━━━案件57 皇国学院の同窓 旧交を温める……?━━━
アンセル伯爵の居城、ロナーシア城すそ野の行政区。領邦治安官の拠点である館は、二人と一匹の訪問者を迎え入れていた。ローズウッド父娘と、聖獣モリンである。
領邦治安長官ローファインは、彼らの面会をあっさりと許可し、執務室へと通した。ローファイン自身が演出した戯曲である。筋書き通りに踊ってくれた俳優を、拒む理由は無かった。
彼らに同行してきた工業ギルドの面々、飛野竜司郎が所属している冒険者グループ西風団は、門前で待たせてある。理性的な話が出来そうにない者たちまで、ローファインは館にも執務室にも入れるつもりはなかった。
皇国学院の同窓たるマシウス・ローズウッドと直接相対するのは半年ぶりだろうか。彼の娘のマリーナとは、一年近く前にアンセル伯爵主催の、ロナーシアの代表者たちを招いたパーティーで軽く挨拶をして以来である。
互いに知らぬ仲ではなく、ロナーシアにある組織で顕職に就くもの同士、直接会っていなくても、互いの活動はある程度把握していた。
しかし、ローファインに、旧交を温めようという雰囲気は一切なく、マリーナが肩に下げたトートバッグから顔を出す聖獣モリンを一瞥してわずかに眉を動かした以外に、彼の心境を察する手掛かりは無かった。
「面会いただきありがとうございますローファイン卿」
マシウスは恭しく、マリーナとモリンは形式を一歩も外さず、一礼した。
ローファインは、執務卓に座ったまま、彼らの礼に軽く手を挙げると、右手に置いてあった砂時計を反転させた。普及品の、30分で砂が落ち切る大きいサイズのものだ。
「貴公らの訪問の理由は分かっている。貴公らの知己、そこな聖獣の主人である飛野竜司郎を放免せよ、との嘆願であろう?」
マシウスたちの機先を制するようにローファインは決めつけた。まず、こちらにその意は全くない。その旨を態度と口調で明確に示しているのだ。露骨に表情を硬くするマリーナとモリン。マシウスは堪えた風もない。
まず自らの意思を明確に述べて、相手の意思を減衰させる手法は、皇国学院時代からのローファインの手癖のようなものである。いや、峻厳な気質からくる彼なりの意思表示方法と言うべきか。
手の内を知っているマシウスには通用しない。ローファインも通用すると思ってはいない。彼らにとっては挨拶のようなものなのだ。
「ご安心くださいローファイン卿。本日の面会の目的は、飛野竜司郎さんの放免を嘆願しに来たわけではありません」
「ほう、門前で気炎を上げている工業ギルドと飛野竜司郎の一党たちを見るにつけ、てっきり放免の嘆願かと思っていたが」
チラリと窓の方を見るそぶりをするローファイン。
窓から見下ろせば、領邦治安官の館の門前で、館の門番と、その奥にいる竜司郎を捕縛した官吏に無言の圧力をかける、ボンゴスファミリー、工業ギルドの有志、そして西風団が見えるはずだ。
直情的なボンゴスもルークも分かっていた。ここで下手に激発すればローファインの思うつぼであり、飛野竜司郎の裁決に、少なからぬ悪影響を及ぼすであろうことを。
マシウスも、特にボンゴスファミリーとルークには重ねて自重を促し、彼らは器から溢れそうな感情の波を必死で鎮めているのであった。
それでも溢れた感情の波が、彼らをして領邦治安官の館へ詰めかける燃料となったのである。チャコとマーカスは、示し合わせて直情男二人の激発に即応できるよう、彼らの後ろに控えていた。自分たち自身も自重しながら。
「ローファイン卿が情に訴えた嘆願をいちいち聞き入れておりましたら、巷で石頭などと揶揄されたりはいたしません。当方も、そのような御方に飛野竜司郎さんの放免を嘆願して、受理されるとも思っておりません」
石頭、というローファインを揶揄する言葉をことさらに持ち出してローファインを軽く牽制するマシウス。ローファインも堪えた風もない。
「では、なぜ面会を?」
「皇国法に則り、飛野竜司郎の情状請願を提出しにまいりました」
マシウスはA4サイズほどの薄い革張りの箱を取り出し、ローファインに差し出した。
(やはり、情状請願か)
思った通りの行動をしてくれたマシウスに、ローファインは心の中で首肯した。衆人環視の中で、皇国法を破って身柄を拘束された竜司郎を、皇国法に基づいて裁決するのだ。無傷でいられるはずもない。
ゆえにマシウスなら、法に則った手続きを以て、竜司郎に下される刑罰の減殺を試みようとするであろう。そう読んだローファインと、そう読むであろうとローファインを読んで、期待に応えたマシウスであった。
ローファインは、心の何処かから僅かにこみ上げた嬉しさをねじ伏せると、両手で差し出されたマシウスの書類箱を、立ち上がり、両手で受け取った。
情状請願は、皇国法に則り魔導契約書に記載されている。すなわち神前での誓約書に等しいのだ。
それが平民たちの署名であろうとも、相応の礼節を以て受理するのが、この世界の人々の、契約に対する姿勢であり、規範となる貴族の矜持でもあるのだ。
「確かに受け取った。今後の裁決の参考にさせてもらおう」
マシウスの沈着な表情に、沈着な口調を投げかけるローファイン。
ローファインは着席し、もう面会は終わったとばかりに、大して減ってもいない砂時計に目をやった。
「……飛野竜司郎さんにお目にかかって、いかがでしたか?」
「何故私にそれを問う?」
マシウスの質問に、ローファインの目線は砂時計に向けられたままだ。
「竜司郎さんは、私の目から見ても、大変興味深い御方です。法を守護するローファイン卿の目にどう映ったか、差し支えなければ所見をお伺いしたいものです」
興味深い、という自分と同じ感想を述べたマシウスに、ローファインは思わず目線を戻してしまった。
「……迂闊な男だ」
僅かに間を置いてローファインは呟いた。竜司郎の事なのか、目線を戻してしまった自分自身の事なのか。




