━━━案件42 初仕事は現場復旧のお手伝い……?━━━
「……さてと、どこから話したもんかな?」
イルゼに飲み物と軽食を注文した西風団とボンゴスは、年嵩の男にも着席を促し、西風団一同を見渡した。
「仕事の依頼というのは、やはり事故現場絡みですか?」
竜司郎が水を向けると、ボンゴスは頷いた。
「そう。まずはあの現場をさっぱり片づけて、仕切り直せるようにしなきゃならねえ。そっから改めて精霊術師の先生に地固めをしてもらって、一から積み直しって段取りなんだ」
「そこで俺の重機スキルを利用したい、と?」
「応よ。あの乗り物スキルを使わせてもらえれば、遅れた分を少しでも取り戻せるって寸法だ。……おめえさんのことだ。あの二本爪の四輪車以外にも、あれこれ隠し玉があるんだろ?」
「そうですね。そこは期待しておいてください」
「お! その物言いは、俺の依頼を受けてくれるってことでいいんだな?」
ボンゴスが、ずい、と身を乗り出す。竜司郎は同意の握手を求めるように右手を差し出した。
「ここまできて、断る流れじゃないでしょう? ただ、この依頼は西風団のメンバーも含めた依頼、ということでお願いします」
「応ともよ! いいだろ? リーダーさんよ」
ルークは竜司郎とボンゴスの握手に手を重ねた。
「乗り掛かった舟ですからね。それに俺たちはリュウたちの教育係って体裁で、リュウとモリンをパーティーメンバーに入れてるんでね。その実績作りに、親方の依頼を利用させてもらいますよ」
「へっ! 抜け目ねえことも言うようになったじゃねえか」
頼もしい応援にボンゴスが一安心したところへ、イルゼが飲み物と軽食を持ってやってきた。ブース席の外側に控えめに座り、契約書の草案をまとめるための、書記セットらしい板を膝に置いた。
ボンゴスは依頼受諾祝いとばかりにエールのジョッキをあおった。年嵩の男が控えめに注意する。
「親方、酒は解禁されましたが、あくまで控えめに、ですよ」
「何言ってやんでぃデリオ、このくれぇの酒で過ぎるわけねえだろ!」
気炎を上げて炙り肉を景気よく口に放り込むボンゴスに、デリオと呼ばれた年嵩の男は深刻そうな表情を向けた。
「……親方、言いにくいんなら、俺の方から説明しますが」
デリオが言うと、ボンゴスはとたんに言葉に詰まったような顔でジョッキを置いた。
「いい。俺が話す」
炙り肉をろくに咀嚼もせず、エールで胃に流し込むと、ボンゴスは語り始めた。
集合住宅建設に使っていた木製クレーンは、ボンゴス子飼いの職人、アルド、ノルド兄弟が運用していたという。
10年前、伯爵領の寒村から出稼ぎに来たものの、賊徒に身ぐるみはがされて途方に暮れていた兄弟を、ボンゴスが世話したのが縁だった。
助けてもらった恩返しもあったのだろうが、農作業で鍛えたアルド、ノルドは頑健でよく働き、たちまちボンゴスファミリーの一員となった。
5年がたったころ、ボンゴスは建設作業の中核メンバー候補として、彼ら兄弟を木製クレーンのオペレーターとして育成を始めた。
アルド、ノルド兄弟は、生活魔法『軽量』と『加重』を駆使してクレーンを操る術に長けていたのだ。
兄弟ということで息も合って、クレーン操作の安定感はボンゴスファミリーの中でも抜群だった。生活魔法の勉強にも身を入れ、クレーン用ローブの強化付与や、魔法付与されたギヤのメンテナンスすらこなしていたという。
ボンゴスは彼ら兄弟の実績に、もう一段箔をつけてやろうと、件の集合住宅建設の中核メンバーとして選抜し、仕事にあたらせていたのだ。
そのさなかに起きたのが、あの倒壊事故である。
「……雨と流水で石畳の下が抜けちまっててな、クレーンを移動しようとして、そこに車輪が嵌まっちまったのが原因だそうだ」
人の往来程度なら保っていられた石畳も、木製クレーンの重量には耐えられなかったのだ。後の顛末は竜司郎たちも知っての通りである。
「体の傷は大したこと無かったんだが、二人ともあれ以来、すっかり自信を阻喪しちまってな、なけなしの財をはたいて償いにして、村へ帰るって言い出してんだ」
ボンゴス親方は見る影もない様子で言葉を切った。見かねたデリオが話を引き継いだ。
「ボンゴス親方も責任を感じててね、何とかアルド、ノルドを説得してるんだが、どうも芳しくないんだ。俺たちも手を尽くし言葉を尽くしたんだが……」
ボンゴスが悔しそうに声を絞り出した。
「……俺ぁ丁度足場の方にいてな、石畳の異常に気付いてやれなかった。そうはいっても石畳の下まで気ぃつけて仕事しろってのも無茶な話さ。ただ、おめえさんたちのおかげで死者は出してねえ。情状酌量の余地もある事故だから見分のお役人さんも厳しい罪や罰は課さねえって言ってくれたんだがな」
「親方、もしかして、俺たちにその兄弟を説得しろっておっしゃるんじゃないでしょうね?」
竜司郎は流石に同意しかねた。それはむしろマシウス先生の領分だろう。
「実はマシウス先生にも出張ってもらって、あれこれ説法を語っていただいて、それでようやくもう少し考えてみる、ってところまでは持ち直したんだ。そこにもう一押し欲しいんだよ」
「それで、俺を指名したんですか?」
ますます竜司郎は同意しかねた。マシウスですら持ち直させるのが精一杯なほどの落ち込みに、竜司郎が語ってどうにかなるとは思えなかった。
「竜司郎、おめえさんは歳の割りに色々経験を積んでる腕のいい職人だ。記憶が思い出せねぇたぁ聞いてるが、もしかしたら東方帝国の職人の家系かもしれねぇ。西方皇国とは違った職人の経験と、おめえさんのスキルで、なんとかアルドとノルドを説得しちゃあくれねえか?」
「……竜司郎さん。依頼の本命は実はこっちのほうなんだ。現場復旧は、人を集めてやればどうとでもなる。だから、二人の説得にはもう少し違った方面、つまり竜司郎さんの力を借りてみてはどうかと、マシウス先生が助言下さったんだ」
デリオも藁をもすがる思いなのだろう。ボンゴス親方の吐露を聞いて、本来は職人らしい自信と誇りに溢れているであろう顔には、深刻な心情の影が落ちかかっていた。
「……御主人」
モリンがいつになく真剣な期待の表情で竜司郎を見上げていた。まったくマシウス先生も無茶ぶりをしてくれる。だが、モリンの期待通り、放っておくことができないのが竜司郎の性分だった。
「……説得できるかどうかは保証できません。ですが、とにかく会ってみるだけは会ってみます」
「おぉありがてぇ! 恩に着るぜ竜司郎!」
「けど、説得できなかった時には、どうか勘弁してくださいよ。俺は魔導車を召喚できなきゃ、フツーの皇国臣民なんですからね」
「なんっつうか、うまく言えねぇんだがよ。おめえさんならあの時みてぇに、何とかしてくれるんじゃねえかって思えるんだよ。マシウス先生が竜司郎の名前を出した時、弟子たちも俺と同じ顔してたよ」
「買いかぶってくれますねぇ」
明らかに実力を超えた依頼に困惑する竜司郎の背中を、マリーナが叩いた。深い藍色の瞳には、期待と希望が満ち溢れている。
「やりましょう竜司郎さん。ボンゴス親方を助けた時みたいに、私たちも協力するから、ね?」
最後の「ね?」は西風団に向けてのものである。西風団はそれぞれに相応しい表情で、協力への賛同を示していた。




