━━━案件51 領邦治安官ローファイン 竜司郎を拘束す━━━
アンセル伯爵領、領都ロナーシア。アンセル伯爵の居城がある小高い山の中腹が、アンセル伯爵の行政区である。
その一角、領邦治安官が管轄する収容所の一室に、飛野竜司郎は連行されていた。すでに夕刻。連行された竜司郎はここで一夜を明かし、明日から事情聴取、という予定を告げられていた。
連行の理由は、皇国臣民証も無く、魔法使用許可が付帯したギルドへの所属証明も無いまま、都市内で魔法とそれに類する行為を顕現させたため、である。
確かに、ボンゴス親方を救出する時点では、竜司郎は皇国臣民として認定されておらず、当然どのギルドへの所属も決まっていなかった。
あれから一週間以上経っての事情聴取は、恐らく前後の状況の整合と、証言、証拠を確定させるために必要な期間であったのだろう。
「まいったなぁ……」
ベッドに横になった竜司郎は、さして参った風もなくつぶやいた。
左手首には魔法の発動を封じる腕輪がはめられていた。部屋それ自体にも、それと分かる魔法的な防御処理が施されていた。念の入ったことだ。
ご丁寧に、魔法封じの腕輪は、生活魔法以上の高位魔法を唱えようとすると、法務衛士の詰所にある魔法装置に警告が飛び、法務衛士がすっ飛んでくる、という仕組みになっているという。
だが、竜司郎は付与記憶と短期間ながらも魔法を行使した経験から理解できた。
(たぶん、俺の魔力なら腕輪の抑止は余裕で破れるし、重機スキルならこの部屋からも余裕で抜け出せる)
竜司郎はごろりと体勢を変えた。
(でもそうなったら、俺はモリンともども間違いなくお尋ね者だし、折角良くしてくれた町のみんなと別れることになる。……いや、みんなにも迷惑がかかるかもしれない)
それは避けたかった。
異世界に来て、出自もろくに分からぬ異邦人に、少なからぬ恩義と友好を示してくれた人たちに、自らの行動で災禍を及ぼすのは竜司郎の本意ではない。
(とりあえず、明日の事情聴取を待つか……)
竜司郎が悲観的ではないのには、それなりの理由があった。
まず、竜司郎を拘束したローファインと名乗る領邦治安官のボスは、冷徹だが紳士的であったこと。
明らかに貴族の出自であろうローファインは、竜司郎を”卿”と呼び、言動の端々に貴族らしい気位は感じられたが、低身分への傲岸さは感じ取れなかった。
この世界は身分制度が存在する世界であり、アイル・グレスト皇国は皇帝を頂点とし、少数の貴族が大多数の平民を支配する階級社会を構成して国家を運営しているのだ。
平民の竜司郎なら、問答無用で打ち据えられ、縄を打たれて逮捕される、という事態も想定されたのだ。
事故現場に到着した領邦治安官一行は、現代世界の警察を彷彿とさせるように、竜司郎に本人確認を取った後、かかっている嫌疑を事務的に告げ、こちらの同意を得たうえで竜司郎を連行したのだった。
縄も手錠もなかった。直情を絵に描いたようなルークとボンゴスにすら、付け入るスキを与えなかったローファインの手腕は、いっそ見事といってよいかもしれない。
次に、この部屋である。
見渡す限り、牢獄を連想する要素は、窓の外側に設置された太い鉄格子くらいしかない。それも内側の窓の格子と寸法を合わせ、できるだけ鉄格子が見えないように配慮されていた。
唯一の出入り口である扉にも同様の配慮がなされていた。
外側に鉄格子、内側に木製の扉という二重構造で、扉の向こう側の鉄格子を視界から隠しつつ、部屋内の者を外部から二重に遮断する構造で、こちらも牢獄を連想する要素を排除する意図が見てとれた。
部屋の内装は、壁面と天井と床に魔法防御処理が施されている以外はむしろ豪華な造りで、しかも、ベッドは広く暖かく、机も大きく、トイレも、風呂までも備えられていた。
地下の、石壁の、板張りのベッドと、し尿用の桶。アニメやゲームに登場する牢獄を連想して身構えていた竜司郎は、肩透かしを食らったのだ。
(貴族様を監禁しておくところかもな)
どういう理由で竜司郎をこの部屋に連行したのか、いまいち判然としないが、少なくとも領邦治安官に竜司郎を積極的に害しようとの意図は無さそうだった。
知ってか知らずか、収納スキルに収められた各種のアイテムの提出も求められなかった。提出したらしたで、疑念や心象は甚だ悪くなってた可能性は高い。
言われないなら黙っておこう。遵法精神が高い竜司郎でも、この程度の政治的立ち回りはできるのだ。
……キャビン収納スペース内の、タブレットが着信を告げた。
周囲の目線を一応気にして、竜司郎は机とベッドの隙間にしゃがむと、収納スペースからタブレットを取り出した。
「ごしゅじ~~ん……!」
モリンがドアップで泣きそうな声を上げていた。竜司郎は安心させようと笑おうとしたが、モリンの背後から……
「竜司郎さん! 大丈夫!?」
「おいリュウ! 聞こえるかリュウ!」
マリーナとルークの声がした。
「おまっ……! スマホの事、喋ったのか!?」
「だって、ごしゅじ~~ん……」
スマホの画面が泣きそうなモリンから横にずれ、マシウスの顔が映し出された。
「モリンさんを責めないであげてください竜司郎さん。彼はあなたを助けようと尽くす過程で、お二人の秘密であった通信鏡の存在を、我々に詳らかにするのが最善である、と決断したのです」
竜司郎は押し黙った。スマホとタブレットの隠匿は、元々は異世界人に余計な嫌疑をかけられぬように、という竜司郎とモリンの間で交わされた口約束でしかない。
存在を知られたからといって、第三者からの制裁や懲罰が下るわけではないのだ。むしろここは、モリンの忠義と献身を無為にすべきではない場面であった。
「……悪かった。心配かけてすまなかったなモリン。俺は大丈夫だから。ほら見て見ろ俺がいる部屋を。貴族様の部屋みたいだろ?」
竜司郎はタブレットをゆっくりと回して部屋を映し出した。モリンの泣き笑うような声と、タブレットから西風団がざわめく声が聞こえた。
「うっそ! りゅうっちこんな豪華な部屋に捕まってるの?」
「貴人用の部屋ですね。たぶんローファイン卿は、竜司郎さんが東方帝国の貴族である可能性を考慮しているのでしょう。それで逮捕ではなく事情聴取という体裁を取り、礼を逸することのない部屋を用意したと推測します」
マーカスが片眼鏡をクイっと直しながら解説した。マシウスが同意する。
「竜司郎さんは、乗り物スキル召喚という高度な魔法を駆使し、平民の水準を明らかに超える学識も備えています。ローファイン卿は、調査の過程でそのあたりの情報も得たうえで、竜司郎さんへの措置を決めたのでしょう」
如何に遠方の国家とはいえ、他国の貴人を不当に害したとあっては、一地方領主の裁量では処理できない、国家間の問題となるのだ。
他国の貴人への冷遇は近隣諸国との関係にも影を落とす。皇国への不信と、皇国の威信低下を慮った、用心深いローファインならでは政治判断といえた。
「とにかく、事情聴取は明日の事です。皆さんの話からしても、そこまで悲観する状況じゃないことは分かりました。どうか安心してください」
竜司郎はタブレットの向こうに訴えた。画面は再びマシウスに戻された。
「それでは竜司郎さん。こちらからも竜司郎さんを安心させるための情報をいくつがお話しすることにします。”石頭”ローファインについて、といえば、ご興味が湧くでしょう?」
マシウスが落ち着いた口調で語り出す画面の外で、泣き止んだモリンが、自らの判断に誇らしげな顔をしているのが、竜司郎には見えなくても分かった。




