながら文体は、情緒豊かな文豪によって描かれた大河歴史小説ではなく、博覧強記な学者が編纂した歴史資料であった。




 それでも竜司郎はその歴史資料を十二分に楽しんだ。




 付与記憶によって、この世界の文字が読める楽しみと、転生して実際に竜司郎が生存している世界の、剣と魔法と神が織りなす歴史を知る楽しみは、竜司郎にとってこの上もない極上のエンターテインメントだったのだ。






(次はこのシリーズかなあ……)


 竜司郎はアイル・グレスト皇国の歴史上において、多大なる功績を挙げた人物をまとめた人物伝の花布に指を置いた。人物伝は、皇族、貴族、平民、移民、異種族の五巻で構成されていた。


 最初に皇族の一巻に指をかけた竜司郎は、すぐに指を離して三巻の平民を手に取った。


 皇族が大きな功績を挙げるのはむしろ当然であるし、功績は過大に、罪業は過少に記されているであろうことは容易に想像できた。


 ならば逆に、功績も罪業もそれなりに公平に記されているであろう平民の三巻を選んだのである。竜司郎自身が前世界では有名人でもインフルエンサーでもなく、この世界でも平民であることも理由であった。




 竜司郎は人物伝の索引を斜め読みしていた。この人物伝の索引には、名前とともに簡単な功績も紹介されているのだ。竜司郎の興味を引きそうな紹介文を追っていっていると……




 聖者:ジョージ・セナ


 魔法網マナネットの復刻者にして大魔法使い。聖獣クロウとともに、アイル・グレスト皇国のみならず、世界中の国家へ多大なる影響を与える




(たしかルークが聖者ジョージ様がどうのこうのって言ってたような……。この人の事かな?)




 竜司郎の予想は当たっていた。


 聖者ジョージ・セナは、古代アーク文明時代に隆盛した、魔法による広範なネットワークシステム”マナネット”を、不完全ながら復刻させた大功績者であった。


 現在マナネットシステムは、アイル・グレスト皇国のみならず世界中の国々で利用されている。


 端末魔導器を通じて、アイル・グレスト皇国中に植樹された”アカシアの樹”を経由し、皇都にある”アカシアの大樹”と呼ばれる記憶魔導器と結び、国内のどこででも同一の情報がやり取りできるのだ。




(……テキストデータのみのインターネットみたいなもんか。皇国臣民証はこれに紐付けられてるんだな)




 聖者ジョージはそれだけでなく、世界中の国々に”アカシアの大樹を植樹”し、さらに魔鏡を利用した映像通信網も組み込んだ、まさにインターネットと同様のシステムを構築しようと情熱を注いていた。


 だが、その壮大な夢は、国ごとの思惑の違いと、聖者ジョージ・セナの寿命によって、叶わぬ夢となってしまったのである。


 現在、聖者ジョージの夢を引き継いだ後進の魔法使いたちが、ゆっくりと、だが確実に魔導通信網を発展させていた。


 不完全だった魔鏡通信の改良や、魔法紋を応用した大容量の情報通信など、いくつかの魔法ネットワークシステムは一部で実用化されているという。




(だから聖者ジョージはマナネットを”不完全なシロモノ”といってはばからなかったのか……)


 竜司郎は、聖者ジョージ・セナの項目だけでなく、彼の項目に登場した人物も次々と辿り、五巻の人物伝をベッドに広げて読み進めていった。




(……これは面白いぞ!)




 竜司郎は、自らが官憲に捕らわれた身であることも忘れ、聖者ジョージ・セナのエピソードを他の書籍にも探し始めていた。



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