━━━案件36 竜司郎とモリン 冒険者ギルドにワクワクする━━━
冒険者ギルドは、竜司郎が思っていたよりはるかに大きな建物だった。ここに来るまでに見てきた大通りの建物の中でも有数の大きさで、冒険者という職の重要性、公共性、そして羽振りの良さが見て取れた。
正面に鎮座する五階建ての近世的な外観は、ギルドの一部にすぎず、右手には冒険者たちが乗用動物を預ける厩舎。左手には冒険者用の集合住宅。そして裏手には訓練場まであるのだ。
西風団は銀級冒険者として、集合住宅の三階を借りて活動しているという。
限られた部屋数の、上級宿と比肩する設備の集合住宅を借りられる資格は、一定の実績と階級を上げ、ギルドに貢献した冒険者への褒賞でもあるのだ。
建物から想像した通り、一階の総合ホールも大きなものだった。ホールは机と椅子が整然と並べられ、何組かの冒険者が卓を囲って地図を見たり、食事をとったり、酒を酌み交わしたりとさまざまである。
入り口からまっすぐ広く取られた通路の正面に総合カウンターが待ち構え、両脇には依頼書らしき張り紙が整然と貼られていた。
左奥と右奥には上階へと続く階段、右の壁面側には大所帯が使用する半個室のブース、左の壁面側には酒と食事を提供するキッチンとカウンターが備えられていた。
「おおぉ……冒険者ギルドッスよ!」
「本当に冒険者ギルドだ……」
妙な感動を覚える一人と一匹。ルークに負けず劣らずの屈強な戦士から、20年後のマーカスのような中年魔法使い。奥にいるのは調教師だろうか。
入口左右の壁際はクロークらしく、立てかけられた斧や盾、鄙びたマントやローブが吊るされ、竜司郎とモリンの少年心をくすぐった。
モリンは遠慮なく、竜司郎は努めて騒ぎを起こさぬよう、あたりを見回していると……
「お! やっぱり来た! おーーい、マリーナ、リュウ、モリン! こっちだこっち!」
右手の仕切られた半個室から、大柄なルークが身を乗り出していた。ほらね、という顔のマリーナ。
「おう、マリーナ久しぶり。またルークたちと一緒かい」
「久しぶり! また兄さまと仕事するからよろしくね」
「マリーナちゃん! ……あら、そっちの方はもしかして三鑑定の……?」
「そう、飛野竜司郎さんと、モリンくん。これから冒険者ギルドを紹介するの」
マリーナは、途中で知り合いらしい冒険者やフロント職員たちと気軽な挨拶やハイタッチを交わしながら、竜司郎とモリンを引率した。
「おおお……マリーナ先輩かっけえッス!」
「まあね♪」
まんざらでもないマリーナ。マネしたそうなモリン。一方竜司郎は”新入り”に絡んでくるヤカラがいないかヒヤヒヤであった。
通り過ぎる二人と一匹に、何人かの冒険者が、興味深げな視線を投げかける。
「あれが昨日の騒ぎの……」
「ああ、東方帝国の男と獣の取り合わせだ。間違いない」
「フィーノとモリンとかいう魔導車召喚士だ」
「あいつらも冒険者登録しようってのか」
「さっきルークとチャコがそんなこといってたな」
「聖獣と懇意になるとは、西風団もうまいことやったもんだ」
「ますます安泰だな西風団は。あやかりてえもんだぜ」
竜司郎の耳に、好奇心と多少の嫉妬とが混じった声が、断片的に聞こえてきた。魔導車召喚士という耳慣れない単語が気になった。巷ではそんなスキルになっているのか。
竜司郎も、肉体労働を渡り歩いてきた身である。強面の面々には慣れているものの、あくまで日本人同士の話である。剣と魔法を身につけて、法も秩序も日本とは違う世界の冒険者の強面たちには、それ相応の対応が必要であろう。
冒険者は特に競争が激しく、野心や上昇志向が旺盛な連中が集まる職種である。彼らの対抗心や警戒心も理解できなくはないが、小市民の竜司郎としては、事はなるべく穏便にすませてもらいたいのだ。
「さあさあ座ってくれリュウ、モリン!」
ルークは竜司郎とモリンに、人好きのする笑顔で席を勧めた。マリーナはすでに竜司郎の向かいの席に座っている。奥には冒険者ギルドのスタッフらしき中年の女性が座っていた。
「ルーク、この手際の良さは、俺たちが来るのを予想して、とっとと既成事実を作ってしまおうって魂胆か?」
竜司郎が毒のない口調で言うと、ルークは悪戯がバレた悪童のように笑い返してきた。
「そういうなってリュウ! お前らをみすみすボンゴス親方に取られちまうのを見てるほど、俺だってお人好しじゃねえし」
「……それに、真っ先にマリーナさんと一緒に冒険者ギルドに来た、ということは、つまりそういうことでしょう? 竜司郎さん」
マーカスが片眼鏡をクイっと上げて笑う。いや、まったくその通りですマーカスさん。
「大丈夫だよりゅうっち! ギルド登録は上限無いんだから、面白そうなところ片っ端から登録したらいいんだよ!」
チャコがサムズアップするが、席の奥の中年女性が淡々と応じた。堅苦しそうな眼鏡をかけ、ブルネットの髪を丁寧にまとめている。紺のベストに吊るされた名札には「フロントチーフ イルゼ」と記されていた。
「チャコさん。確かにギルド登録に法的な上限はありません。ですが、年一回支払うギルド登録料を考えると、ある程度厳選した登録をお勧めします。また、登録ギルドに対してひと月に一度は依頼の完遂が必要です。銅級ならばそれでも何とかなるかもしれませんが、皆様ほどの実力者になると、依頼の難易度も上がり、日数もかかります。四か所、五か所、それ以上の登録ギルド依頼を完遂するのは現実的ではありません。以上の二点から、ギルド登録は最大でも三か所、厳選して二か所の登録がベターかと思います」
「……ってな感じで、りゅうっち、もりっちに、あれこれ説明してくれるのが、このイルゼさん」
チャコが悪びれもせず、両手でビシっとイルゼを紹介した。
「もうし遅れました。フロントチーフのイルゼと申します。飛野竜司郎さま、聖獣モリンさま、どうぞよろしくお願いいたします」
スッと隙の無い動作で立ち上がり丁寧に頭を下げる。竜司郎とモリンもつられて立ち上がり、丁寧なあいさつを返した。
「お噂は既に冒険者ギルドにも届いております。町について早々ご活躍だったそうですね」
「いや~~それほどでも!」
デレるモリンに微動だにしないイルゼ。モリンのプリティオーラが通用しないのか。
「御二方は、当冒険者ギルドに登録の意思がある、ということでよろしいでしょうか?」
「「はい!」」
竜司郎とモリンは元気よく返事をした。やはりイルゼは微動だにしない。
「かしこまりました。ご本人の意思確認が取れました。……それではまずはお二方に、当ギルトの詳細についてレクチャーいたします。まずは規約から」
そう言ってイルゼは自らの席の右手から分厚い書類束をどさりと机に積み上げた。
「…………」
「…………」
竜司郎とモリンがキョロキョロと周りを見渡す。西風団は全員ニコニコの笑顔だが、その表情筋は完全に固まっていた。
「それじゃあ俺は手ごろな依頼がないか、見てくるわ!」
「それじゃあ、あたしは盗賊ギルドに挨拶してこよっかなーー?」
「では僕はマジックアイテムの鑑定を手伝いに行ってきます!」
そそくさと席を立つ西風団の面々。
「じゃ、じゃあ私は……」
はっし、とマリーナの袖をつかむ竜司郎とモリン。
逃げ遅れたマリーナは、竜司郎とモリンとともに、イルゼ曰く「ほんの二時間ほど」冒険者ギルドについての詳細を教授たまわったのである。




