━━━案件55 領邦治安長官 竜司郎が気になり残業する━━━
閲覧ありがとうございます。意欲がわきます。
ブックマーク登録ありがとうございます。励みになります。
本日は区切りの関係で少し短めです。ローファインがくどいですが、どうかご容赦ください。
初日の事情聴取から一週間後。
寄り添うふたつの太陽、シュナーヴァとトロフィカは地平に隠れ、空に残った僅かな光も、月の女神ウールカの光に主役を譲ろうとしていた。
領邦治安長官執務室。日中の通常業務を終えたローファインは、魔導ランプの『光源』の柔らかな光の下で、改めて飛野竜司郎の調査報告書と、自らが立ち会った調書を最初から読み直していた。
善き者を象徴する聖獣を従え、三鑑定の儀はいずれも翠玉光。それは現地で直接儀式を目撃した者から複数の証言を得た。警備隊長のゴードンから上がってきた報告書にも、国家や民草に仇なす要素は見当たらなかった。
身柄を確保するまでの一週間、配下の法務衛士とロナーシア情報会を使役して、飛野竜司郎の動向を調査した。竜司郎はすぐに皇国臣民と認められ、冒険者ギルドに登録し、真っ当な労働に従事し始めた。
働きぶりは熱心で勤勉なものだった。若さに似合わぬ経験と指導力もある。しかも希少なスキルを惜しみなく披露し、あまつさえ人々に分け隔てなく教えていた。それを鼻にかけるわけでもなく、それで暴利を貪るわけでもなかった。
熟練の戦士や高位の魔術師が、秘技や奥義を弟子や後進にすら秘匿したまま墓に入るなど珍しくもないのだ。
身柄確保も一切の争乱はなかった。色めき立つ職人や西風団をむしろなだめるように促すと、飛野竜司郎はごく淡々と法務衛士に同行したのだ。
同行させたのは、武芸にも魔法にも練達した選りすぐりの法務衛士だった。魔導車を召喚され、大捕り物が始まると思っていた彼らの、肩透かしを食った戸惑ったような表情は印象的だった。
……初日から現在まで、飛野竜司郎は従順で、協力的である。週の前半こそ証拠固めと証言の裏取りで、それなりの尋問形式ではあったものの、昨日、一昨日などは、事件から派生した雑談が大勢を占める有様だった。
噂通り、第一印象通りの、恭謙で誠実な人柄は、事情聴取を重ねるたび裏付けられた。その態度は、こちらの心証を良くしようとする擬態を疑ったローファインの廉恥心にすら触れて来た。
飛野竜司郎は、今までローファインが担当してきた犯罪者の中で、間違いなく一番扱いやすく、一番犯罪者に相応しくない者であった。
書類の上にまとめあげられた飛野竜司郎は、まったく非の打ち所の無い青年であった。
それだけに、彼が皇国臣民証もないまま、領都ロナーシアに侵入し、資格も無いまま高位魔法を行使したという事実は、まことに惜しいのだ。
(……惜しい?)
ローファインは湧きあがった感情に首を傾げた。
馬鹿馬鹿しい。飛野竜司郎は、皇国臣民証もなく、しかるべき資格も無く、皇国の町へ侵入し、魔法を行使した。
皇国法に背いた明確な犯罪者である。
難しい法裁きではない。法律と判例に従えば、明日にでも裁決が可能な事例である。何を迷うことがあるのか。
(マシウスは、まだ証言を集めているのだったな……)
飛野竜司郎を拘束したあの事故現場には、西風団がいた。マシウスの娘もいた。既にマシウスに事情は伝わり、情状酌量のための証言を集めているはずである。
魔導契約書に、飛野竜司郎の犯罪に対し、状況の特殊さと緊急性を明記し、そして彼の為人の清廉さに関する証言を積み上げ、情状酌量の判断材料とする。そこまではローファインが描いた絵図である。
魔導契約書に書かれた内容に同意し、直筆で本人が署名する行為は、法的な責任を伴う重い署名である。同時に神に対して契約書の内容に同意する誓いでもある。魔導契約書に署名するとは、それほど重大な決断なのである。
だが、それほど重大な署名も、マシウスがロナーシアで長年積み上げてきた載徳をもってすれば、彼を慕う目撃者、関係者から署名を集めることは容易であろう。
(あのお節介焼きめ……)
マシウスの働きに期待している自分に、ローファインは苦笑した。
三年前、ロナーシアに赴任した時も、マシウスは皇国学院からの知己という縁で、なにくれとなくローファイン一家の面倒を見てくれたのだ。
結果、ローファイン一家は、アンセル伯爵には公を、マシウスには私を、世話になることになったのである。中央法曹界を追われることになった経緯には一切触れなかった。マシウスらしい配慮であった。
ローファイン自身はともかく、知己のいない、住み慣れない土地での暮らしに妻と息子が不自由しなかったのは、まぎれもなくローズウッド一家のおかげである。
家族がようやくアンセル伯爵領に馴染んだ頃、南方の蒸留酒を持参し、不器用に礼を述べるローファインを、マシウスは温かく迎えてくれた。
情を抑えつつ、理によって動くローファインにとって、情で動きつつ、理もきっちりと押さえてくるマシウス・ローズウッドは鬼門ともいえる存在である。
そもそも何故、助けて間もない飛野竜司郎にそこまで入れあげるのか。
飛野竜司郎は明らかに東方人。少なくとも西方人の血筋でないことは疑いない。ならば血縁というわけでもあるまい。
飛野竜司郎は助けて二週間そこらの、せいぜい知り合いという関係である。ならば娘の伴侶というわけでもあるまい。
それともフィーズ教の教義に則り、聖獣の契約者として、彼を救おうとでもしているのか。
(もう少し、待ってみるか)
ローファインは書類をまとめ、所定の引き出しにしまうと『施錠』の魔法をかけた。コートを羽織り魔導ランプを手に持つと、執務室を後にした。
皇国法の慎重な運用は、皇国法の序文に明記されていた。領邦治安官の長たるローファインは、それに従うだけである。




