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━━━案件35 竜司郎とモリン 皇国臣民となる━━━

 

 マシウスはロナ川左岸の貴人街にある、フィーズ教会北本部に用があり、ルミーナは教会の留守を預かるとのことで、竜司郎の皇国臣民証登録手続きは、マリーナが手伝うこととなった。


 竜司郎はキャビン収納スペースから大型のトートバッグを取り出した。


 トラックドライバーとして、一日の拘束時間15時間を超える前に帰社できそうにない時のために、車中泊用の着替えや寝袋やアメニティグッズをまとめて入れておいたのである。


 今は特権的スキルのキャビン収納スペースがあるため、敢えてまとめて入れておく必要がなくなったのだ。


 新たな用途は……。




「いいッスねえ! これいいッスねえ!」




 モリンは竜司郎が肩にかけたトートバッグから顔を出して、ニッコニコであたりを見回していた。気が利いたことにトートバッグには『軽量』の魔法がかけられているのだ。


 モリンはタヌキとしては割と大柄な方であるから、この異世界ナイズは大変ありがたい仕様変更であった。流石は女神さま。


 これで竜司郎は、調子に乗って何をしでかすか分からないモリンを一定の監視下に置けるし、モリンはモリンで高い視点を得られ、楽ができるのだった。





 竜司郎もおのぼりさんよろしく、あたりをキョロキョロと忙しなく見まわしていた。一見すると近世ヨーロッパに似た風景の開放的な港町である。だが、ここは紛うことのない異世界の街並みなのだ。


 ロナーシアの町は、道路は全体的に広く余裕をもって舗装され、町の区画は相応に秩序だった造りであった。竜司郎が初めての町にもかかわらず、ボンゴス親方の事故現場に迷うことなく辿り着けた理由の一つである。


 一般庶民の街並みであろうこの通りの家屋にも、大きく透明度の高い窓ガラスが使われているあたり、文明は相応に発達しているようある。




 なにより竜司郎が安心したのは、町の清潔感である。


 側溝は板できちんと覆われ、石畳も定期的なメンテナンスが施されている形跡があり、行き交う人々の頭髪、服装も清潔だった。


 先ほど、マリーナが当たり前のように『浄化』を使用していたように、この世界の人々の衛生観念は、日本人の竜司郎に近いものであると実感できたのである。




 昨日は折角異世界初の町だったというのに、ボンゴス親方の救出活動で、ゆっくりと街並みを眺めることもできなかった。


 転生は竜司郎が望んだものではなかったにしろ、こうして自分が剣と魔法と神が存在する世界にいることに心がときめかないと言えば、嘘になる。


 昨日の温かい食事と、涙と酒で、噴き出た過去の蟠りを一旦濯いだ竜司郎は、遠からず当たり前の風景になる前に、少年の心をときめかせるこの一時をなるべく楽しむことにしたのだった。






 皇国臣民証の発行は、驚くほどスムーズに完了した。


 マシウスが西風団に事情を書き記した手紙を託し、役所の長に言付けていたのだ。


 マリーナが受け付けの女性職員に三鑑定の儀を記した魔導契約書を提出すると、奥から明らかに役職持ちであろう中年の男性が駆け付け、最優先で手続きを進めてくれたのだ。


「すごいな……マシウス先生」


 あっと言う間に出来上がった銀色のカードを裏表にしながら竜司郎はマシウスの手際を称賛した。まさか午前中に皇国臣民証が発行されるとは思わなかったのだ。


「う、うん。ちょっと私も驚いてる……」


 娘も引かせるマシウス先生。ともあれ、これで飛野竜司郎は、晴れてアイル・グレスト皇国の臣民として、堂々と異世界生活を営むことができるのだ。




 モリンにも皇国臣民証は発行された。


 貴人が飼っている愛玩動物や、強豪な騎士、大賢の魔法使い、高レベル調教師、あるいは名うての冒険者が手懐けた強大なモンスターを登録するため、一定条件の動物、モンスターも、皇国臣民として扱い、一括管理しているのである。


 この制度によって、皇国は国内のモンスターを管理し、貴人は愛玩動物で所有欲と自尊心を満たし、モンスターを手懐けた強者は一層の名誉を手に入れることができる、というわけである。




 モリンは両前足で皇国臣民証を持ってご機嫌である。動物の登録条件を職員から聞かされて、自尊心も名誉も存分にくすぐられたのであった。


「ちゃんと前カゴ収納スペースに入れとけよ。再発行大変らしいんだから」


「分かってまッスよ! こんな大事なカード、無くすわけないじゃないッスか!」


「お前、それ完全にフリじゃねえか……」


 竜司郎は一通り皇国臣民証の意匠を確認すると、すぐにキャビン収納スペースに格納していた。


 社会人十年超えの身として、免許はもちろん、車の鍵、重機の鍵、会社のETCカード、等々、無くして困るものには細心の注意を払っていた。何しろ商売道具なのだから。






「さあ、この勢いで、ギルド登録に行きましょう!」


 マリーナが宣言すると、竜司郎とモリンはがぜんやる気が沸き起こった。RPGゲームのお使いクエストよろしく、皇国臣民証を手に入れた一人と一匹に、新しい場所への入場資格が手に入ったのである。


「まずどこに行きまスか?」


「それはもちろん────」


「「「冒険者ギルド!!」」」


 顔を見合わせて、竜司郎とモリンとマリーナは唱和した。


 やはり竜司郎もモリンも男の子。


 ”最初に”誘ってくれたボンゴス親方には悪いが、異世界に来て冒険者ギルドに登録しない選択肢はありえなかった。……ところでマリーナさんは?




「ふっふ~~ん♪ ……じゃん!」


 まさにドヤ顔という顔で、マリーナが貫頭衣の裏ポケットから取り出したのは、黒地に銀の徽章であった。銀の意匠はこの世界の数字”3”を表していた。




「銀三位ッス、銀三位ッスよ御主人……!」


「マジっすか、マリーナさん」


「マジっすよ、竜司郎さん」


 確かにわずかな旅の間に見せたマリーナの旅慣れた振舞いは冒険者のそれだった。竜司郎は、それはあくまでフィーズ教の巡礼団として培われたものだと思っていたのだ。


「お父さんから許可を貰って、西風団の非常勤メンバーとして、実は結構冒険はこなしてるの。だから冒険者ギルドの案内は任せてちょうだい!」


「心強いッスねえ。よろしくオナシャス! マリーナ先輩!」


 早速、調子のいいことを言い始めた聖獣(笑)。


「うんうん、銀級のマリーナ先輩に任せなさい! あ、でもたぶん私がいなくても大丈夫よ。きっと西風団のみんなが待ってるから」


 マシウスのようなことを言い始めたマリーナ。


「……そうか。今日俺たちが皇国臣民証を発行してもらうのを知ってる西風団が、満面の笑みで冒険者ギルドに登録しに来る俺たちを待ち受けてるわけだな」


「そういうこと。兄さまたちがいるんだから、何の心配もないよ、マジで!」


 無邪気に竜司郎のマネをしてみせるマリーナの笑顔は、確かに街の人気者であるのも納得の眩しさだった。


「そのまえに、腹ごしらえしようぜマリーナさん。そろそろ昼だし。ロナーシアの屋台も回ってみたい」


「オッケ! それもマリーナ先輩に任せてちょうだい!」


 マリーナは竜司郎の手を引いて、足を速めた。




(御主人もマリーナさんも気づいてないみたいスけど、これってペット連れの、ちょっとしたデートッスよね……。もしやマシウス先生が娘のために用事をでっちあげて誘導して……いや、まさか、鉞担いだ金太郎でスよ)


 モリンは空気を読んで、そして空気を嗅いで黙ることにした。大通りの屋台から香ばしい小麦の香りが風に乗ってきたからである。


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