━━━案件45 現場の下見は職人の基本━━━
「よっしゃ! 早速アルドとノルドの所へ行って……」
「親方、ちょっと待ってください」
「なんでぇ竜の字。まだ何かあるのかい?」
竜司郎はちょっとだけ沈黙し、素早く経験と記憶のページをめくった。
「親方、さっき親方は何件も現場を持ってるみたいなことをおっしゃってましたよね? 詳しくお聞かせ願えませんか?」
「それくらいなら訳もねえが……、おいデリオ」
「はい、現在稼働中の現場と、本日の巡回スケジュールはこちらに」
デリオは車椅子の背後に引っかけていた革鞄から、何枚かの紙を取り出した。
先日マシウスが使用していた紙と同じく、元現代人の竜司郎視点では分厚く、荒い紙だった。このタイプの紙は、普段使いに使用できる品質の紙として普及しているのであろう。
三鑑定の儀や、ギルド契約書に使われていたのは羊皮紙で、こちらは格式の高い場面での使用と、使い分けがなされているようだった。
「今日の巡回は、ロナーシア大橋左岸の補強工事、北壁門入り口の修繕工事、湾口通り第三区画の倉庫新築工事、それと北街道の復旧工事です」
「……北街道の復旧工事をもう少し詳しくお願いします」
デリオは一枚の紙を竜司郎に示した。現場はロナーシアから北へ5kmほどの地点。5~6mほどの高低差がある断層が東西に渡っており、不便だった迂回路からショートカットするように段差を削って敷設した街道である。
図面は真上から見た図のようで、南北へ延びる街道の、高低差を削って作られた切通しのような坂道を土砂が塞いでいた。その土砂の撤去と、痛んだ石畳の復旧作業、というのが主な仕事内容であった。
徒歩の旅人は何とか通過できるものの、馬車は現状、遠回りの迂回路での通行を余儀なくされていた。
「この切通しを塞いでいる土砂は何処に運ぶんです?」
「このあたりに集積せよ、というのが役所からの指示だ。ここなら今回のような土砂崩れによる街道への影響がない、という判断でな」
デリオは地図を指し示す。切通しから五百メートルほど離れた断層のそばで、手押し車とリヤカーで運搬しているそうである。
「おい、竜の字。俺の依頼はアルドとノルドの説得だぜ。現場を手伝ってくれるんならありがてぇこったが、優先順位は変えねえでもらいたいもんだ」
「ちょっと昔の話を思い出しましてね。今回の説得に使えないかと考えてるんです」
「復旧作業の現場を? どういうこった?」
「説得のアプローチを変えてみるように、兄弟の担当現場も変えてみようかと思いまして。もし、復帰したとしても、あの倒壊現場をまたやらせるのは酷というものです」
「俺だってそこまで鬼じゃねえさ。そのくれえのことは考えてるが、竜の字、おめえさん、もう一段何か企んでるな?」
「アルドさんとノルドさんには、俺の乗り物スキルで頑張ってもらいます。西風団はそのフォローにあたってもらいます」
ルークの顔が精悍なものになった。ようやく出番が来た、という様子だ。
「リュウの実力を再確認するいい機会だ。何でも言ってくれ」
「よろしく頼むよルーク。もちろんみんなも」
「りゅうっちってさぁ、な~~んか時々年上っぽくなるよね?」
チャコの発言に竜司郎は心臓を蹴られたような気分になった。必死で平静を装う竜司郎の隣で、ルークが太い腕を組んで頷く。
「俺もそう思う。うまく言えねえけど、何となく俺たちより大人なんだよな」
「分かるぜルーク。外見はおめえら西風団と大差ねえくれぇなのに、妙にこなれてんだよな。まったく不思議な男だぜ」
ボンゴスも何となく違和感を覚えているようで、そういえば先ほど、年の割りに経験を積んでいる、と竜司郎のちぐはぐさを嗅ぎつけていた。
「お、俺の素性はとりあえずおいておいて、こっちに専念しましょう、ね!」
竜司郎は強引に話を戻した。いずれ詳らかにするにせよ、バレるにせよ、その時までには、相応の信頼と実績を積んでおかなければならないだろう、と竜司郎は考えていた。
差し当たって今まで出会ってきたロナーシアの人々は、穏健で竜司郎とモリンに好意的である。
聖獣と契約者という底上げもあってのことであろうが、記憶喪失という設定はともかく、異世界からの転生者、などという爆弾発言は、文字通りTPOを選ばなければなるまい。特に権力者に対しては。
「おおおぉぉ! こりゃあすげえ! まるで風に乗ってるみてえじゃねえか!」
右後部座席で窓から身を乗り出さんばかりにはしゃいでいるボンゴス。その隣のデリオの表情は驚きと戸惑いを目まぐるしく交代勤務させていた。
2tトラックの右手にはマリーナが操るモリンの魔導バイク。左手には西風団所有の馬に乗ったチャコという配置である。これから北街道の復旧工事現場を下見に行くのだ。
現場の下見は現場仕事で慣らした竜司郎にとって必須の業務である。それはOS物流になってからも変わらない。初めての配送先の道順、入庫方向、出庫方向と、安全に運行するために必要な情報は多い。
今回の復旧作業には日雇いの工夫を含め、20人ほどが動員されていた。物流の滞留解消は、異世界でも優先順位の高い解決案件なのだ。
トラックとバイクと馬を使えば5kmなどすぐである。
街道が、断層を正面から貫くように通されている。そこに大勢の工夫が集まり、スコップを振るい、手押し車を押し、手動のクレーンで岩を吊り上げていた。
高速で街道を走るトラックに気づいた現場が、にわかにざわつき始めた。工夫の長らしき中年の男が、窓から身を乗り出すボンゴスと目が合い、周りの工夫たちに集合をかける。
「ボンゴス親方! これはいったい何事ですか?」
デリオは2tトラックの荷台から車椅子を降ろし、ルークがボンゴスを車いすに座らせた。
「へへへ……どうでぇ? ウチの助っ人たちの面構えは」
ボンゴスは我が事のように魔導トラックと魔導バイクを自慢した。西風団はいうまでもなく、何人かの工夫が竜司郎とモリンを知っているようで、それで顔合わせは驚くほどスムーズに進んだ。
「……なるほど、アルドとノルドの復帰を後押しするのに、この現場を利用したいってんですな?」
「だから、ここを任せてるおめえさんの段取りを崩すことになる。その点についてはまず謝っておこう」
頭を下げるボンゴスに、工夫の長が恐縮したように木箱から立ち上がった。
「どんでもないですよ親方。あいつらの復帰が叶って、現場が早く完了すれば、みんな幸せってもんですぜ」
ボンゴスの依頼内容に、工夫たちも賛同の声を上げた。
「アルドさんノルドさん、みんなから期待されてるんスねえ御主人」
「逆に俺はプレッシャーだよ。最初の仕事にしちゃあ難易度高くないかこれ?」
「人の説得ッスからね。危険な場所行くわけでも、危険なモンスターを狩るわけでもないッスし、何日も野宿するわけでもないッスから、額面的には銅三位でも受けられる仕事って判断ッスからねえ……」
「ボンゴス親方もイルゼさんも人が悪いや」
ぼやきながらも竜司郎はモリンをトートバッグに、デリオに連れられて現場の詳細を知るべく、切通のそばに歩いて行った。




