━━━案件40 竜司郎 バックホウのブランクを埋める━━━
「だーっはっはっは……! チャコ……!」
廃村カリキルにルークの盛大な笑い声が響いた。
チャコが乗った魔導バイクは文字通りのよちよち歩きだった。しがみつくような姿のチャコは、普段からは想像できない怖がりぶりで、マーカスが分析した、タイヤを支える地の精霊力の力場がなければとうに転倒している速度である。
「だってだって! ルークめっちゃぶつかりそうだったじゃん!」
「その後はちゃんと乗ってカリキルまで来れただろ。あれと同じにすればいいんだよ」
「だってだって……」
村の中央広場であろう場所で、西風団一行は魔導バイクの練習にいそしんでいた。現在はチャコが乗車権を獲得して練習中である。マーカスは最後まで幸運の女神リュイティーカの加護を受けられなかった。
教習にはモリンが意外な教官力を発揮し、魔導バイク先達のマリーナとルークが率先してサポートしてくれたため、竜司郎は自らの課題である、重機操作の復習をする時間を得ることができた。
大森建設からOS物流に転職して7年。その間何度も重機の回送業務はあって、重機に乗る機会はあったが、あくまでも回送車に乗せるための乗車で、実際に現場で稼働させたことは無かった。
7年のブランクを埋め合わせ、異世界ナイズされた重機に慣れないことには、いくら特権的スキルを与えられたといっても宝の持ち腐れとなるのだ。
竜司郎が現在展開しているのは、バックホウ。サイズは、旧JIS規格で言うところのコンマ25サイズである。竜司郎は大森建設時代の名残で、旧JIS規格のバケット容量での呼び方に慣れていた。
バックホウ展開時、西風団が驚いたのはもちろん、案の定マーカスが情熱的に絡みついてきた。クローラーの魔法紋を撫でまわす彼を西風団総出で引きはがし、魔導バイク教習に引きずりこんで、竜司郎は何とか練習環境を整えることができたのだった。
「……っぱ、大森社長のようにはいかないか」
竜司郎は、地面に”天”の文字を描いていた。いや、描こうとしていた。大森社長がかつて竜司郎に出した課題で、バックホウの爪先で、地面に文字を書いてみろ、というものだった。
これがなかなか難しい。
バックホウの腕の動きは、操縦者から見て前後の動きのみ。腕の付け根やひじの部分に可動域がある機種もあるが、基本的には前に腕を伸ばし、肘を曲げて手前に引いて、さらにバケットを手前に返し、土砂を掬うのが基本動作である。
そして腕とエンジンとカウンターウエイト、操縦席などが乗っている、いわゆる上部旋回体。下部走行体のクローラーの上で、名前の通り旋回する上部旋回体の動きは円運動である。この二つの動きを組み合わせて文字を描くのだ。
つまり”天”の字の、二本の横棒は、旋回体の円運動でバケットを横に移動させながら、腕の曲げ伸ばしで爪の接地面を調整しつつ、操縦者から見て真横になるよう動かさなければならない。
旋回体の円運動と、手首のバケット部分、前腕のアーム部分、上腕のブーム部分を精密に連動させなければ描けないこの課題は、現在の竜司郎にブランクの埋め合わせの必要を痛感させた。
「……そうさなぁ。人にもよるが、5年くらい乗ればまぁ一人前、10年も乗ればベテランって名乗ってもいいだろうな」
大森社長は、竜司郎に現場でのバックホウ操縦業務を認めた頃、語ったものだ。
「ちなみに社長は?」
「俺か? 俺は30年以上乗ってるから……さしずめ達人ってところか」
その時の大森社長のドヤ顔と言ったら。
「といっても最近は社長業の方が忙しいから、ここら数年を重機に乗ってるとカウントして言いかっていうとなあ」
大森社長は残念そうに語った。根っからの職人らしい言い草だった。
大森社長の価値観で言うならば、現在の竜司郎の腕前は一人前半、といったところだ。ブランクがあるからもう少し査定は厳しくなるかもしれない。
バックホウ経験者が皆無である異世界ならば、文字通り無双も可能であろうが、それは所詮井の中の蛙。名実を伴った重機乗りになるためには、異世界でも相応の経験と努力が必要となるであろう。
今回のカリキル合宿教習のうちにせめて勘の端緒くらいは取り戻しておきたい。竜司郎はそう考えていた。そろそろボンゴス親方の事故現場の復旧作業がある頃である。
そして明日が、マシウスがボンゴスの足の魔法紋をかけ直す日であった。あの親方の性格から言って、もう平気だ、治った、などと言って現場に出ると駄々をこねるのは明白である。
竜司郎は、杖をつくか、車いすでも引っ張り出して現場に出てくるであろうボンゴスの手伝いくらいは買って出られないだろうか、それで、助けた縁と、腕を買って誘ってくれた好意に報いることはできないか、と考えていた。
「おーい、リュウ! 休憩の後、ちょっと魔導バイクの見本を見せてくれないか?」
ルークがゴブレットを持ってやってきた。立っているのは最初に示したバックホウの旋回範囲の外である。教えた間合いをしっかりと認識しているあたり、流石一線級の戦士であった。
「オーケー!」
竜司郎はバケットの甲を地面に置くと、西風団の一行と合流した。思ったよりも長い時間、バックホウの練習に集中していたようであった。
「……随分熱心にやってたな、あのドラゴンみたいな乗り物」
ルークが野草茶を手渡してきた。なるほど、腕を掲げたバックホウは、何となくドラゴンにも見える、か。
「そろそろボンゴス親方が現場に出てくることだと思ってね。それで、少しでも記憶を取り戻しておこうと思ったんだ」
「……まさか、あの現場を片付けるってのか?」
「助けた縁もあるし、”最初に”俺を勧誘してくれたからね」
ニヤリと笑った竜司郎に、ルークは困った顔を返した。
「それは言わない約束だぜリュウ。つうか、最初というなら、リュウを最初に助けたのはマリーナだぜ、な?」
うんうん、と、ニコニコ顔のマリーナ。だからこそ、こうして”最初に”選んだのは冒険者ギルド所属の西風団なのだ。
「槍を持った戦士さんが割って入って、あわやという場面があった気がするんスけど」
モリンにやり込められたルークは、笑いに包まれる西風団の中で、きまり悪そうに頭をかいた。
休憩の後、竜司郎は西風団に、モリンの魔導バイクの手本を披露することになった。西壁門での教習時は、通り一遍の走行のみで、テクニックらしいテクニックは披露していなかったのだ。
「よし、それじゃあ、僭越ながらお手本を」
「いいとこ見せようとしてズッコケないでくださいよ御主人」
「お前が何とかしてくれるからへーきだろ?」
「おだてには乗りませんよ、おだてには」
おだてに乗ったモリンはのサブ操縦席で万全の体勢である。竜司郎は魔導バイクのスロットルを何度か軽快に回した。思ったよりはるかにセンスのあったマリーナに、少しだけ対抗心を燃やす竜司郎であった。




