━━━案件49 竜司郎とモリン 初依頼を達成する━━━
北街道の復旧工事は順調に進み、土砂の撤去作業だけで半月は見ていた工期は、三分の一程度にまで短縮できた。
最初の一日は、竜司郎、チャコ、アルド、ノルド、の四人であった魔導バックホウの操縦者が、日を追うごとに増え、四日目には職長のデリオが、五日目にはすっかり回復した親方のボンゴスまでもが搭乗するようになったのだ。
同じく魔導ダンプの操縦者も、ルークには及ばないものの、何人かの工夫が適性を発揮して乗り込むことで、朝から夕方まで途切れることなく稼働し、撤去作業は飛躍的に効率化したのである。
ルークの魔力は一日ずっと乗り続けていたも平気なほどであったが、乗りたがる工夫たちに押し切られる形で、午前はルークが運転、午後は教官も兼ねてダンプの助手席に、という配置に落ち着いた。
ダンプ運転手の交代要員が増え、個人に過度な魔力消費を強いずに稼働させられる体制で現場を稼働させられたのは大きな収穫だった。
後は魔導バックホウと魔導ダンプはそこまで必要としない、石畳の復旧作業である。
また、竜司郎と西風団、そしてアルドとノルドが参加することで、北街道の復旧工事要員を前倒しして、クレーン倒壊の事故現場の応援を割り当てることができたため、そちらの撤去作業も順調であった。
昼休憩後のミーティング。道路敷設専門の工夫班長と、引継ぎを終えたボンゴスが、魔導バックホウオペレーターたちに向き直った。
「よくやってくれたぜ。これで石畳の工事をしながら、馬車を片側交互通行で通すことができる。ちったぁ渋滞も発生するだろうが、ここの東西断層を大迂回するよりははるかにマシだぜ」
ボンゴスは満足の体で重機オペレーターたちを称賛した。
「それじゃあ次の工事のスケジュールだが……」
言いつつ、チラリと竜司郎を見たボンゴスに、アルドとノルドが、意を決したように進み出た。
「親方! 竜司郎さん! 俺たちにバックホウを貸してくれませんか?」
「それで、俺たちも事故現場の復旧作業を手伝いたいんです!」
竜司郎とボンゴスは顔を見合わせた。
彼らの予定では、このままアルドとノルドをなし崩しに石畳復旧工事に参加させ、既成事実を作って外堀を埋める手はずだったのである。
その仕事の過程で、アルド、ノルド兄弟から工業ギルド所属継続の言質をとって、そのままボンゴスファミリーに復帰させようという計画であったのだが、どうも風向きが変わってきたようである。
アルド、ノルド兄弟の強い意志を込めた目線を受けて、ボンゴスはニヤリと笑った。
「応、そいつぁ大助かりだぜ。だがよ、竜の字は西風団の所属だ。バックホウを使いてぇなら、そっちに話をつけてもらわねぇとな、ルークリーダー?」
逞しい腕を組んで聞いていたルークは、ボンゴスに話を振られ、やはりニヤリと笑った。
「野暮なことは言いっこなしだぜ親方。ここまできたら親方の工事のあらかたを、俺たちで手伝わせてもらいますよ。リュウだってそうだろ?」
「もちろん喜んで貸すよ。ただし、貸すのはボンゴスファミリー所属の、腕のいい重機使いに、ですよ。アルドさん、ノルドさん?」
竜司郎もニヤリと笑って、アルド、ノルドを煽ってみせた。アルドとノルドは驚いた顔で顔を見合わせると、真面目な表情を竜司郎に向けて深く頭を下げた。
「よーし決まりだ! 今夜は切通しの開通と、アルドとノルドの復帰を祝ってパーッといこうじゃねえか! おめえら、午後の作業でけがすんじゃねえぞ!」
ボンゴスの高らかな宣言に、工夫たちは喜びの声と意気を上げて応えた。
アルドとノルドは、改めてボンゴスに向き直った。竜司郎に向けた真面目な表情のまま、ボンゴスにも深く頭を下げた。
「「ボンゴス親方……今後ともよろしくお願いします!」」
「でけえ声だすんじゃねえ! 聞こえてらあ!」
言いつつボンゴスは、若い二人を両腕で、がっし、と抱きしめた。
その日の午後、竜司郎とモリンは、2tトラックにボンゴス親方、デリオ職長、そしてアルド、ノルドを乗せて、ロナーシアへ向かった。
アルドとノルドの意思がゆらがないように、なし崩しに既成事実を作るという当初の計画を援用したのである。
事故現場の職長は、アルドとノルドの復帰を大いに喜び、二人の肩を何度もたたきながら、仲間の工夫たちの下へといざなった。
「予定とは違いますが、これで依頼は完了って事でいいですかね、親方」
「ああ、よくやってくれたぜ竜の字。これで俺も一安心だ」
「俺はバックホウを貸して、乗り方を教えただけですよ。ボンゴスファミリーが居心地の悪い場所だったら、二人はあのまま村へ帰っていたでしょう。ボンゴス親方の載徳の賜物ですよ」
「へっ! マシウス先生みてねえなこと言ってんじゃねえや。くすぐったくてしかたがねえぜ」
アルドとノルドの復帰を祝う工夫たちを遠目に、ボンゴスは穏やかに笑った。
アンセル伯爵領都ロナーシアの左岸。
アンセル伯爵の居城がある山の中腹には、ロナーシアの行政官たちが執務を執り行う館が、居城を囲むように建てられていた。
そのうちの一棟、法務衛士の詰所の三階。そこがアンセル伯爵領都の治安維持を担当する領都治安長官ローファインの執務室であった。
領都治安長官の席、二人の秘書官の席、壁際の本棚、決済を待つ書類棚。いずれも整然と配置され一部の隙も無かった。この部屋の主ローファインの精神性が如実に表れた執務室であった。
執務室の奥。
領都治安官の執務卓に鎮座する、整髪油で丁寧になでつけられた茶褐色の髪と、気難しそうなハシバミ色の瞳の、四十代になるかならないか、といった容色の男性。領都治安官の長、ローファインである。
ローファインは、執務室の整然たる配置を見た者が想像する通りの、気難し気な表情で、手元にある何枚かの書類に目を通していた。
「……やはり皇国臣民証の発行と、冒険者ギルドへの登録は、魔導車を召喚した後、ということだな、リルヴィア」
低い、落ち着いたローファインの声は、執務卓の前に立つ一人の女性に向けられた。
リルヴィアと呼ばれた女性は、亜麻色の髪を後ろで軽く束ね、襟の無い上着を羽織り、やや細めのズボンにはベルトポーチが巻き付けられ、胸にはロナーシア情報会の徽章が輝いていた。
「ローファイン卿の流儀に則り、情報源は三か所。全て裏も取っています」
亜麻色の髪と同じ色の瞳を真っ直ぐに向けて、リルヴィアは応えた。やや小柄だが、声は明晰で、ローファインの厳格な雰囲気にもひるむ様子は無さそうである。
「結構」
ローファインは決済の印章に魔力を込めると、あらかじめ用意していたと思われる飾り枠の羊皮紙に捺印した。
「やはり本人に会って、事情を聴取しておく必要がある」
「ですが、ローファイン卿、飛野竜司郎さんは、あくまでボンゴス親方を助けるために魔導車を召喚したものと推測しますが……」
リルヴィアの口調は竜司郎を庇うというよりも、ローファインを煽って何某かの情報を引き出そうという意図が含まれていた。
「そのあたりの事情も含めての事情聴取だ。考えても見たまえ。皇国臣民証を持たぬ、東方帝国出身と思しき異邦人が、馬車にも匹敵する魔導車を街中で召喚するなど、治安を維持するものとして看過できると思うかね?」
「それは、そうですね……」
リルヴィアは肩をすくめてみせた。巷では”石頭”と称される御仁である。
ロナーシアでは既に美談、人情話として口の端に上っているボンゴス親方救出事件も、彼にとっては法を遵守したか否か、で語る事案でしかなさそうであった。
リルヴィアは話題を変えた。
「……ローファイン卿、一つお伺いしてよろしいですか?」
「答えられるものなら答えよう」
「ローファイン卿には、子飼いの法務衛士の方々が大勢いらっしゃいます。情報はそこから十分もたらされますのに、どうして私にまで依頼を、しかも個人でなさるのですか?」
「ロナーシア情報会の者らしからぬ質問だな。私は常に情報は複数の情報源から検証する主義だ。それを、ロナーシア情報会という法的にも後ろめたいことのない組織に依頼しているだけだ」
「領都治安官のローファイン様が、直接盗賊ギルドに依頼なさるのは、ちょっと外聞がよろしくありませんものね」
「付け加えるならリルヴィア。キミの情報は、他の情報屋よりも、早く、正確だ。その二点は個人の資産を使って依頼するに十分な理由となる。今回のような重要案件なら猶更、な」
「ありがとうございます。信頼を裏切らぬよう鋭意努力いたしますので、今後ともよろしくお願いします」
ローファインは軽く頷くと、スッと円銀貨をリルヴィアに差し出した。厳格なローファインの表情がいくらか柔らかくなった。
「今日も遅くなる。埋め合わせは必ずする、と、妻と息子に伝えてくれ」
リルヴィアはニコッと笑って円銀貨をつまみとった。




