━━━案件34 異世界ラジオ体操 ディフォード戦闘術━━━
寄り添う二つの太陽の柔らかな光と共に、どこからか、元気な掛け声が聞こえてきた。よく通る、澄んだ声。
「……? マリーナ……さん?」
竜司郎は行儀の悪い格好で眠ったことを一瞬恥じて、竜司郎なりに身支度を整えると。部屋のドアを開けた。
「次は、手を拳から手刀に変えて、いちっ! にっ! さんっ! しっ!」
「「「ご! ろく! しち! はち!」」」
倉庫前の広場で、マリーナと子供たちと西風団、そして近所の人たちであろう老若男女が集まっていた。マリーナは貫頭衣の法衣と帽子を脱いで、紺色の上下姿で集まった人たちの前に立って、なにやら拳法のような演武を披露していた。
モリンはマリーナの隣に並んで、木箱に乗ってマリーナの真似をしていた。なぜお前がそっちにいる。
「おうリュウ! 酒は抜けたか!?」
竜司郎に気づいたルークが手を振った。綿の長ズボンと半袖シャツ姿で、隣のチャコとおそろいである。その隣の寝起きが悪そうなマーカスも控えめに手を上げた。
「おはようございます。俺だけ寝坊しちゃったみたいで」
「おはようございまッス御主人! こっち来て一緒にやりましょうよ!」
モリンが箱の上から元気に前足を振った。ご近所さんたちも笑顔で手を振っている。
「あの方が飛野竜司郎さんだよ」
「おお、ボンゴス親方を助けるのに随分なご活躍をなさった」
「いい男じゃないの。ウチの娘に紹介したいくらいだよ」
「さすが聖獣の契約者さんですなあ」
会話の内容までは、竜司郎には聞こえなかったが、好意的な会話であることは表情から分かった。竜司郎は急いで階段を降りると、マリーナに向かい合うように、ルークと子供たちの隣に整列した。モリン程に図々しくなれない竜司郎であった。
「朝に子供たちと近所のみんなで集まって、こうやってディフォード戦闘術の型をやるのが、うちの教会の日課なんだ」
ルークが手刀を振りながら、状況を説明してくれた。
ディフォード戦闘術はフィーズの神々の中で、戦の神と言われるディフォードの名を冠した戦闘術である。
大きく蹴拳術[しゅうけんじゅつ]、剣刀術[けんとうじゅつ]、槍杖術[そうじょうじゅつ]に分けられ、アイル・グレスト皇国内で、諸派溢れる戦闘術の基本とされる。
今、マリーナが披露しているのは、本格的な戦闘術を学んでいない、一般人にも修得しやすいように改良された、蹴拳術の、攻撃の型、防御の型の二型で、護身術と健康増進と肉体労働前の準備体操といった位置づけで広く普及している。
教会の卒業生であるルークは、この演武がきっかけで、マシウスの指導の下、本格的なディフォード戦闘術を修行し、冒険者として活躍するための基礎を身につけたのである。
そのような理由もあって、子供たちは教会卒業生のヒーローたるルークの周りに集まって、彼の演武を真剣に真似していた。
さらに今日はマリーナが演武指導担当である。
彼女が担当の日は、普段より男性、特に若い男性の参加者が多い。彼女が巡礼で長期に教会を空けていたこともあって、今日の男性率はさらに高いものとなっていた。
常連の参加者は比較的高齢者が多く、彼らがマリーナ目当ての若者をからかうのも”マリーナデー”の日常であった。
もっとも今日は”爆風のルーク”が参加し、”妹マリーナ”に悪い虫がつかないよう目を光らせているので、そうそう気軽に声をかけられる雰囲気ではないのだが。
(なるほど、ラジオ体操みたいなもんか)
竜司郎は納得してマリーナを見た。マリーナは竜司郎に笑って正面を向き、キリリと表情を引き締め、腹から声を出す。
「ディフォード戦闘術、防御の型、足さばきから、はじめ!」
マリーナの声で気合の入った発言をされると、たいへん精神にも耳にも心地よい。それは竜司郎が最初に聞いた異世界人の声だったからかもしれない。
竜司郎は見様見真似で、マリーナの律動的な動きを真似始めた。身体を動かすのは、やはり気持ちがいい。
演武が終わり、仕事が早くない参加者は、めいめいが木箱、長椅子、折り畳み椅子に腰かけて、井戸端会議をはじめた。
演武だけでなく、この井戸端会議も、ご近所づきあいと情報交換の重要なコミュニケーションなのだ。
高学年組みの三人は、朝食の手伝いに教会内へと向かい、低学年組み四人はモリンと共に、参加者の皆さんに野草茶を配っている。
「いや~~久しぶりのマリーナちゃんの指導は気合が入るねえ」
「そのマリーナちゃんが助けた聖獣さんと契約者さんが滞在してると聞いてきたけど、聖獣さんは可愛いし、契約者さんはいい男だし、朝から眼福ですよ」
「なんでも記憶を失って森をさまよっていたとか」
「そりゃあ大変だったねえ」
「困ったことがあったら何でも相談しておくんなさいよ」
「妙な事お言いでないよあなた。聖獣さんも契約者さんも、ローズウッドさんの所にいるんだよ。困ったことなんてあるわけないじゃないのさ」
「ははは! そりゃ奥さんが正しいわ!」
竜司郎も自己紹介も兼ねて井戸端会議に加わった。
三鑑定の儀と、ボンゴス親方の救出劇は、意外なほど大勢に好意的に伝わっており、竜司郎は彼らのその賞賛を照れ笑いで受け応えるのに苦労を要したほどだった。
演武会が解散すると、西風団も冒険者ギルドに帰って行った。魔導契約書へ依頼完了のサインは、昨日のうちにマシウスから貰っていた。今回のマシウスはあくまで依頼主なのだ。
「それじゃあ竜司郎さん。朝食を食べたらすぐに役所に行きましょ!」
マリーナは魔力を軽めに形成した『浄化』の魔法陣を自分で被り、汗ばんだ身体をリセットした。そういう使い方もあるのか。
「『乾燥』だと魔力の調整をもっと細かくしないと、お肌のうるおいまで乾かしちゃうのよね」
このあたりはマリーナも年頃の少女なのだと思わざるを得ない。
「こうッスかね……?」
竜司郎の隣で、モリンが付与記憶から『浄化』の魔法を見様見真似でかけていた。魔法陣はちゃんとタヌキサイズのようである。
くるくると回る魔法陣を足元まで落としたモリンはご機嫌で、自らもくるくると回った。
「おぉ~~! スッキリサッパリッスよ御主人!」
「マジか! じゃあ、俺も……『浄化』!」
竜司郎も付与記憶を当てにして、両手に魔法陣を形成してみる。が……
魔素を煮詰めて魔力に変換したような強烈な魔法陣が形成され、右のモリンと左のマリーナが二、三歩引いた。
「御主人! 重機を展開するんじゃないんスよ! 魔素の魔力変換は控えめに!」
「ええぇ……っと、これ、どうしよう……!」
「どうしようって……そうだ! 四輪車スキルと同じ手順で格納してみて!」
竜司郎はマリーナの言う通り、フォークリフトを格納した手順を頭に描いた。魔法陣はたちまち消失し、竜司郎左右の一人と一匹はホッと肩の力を抜いた。
「……マーカスさんに魔素の変換指導してもらったほうがいいッスね」
「うん、そう思う……」
モリンとマリーナに左右からドン引きの挟撃を受けた竜司郎は、肩を落として小さく頷いた。




