━━━案件39 異世界人たち 魔導車両路上教習を受講する━━━
竜司郎は2tトラック走行中に、ルークにトラックの運転を教えていた。土木作業の依頼こなすにしろ、冒険中に魔導車を展開するにしろ、乗り手は一人でも多い方が助かる。
バックホウ作業にともなって、トラックを前後にちょっとだけ動かしてくれるだけでも、竜司郎の手間や負担は相当に軽減されるのだ。
「ふむふむ、基本的に進む、止まる、は右足にある”ぺだる”で操作。あとこのハンドルだっけ? これを回していきたい方向に車輪を向ける、か」
「オーケー! 大体そんな感じ。ウインカーとかワイパーとか、細かい機能は追って教えるとして、とりあえず動かすだけならそれで大丈夫だ」
竜司郎とモリンは、まさか異世界に来て自動車やオートバイの教官をに就任するとは夢にも思わなかった。ただの狸だったモリンは猶更である。
もしかして、これを見越して女神さまは、異世界人が早期に乗りこなせるよう乗り物スキルを全てオートマ仕様に変更していたのだろうか?。
竜司郎としても、ギヤの構造や、クラッチだのシフト操作だのを、一切の前提知識がない異世界人に説明する自信は皆無だった。
「……あとは実際に動かしながら、アクセルの加減や、内輪差や、車両感覚を掴んでもらうしかないが、乗馬ができるみんななら、たぶん大丈夫だろう」
「ええ大丈夫です! さあ、休憩の一里塚迄もうすぐですよ!」
マーカスが、次のくじ引きを待ちきれないように、後部座席から身を乗り出した。
一時間ほど走ったところで休憩をとることになった。
マリーナは、先に停車した竜司郎の2tトラックの横に、実に堂に入った動作でオフロードバイクを停車させた。ヘルメットを気持ちよさそうに脱ぐ姿は、ベテランライダーのそれである。
モリンの助力もあったのだろうが、初乗りでさしたるトラブルもなく乗りこなしているマリーナの技量に竜司郎はほんの少しだけ嫉妬し、大いに期待した。
マリーナが早々にバイクの運転を覚えてくれれば、活動の選択肢はぐっと多くなる。運転を交代しながら、モリンとマリーナと二人分の魔力で走れば、長時間、長距離を疾走することも可能なのだ。
竜司郎は、信号待ち中に並んだ女性ライダーをナンパするように、窓越しにマリーナに話しかけた。
「どう? 魔導バイクの乗り心t────」
「楽しいっ!」
グッとこぶしを握り、竜司郎の台詞にガッツリ被せて喜びを表すマリーナ。そこまで喜んでもらえるとはスキルを披露した甲斐があるというものだった。モリンもカレー皿のサブ運転席でご満悦である。
「それにしても、伯爵様はこんな楽しい乗り物を秘蔵してるなんて、流石は貴族様ね」
「マリーナさん。アンセル伯爵もことさら秘蔵しているわけではなくてですね、所有の魔導車は、魔法紋のあちこちが蒸散していて、正常な作動が出来ないため、まともに動かせないのです」
マーカスは、ロナーシア魔術師ギルドの師匠経由で、アンセル伯爵の魔導バイクや魔導車について、いささかながら事情を知っていた。
アンセル伯爵も、秘蔵の品を何とか動かせないか、魔術師ギルドの高位魔術師にあれこれと知恵と力を借りていたのだ。だが……。
「じゃあ、伯爵様の魔導車は、モリンくんの魔導バイクみたいにかっ飛ばすことはできないってこと?」
……マリーナさん、今、かっ飛ばすって言いましたね?
「多分、今回のマリーナさんのような運転をしたら、ものの数分で魔力切れだと思います。魔法紋の回路が不完全なまま無理やり動かしている状態だそうで、それでお祭りの時にお披露目するくらいしか使い道が無いのです」
「じゃあ、あたしたち、めっちゃ貴重な体験してるってことじゃん!」
チャコが喜色を浮かべて、次は私の番だと言わんばかりにくじ引きの棒を差し出した。
「よし! 次こそは……!」
「幸運の女神リュイティーカよ、我にご加護を……!」
ルークとチャコとマーカスが”めっちゃ貴重な体験”を、我先に得ようと真剣そのものの顔でくじの棒を選んでいた。
(交代で乗る予定なんだから、そこまでマジにならなくても……)
(事実上、未知の体験ッスからねえ、異世界人の皆さんにとっては。マジになるのも仕方ないッスよ)
(未知の体験ってなら、タヌキのお前だってトラックもバイクも初体験……っつーか、たぶん古今東西の全タヌキ初だろうな)
(いや~~私って、じつに貴重な体験してますねえ御主人)
竜司郎とモリンは、タブレットとスマホ経由で軽口をたたき合った。このテレパシーコントも、そろそろ慣れてきたものである。
「っっしゃあ! オフロードバイク乗車権ゲットぉ!」
ルークが当たりくじを聖剣を天に掲げるように突き出した。チャコとマーカスは本当に悔しそうにしている。
「じゃあルークさん、こちらのヘルメットをどうぞ」
モリンが前カゴ収納スキルから、マリーナがかぶっていたヘルメットと同じデザインの大きいサイズを取り出した。マリーナのお手本を見ながら被るルーク。
「カッコいいじゃないッスかルークさん!」
「いや、この兜スゲーよモリン! 軽いし、内側は柔らかで、風通しも快適だし、このまま冒険で使いたいくらいだよ!」
「それはすごいですね。帰ったら私たちの人数分、クラフトマンに作ってもらいましょう。少々素材収集に苦労しそうですが」
マーカスも、ルークのヘルメットをぐるぐる回りながら眺めていた。人数分作るということは、もう完全にバイクに乗る前提である。
ウレタンだの合成繊維だのカーボンファイバーだのをどう代用して再現するのか、竜司郎は興味が湧いた。西風団の面々が身につけている衣服や装飾品の所々に、明らかに現代人の竜司郎が未知の素材が使われているのだ。
そのあたりの素材を駆使した異世界バイクヘルメットというのも面白そうである。
(素材収集か……。ますます冒険者らしくなってきたじゃないか)
(楽しみッスねえ御主人)
(いい素材が集まったら、俺たちも何か異世界素材で何か作ってもらおうぜ!)
(いいッスねえ! 私も頑張りますよ)
「……なるほど、トラックと違って、この握りを回して進むのか」
「そう。で、兄さまの右手のコレが前車輪のブレーキ、右足のコレが後車輪のブレーキよ」
マリーナが、早速覚えたバイク操作をルークに教えた。自らの知識を他者に教えることで、その知識を再確認する、とは、父マシウスの教えである。
「なんか、魔導トラックよりも難しそうだな」
「大丈夫ッスよ。一度覚えてしまえば、ルークさんが武術を使うように体が動くようになりますから」
モリンが準備完了とばかりにサブ運転席に座り直した。
「よ~~し、いくぞモリン!」
「ルークさん、どうぞ!」
ルークはスロットルを回した。思い切り。魔導オフロードバイクは土煙も派手に、疾走を開始した。一里塚の大樹めがけて。
「っわわわおおおおおぉぉぉおぉおおっ!!」
竜司郎とマーカスが目をむき、マリーナとチャコが小さな悲鳴を上げた。
「ブレぇぇぇぇぇぇキっ!!」
モリンが即座に操縦を切り替え全力ブレーキをかけた。魔導バイクは一里塚の大樹1mのところで止まった。不可視のカウルが大樹に触れて、僅かに木の皮を剥がしていた。
安堵の空気があたりを満たし、竜司郎は文字通り胸をなでおろした。
「ルークさん……。スロットルを回すのは、ゆっくり! ゆっくりッス……!」
「お、おう……ゆっくりな……」
流石のルークも肝を冷やしたらしい。モリンのツッコミに半笑いで応じる。
「あっはっはっは……! ルーク……!」
一里塚にチャコの盛大な笑い声が響いた。




