━━━案件52 竜司郎 ローファインと相対す━━━
竜司郎が連行された翌日。
午前の事情聴取は二度の休憩をはさんで三時間行われた。三回の事情聴取はいずれもローファインが担当し、終始、冷静かつ理性的な取り調べは竜司郎を却って安心させた。
マーカスとマシウスが推察した通り、ローファインは竜司郎が東方帝国の貴族である可能性を考慮しているようで、秘書官、法務衛士の態度も礼節を弁えたものだった。
三時間の事情聴取は、領邦治安官の調査結果と、竜司郎からの証言を照合させる作業に費やされた。
一週間そこらの間のよく調べ上げたものだと、事情聴取を受けつつ竜司郎は異世界国家の捜査能力に感心した。あるいはローファインの手腕によるものか。
竜司郎は、記憶を失って出自が分からない、という設定だけは守りつつ、それ以外の件に関しては素直に応答することにした。
聖獣モリンの事も、教会や西風団との関係も、調べはついているようだった。
三鑑定の儀からボンゴス親方救出まで、あれだけ派手に動き回ったのだ。竜司郎としては今さら隠しようもないし、逆に領邦治安官の調査を積極的に裏付けて心証を良くするよう心掛けた。
……戦略級のチートスキルを両手いっぱいに抱えているならともかく、竜司郎の乗り物スキルは種類豊富でも、現状せいぜい一現場を便利にする程度のスキルでしかない。
そんな個人が国家権力に逆らったところで得られる利益などないのだ。
ロナーシア市民から”石頭”と称されるローファインは、その二つ名の通り、厳格で、いかにも融通が利かなそうな気難しい顔をしていた。
マシウス先生の情報によると、実際はそこまで杓子定規でもなく、法をかさに着て不当に民を虐げることも無く、むしろ法を適切に運用して国家、組織を正常に運営しようという確固たる意志が彼を突き動かしているのだという。
それを証明するかのように、付き従う法務衛士はローファインに忠実で、二人の秘書も彼の業務に俸給以上の熱意をもって取り組んでいるように見えた。
また、彼がアンセル伯爵領で制定した、周辺領主との治安維持組織連携案によって、伯爵領と周辺領主の領土から、目に見えて犯罪者、賊徒の類が減少したのだ。
ローファインが挙げた明確な業績ではある一方で、彼が直轄する領都ロナーシアの治安維持は噂通りの厳格なものであった。ロナーシア市民は、犯罪者の減少を喜ぶと同時に、堅苦しい法の目に肩をすくめることにもなった。
かくして、ローファインが着任してから三年。ロナーシア市民は、彼の手腕と功績を享受しながら、彼と彼の部下を、つとめて敬して遠ざけるようになったのである。
(……このガチガチの言動で、妻子持ちだっていうんだよなぁ)
素直に事情聴取を受けつつ、竜司郎はローファインを興味深げに見やった。
妻子がいる、という情報をマシウスが語った時、西風団は全員が驚いた声を上げ、チャコは「どうやって奥さん口説いたの?」と、西風団全員の心境を率直に言語化したのである。
(意外な人が意外な側面を持っているのは、異世界も同じってことか)
前世界の友人知人の顔をいくつか思い浮かべ、竜司郎は思わず笑いそうになったのをこらえた。
「……卿は、いささか変わっているな」
三回目の事情聴取の終わりに、ローファインが唐突に言った。
「……はい?」
竜司郎はローファインの言葉の意味を測りかねた。まさかツッコミ待ちでもあるまい。
合計三時間にわたる事情聴取の中で、ローファインの口から私的な会話が出たことは無かった。
こちらが場を和ませようと、受け答えに何度か軽い冗談を織り交ぜても、ローファインは「うむ」とか「ああ」とか、社交辞令から一歩も動かない応答しかしなかったのだ。
スルーされなかったのは竜司郎が東方帝国の貴族である可能性を考慮したためか。
「我が国は……お世辞にも法がその役目を果たしているとは言い難い……」
ローファインの言葉に、僅かな感情がこもった。
「貴族は権勢を振りかざし、慣例慣習を盾に法を捻じ曲げ、平民は平民で、知らなかったと開き直り、法が間違っていると居直る有様だ……」
ローファインは、真っ直ぐに竜司郎を見つめながら、独り言のように語る。
「だが、そんな中で、卿は実に素直に、協力的に、我が事情聴取に応じてくれた。……東方帝国の民は、皆、卿のような法令遵守の精神を持っているのか?」
どこか羨ましそうなローファインの語調に、竜司郎は苦笑した。
竜司郎の精神に、個より公を重視する、上意下達の日本人的順法精神が影響を及ぼしているのは間違いない。
ただ、それはどちらかというと精神の外骨格にあたるもので、竜司郎の芯を形成する遵法精神は、たぶん、父龍三郎から受け継いだ遺伝子と精神的影響によるものなのだ。
それはともかく、竜司郎は、東方帝国と言われても、付与記憶にある通り一遍の情報しか持ち合わせていない。そんな国の内情など答えられるはずもないのだ。竜司郎は記憶喪失の設定で押し切ることにした。
「その辺は、記憶があいまいで……。ですが、俺個人に関しては、法は守るべきものであり、秩序は従うべきものだと思っています」
「ほう」
「でなければ、ローファイン様の出頭命令に素直に応じたりはしません」
「うむ」
「まあ、かく言う俺も、悪法に唯々諾々と従うのは、いささか抵抗がありますが……」
「その悪法を是正し、正法を遵守して規範を示すのが、我々貴族の役目だと心得ている」
「御立派でいらっしゃいます」
ローファインは少しだけ、笑ったように見えた。
「……卿が異邦人だからかな。私も詮無きことを語ってしまった。今日の事情聴取はこれまでとする。明日の午前に、また同様のスケジュールで事情聴取を行うのでそのつもりでいてもらいたい」
ローファインは男性の秘書に書類を預け席を立った。女性の秘書が竜司郎を退出を促した。
領邦治安官の長が、一日中異邦人の尋問にかかずらわってもいられないのだろう。午後には決済を待つ書類に追われるのか、捕り物でもあるのか。
「……ローファイン様」
竜司郎は少しためらってから、ローファインを呼び止めた。
「何か?」
「もしあの時、俺がアイル・グレスト皇国の法を知っていたとしても、俺はボンゴス親方を助けるために、フォークリフトスキルを使ったでしょう」
社交辞令から踏み出し、詮無き事を語ってくれたローファインへの、竜司郎なりの返答だった。そしてそれは、法に対する竜司郎の姿勢でもあった。
「……立派な心掛けだ。法を護る者として、看過はできぬがな」
初日の事情聴取は終わった。
執務室までの廊下を歩きながら、ローファインは少しだけ、笑った。
なぜあのようなことを、初めて相対した異邦人に語ってしまったのか、事情聴取を顧みて奇妙な可笑しさがこみあげてきたのだ。
飛野竜司郎の、高い遵法精神と恭謙な態度に共感したのか。警戒心や敵対心を刺激しない人柄に絆されたのか。あるいはもっと別の何かが、飛野竜司郎にあるというのだろうか。
(実に、興味深いな)
少し顔を上げて、ローファインは明確に笑った。三歩後方の秘書二人からは、ローファインの表情は見えなかった。




