━━━案件54 ローファインのプロファイリング報告━━━
「……ところで、ローファイン卿。噂の飛野竜司郎という男はどうであった?」
「流石にお耳が早い」
アンセル伯爵は開明的で、珍しいモノが大好きである。
よって、冒険者や商人の間では上得意様として有名である。冒険者が他領で手に入れた発掘品や、商人が皇都で手に入れた東方帝国の珍品などを、わざわざアンセル伯爵領まで持ち込んで商談する者もいる程なのだ。
「午前中に事情聴取を執り行ったのは聞いている。直接相対してみた、卿の所見も聞かせてもらいたいな」
伯爵は、ローファイン同様にロナーシア情報会からも情報を仕入れているのは、官吏から民衆まで周知の事実であった。情報会のほうも”上得意様”に積極的に情報を提供し、伯爵の知識欲によく応えていた。
遠く東方帝国の民が珍しいとはいえ、一平民でしかない飛野竜司郎の情報が伯爵の耳に入っている理由は、間違いなくロナーシア情報会を経由したものである。
「大変興味深い男です」
「ほほぅ」
アンセル伯爵は、僅かに身を乗り出した。この謹厳実直な男から”興味深い”という言葉を引き出す飛野竜司郎という男に、伯爵の興味もより大きくなった。
「平民と称しておりますが、高度で特殊な召喚魔法をいくつも使いこなし、事情聴取と並行して推定した学識は、平民のそれとは一線を画しております。東方帝国出身というのも、容姿の特徴から推察したものにすぎません」
ローファインは自らの考察を整理する時間を稼ぐように、果汁水ワインを半分ほど、ゆっくりとあおった。
「ただ、私や配下の者への礼節は如才ないものでしたが、貴族としての儀礼や作法、教養に通じているようには思えませんでした。東方貴族の血筋で、故あって西方に移り住み平民として育てられた、という可能性も皆無ではありませんが……」
権力闘争に敗れた他国の貴族が、落ちのびて西方皇国に流れ着くという事例は、皇国の長い歴史の中でいくつもあった。また、庶子の扱いに困った貴族が遠方の縁者に庶子を託すというのも、貴族の東西を問わず珍しくない。
ローファイン自身、記憶している過去の判例に、その類例を見出すことができたし、中央法曹界で辣腕を振るっていた頃、法曹界の同輩が皇国貴族から似たような事例の相談を持ち掛けられたこともあった。
「いずれにせよ、出自に関する記憶が丸々抜け落ちているとのことで、断言はできません。こちらも事情聴取で何度か探りを入れてみましたが、証言に矛盾は見当たりませんでした」
「平民を自称するものが、平民に似つかわしくない高度な魔法と学識を有し、それでいて貴族ではなさそうだ、というのか……?」
温厚な丸顔に、真剣な表情を浮かべるアンセル伯爵。ローファインはためらいがちに続けた。
「それと……これは憶測ですらない、ただの違和感なのですが……」
「よい。申してみよ。そのための”昼食会”なのだからな」
”アンセル伯爵の昼食会”は、公式上の記録は「誰それと昼食会を開催した」という記載で完結し、詳細は記載されない。
公式記録に記載されない非公式な会談ゆえに、公式記録に残すには憚られる情報や、忌憚のない対話をやり取りする方便として、伯爵は懇意の貴族や部下たちと、しばしばこの昼食会を開催した。
ワイングラスを置いたローファインは、一呼吸整えた。
「御存じの通り、私には二十歳になる息子がおります。現在閣下のお膝元で領邦騎士の末席に加えていただき、勤務に精励していることと思いますが」
「うむ。身内びいきを差し引いても、将来が楽しみな俊英であるな。まあ最近は戦らしい戦もないし、魔物討伐は冒険者たちで間に合っておるし、卿のおかげで賊徒も減っておるから、その俊才を披露する機会も少ないが」
「私は指導も兼ねて、息子とも、息子の友人たちとも、若手の文官たちとも、努めて話をする機会は設けております。若者にとっては煙たいでしょうが、若者との交流は私にとっても良い刺激にもなりますゆえ……」
「……?」
アンセルはローファインの話が、彼らしくもなく雑然としたものに感じた。
「……飛野竜司郎は、容貌から推察して、息子と同年代の二十歳前後であると思われます。……思われますが、どうも二十代の若者と会話しているように思えぬのです。うまく言い表せぬ違和感なのですが……」
「平民に似つかわしくない学識からくるものではないか?」
「私もその可能性を考えてみました。ですが、閣下お抱えの若手の部下には、学問を修めた平民出身の者も多く、彼らとの会話で違和感を覚えたことはありません」
「ふぅむ……」
「たかだか三時間の事情聴取で即断は禁物ですが、たかだか三時間の事情聴取で覚えた違和感でしたので、やはり気になるのです」
心中に引っかかっていた違和感を吐き出したためか、ローファインは安心したよう、果汁水ワインのグラスを空けた。
アンセル伯爵は食べるのを止めていた白パンを、ようやく口に放り込んだ。ローファインの飛野竜司郎評は、それほどに伯爵の興味をそそるものだったのだ。
「……確かに、興味深いな」
「調査報告があがれば上がってくるほど、色々と疑念、いえ興味の尽きぬ者です……ですが……」
ローファインは、彼の表情としては珍しい、むしろ楽し気な顔をアンセル伯爵に向けた。
「飛野竜司郎は、法を犯したとは思えぬほど、遵法精神は高く、献身的で、恭謙であります。三鑑定の儀がいずれも翠玉光だったのも納得の為人と申せましょう」
飛野竜司郎評の総評ともいえるローファインの言葉に、アンセル伯爵は思わず口元をほころばせた。魔法や学識の才ではなく、性格や人格の高潔さに評価軸を置いているのも、実にローファインらしい。
「卿がそこまで人を高評価するとは、近年珍しいことではないか」
「ゆえに私は、飛野竜司郎を興味深いと評したのであります」
「会ってみたいものだな。できれば噂に聞く魔導車も見てみたい」
伯爵は、貴族らしい鷹揚な態度で応じたが、飛野竜司郎が扱う魔導車召喚魔法は、伯爵にとって恐らく垂涎ものの興味であろう。
アンセル伯爵は開明的で、珍しいモノが好きで、なおかつ好奇心も旺盛である。
それゆえ好奇心旺盛な皇帝陛下からの覚えもめでたく、領土の重要性も相まって、地方の伯爵以上の隠然とした影響力を持っているのだった。
そうはいっても権力者には権力者なりの規範がある。いかに有力な伯爵といえども権威と格式をないがしろにはできない。
平民で、現状さしたる功績も無く、皇国法に背いて官憲に身柄を確保すらされている飛野竜司郎を、伯爵たるアンセルにおいそれとお目見えはさせられないのだ。
「今、飛野竜司郎は、領邦治安官が身柄を確保して事情聴取中でありますれば、伯爵様にお目にかかれる立場ではございません。お目見えは、前後事情が詳らかになり、飛野竜司郎の処遇が決定次第、判断されるべきものかと」
「それは残念だ。……だがお前のことだ。法を遵守しつつ、落としどころは探っているのであろう?」
「そろそろ、あのお節介焼きのマシウス・ローズウッドが、あれこれ動いてくれている頃でしょう。それで飛野竜司郎を放免する理由が整うはずです」
「ははは……。皇国学院の同期に、随分な物言いではないかレイ?」
「ただの腐れ縁ですよ。叔父上」
レイモンド・ローファインは苦笑をごまかすように、白身魚のスープをすすった。




