━━━案件33 竜司郎 食べて泣いて眠る━━━
竜司郎は教会に入る前に、ルミーナに一礼した。
「改めまして、飛野竜司郎と言います。粗忽者で、色々と御無礼があるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」
「お噂通り、謙虚で篤実な方ですね竜司郎さん。ご遠慮なさらないでいいのですよ。マシウスの載徳は、いつものことなのですから」
ルミーナはにっこりと笑った。笑うと一層マリーナの面影が前に出る。マリーナがもう10年成長したらこんな感じだろうか。
(……ん? 10年?)
竜司郎がそう感じるということは、ルミーナは相当な若作りということか。21歳のルークを”兄さま”と呼ぶマリーナを生んでいるのだから、年齢的にはマリーナよりもローズウッド夫妻の方が、竜司郎の実年齢に近いということになる。
(……おっと、いかんいかん。会って間もない人たちの詮索なんて野暮野暮)
竜司郎は気を取り直して、ローズウッド一家の後を追った。モリンは既に子供たちと教会の中だ。
食堂は生活魔法『光源』による温かい雰囲気と、芳醇な料理の香りに満たされていた。歓声を上げるチャコ。子供たちは、モリンを丁寧に竜司郎に渡すと、率先して配膳の手伝いに回っていった。
母が病気で入院してほどなくして亡くなり、父が事故死するまでの一年も満たないわずかな期間、竜司郎もこんな風だった気がする。父の拙い料理を手伝い、自らも簡単な料理を覚えようと奮闘していた記憶がある。
あの時、家庭の事を何もかも母に任せていたことを、竜司郎と父龍三郎は思い知らされたのだ。その後悔を、家庭の事に向けることで紛らわし、懺悔としていたのかもしれない。
ボンゴス親方の事故現場からこのかた、まだ竜司郎の心に過去の記憶の残滓がたゆたっているようだった。
全員の席が決まったのを見計らい、ルミーナが、壁際のテーブルに置いてあったやや平たい大鍋を二つ、テーブル中央に配した。そのテーブルには『保温』の魔法がかけられているのだ。
『軽量』の魔法をかけて運んでいるのは竜司郎にも分かったものの、すらりとした体型のルミーナが、大鍋を軽々と運ぶさまは、転生者の竜司郎にとってまだ慣れない光景であった。
それが慣わしなのか、それぞれが自分の適量を皿によそうと、マシウスが手を組み、代表して祈りの言葉を発した。
「フィーズの神々に感謝します」
「「「フィーズの神々に感謝します」」」
異世界の人々が唱和する。
どうやら日本の「いただきます」に該当する挨拶のようである。竜司郎とモリンは、彼らに倣って左手で軽く拳をつくり、右手で拳を包み込むようにして祈りをささげた。
遅れて来たマーカスも加わって、子供たちは西風団のメンバーと一つおきに席についていた。モリンには子供用の椅子が用意されていた。
大鍋の煮込みは、肉も野菜も柔らかく温かく、塩味濃いめの焼き魚は黒パンによく合う。酢と香草と植物油のサラダは竜司郎好みの味付けだった。
成人たちは過ぎない程度に酒も嗜み、西風団は子供たちに冒険譚を語り、ローズウッド父娘は、今日の載徳をルミーナに聞かせ、和気藹々とした食事は胃袋だけではなく、心も十分に満たすものであった。
温かい家族と料理。竜司郎がひさしく忘れていたものだった。
叔父夫妻の料理も、もちろん家庭も温かく、心のこもったものであったが、やはり竜司郎の方にどこか遠慮する心情があり、それは高等学校を卒業し、大森建設の寮に移り住んでからも消えることは無かった。
大森建設時代も、OS物流時代も、何度も会合はあったし、季節ごとの飲み会も、現場終わりの慰労会もあった。仕事の仲間と仕事を忘れて語り合うのは、愉快で楽しいひと時であったが、一方で竜司郎はどこかに空虚なものも感じていた。
それは、仲間と違い、帰る所のない自分に向けられたものだった。
「竜司郎さん! どうしたの?」
マリーナが驚いて席を立った。竜司郎の目から、静かに涙が零れ落ちていた。マリーナの驚いた声で、竜司郎は自分が涙を流していることに気づいた。
マリーナに続いて驚く一同に、慌てて掌で涙をぬぐうと、竜司郎は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや……ごめんマリーナさん、美味しい料理で、ちょっと昔のことを思い出してさ……! 本当にごめん!」
モリンは何も言わなかった。
「……竜司郎さん、お酒はいけますか?」
誤魔化すように、サラダをかきこもうとした竜司郎の隣に、いつの間にか、マシウスが片手にゴブレット、片手にワインと思しきボトルを持って立っていた。
「俺はいけますけど、フィーズ教の聖職者って、肉もお酒もいけるんですね」
竜司郎は動揺をごまかすため、努めて冗談っぽく言った。マシウスはそれを同意と取って、竜司郎のゴブレットに半分ほど、ワインを注いだ。
「フィーズ教の教えは、徳を積み上げながら、現世を大いに楽しむべし、というのが基本の理念です。その教えに、私も随分と救われましたよ。もちろん今も」
竜司郎の心情を聞くことなく、マシウスは落ち着いた声で語った。
「信徒じゃない俺も、救ってくれるんですか?」
「フィーズの神々は寛大ですよ。……これにかこつけて、竜司郎さんをフィーズ教の信徒に誘うこともありません。信仰とは、心から湧きあがってくるものですから」
マシウスはにこりと笑い、自分のゴブレットを軽く掲げてみせた。竜司郎もゴブレットを軽く掲げた。
「ほれリュウ乾杯だ! 飲め飲め! 飲んで流しちまえ!」
ルークがテーブルから大柄な体を乗り出して、竜司郎に自分のゴブレットを伸ばした。
竜司郎と、マシウスと、ルークの杯が重なり、カツンッ、と軽快な金属音が響いた。
竜司郎が案内された部屋は、倉庫の二階にある、巡礼者や宿を逸した旅客、傷病者を一時的に宿泊させるための部屋だった。12畳くらいの部屋に大きめの二段ベッドと小型の机とクローゼット。
風呂トイレの無いワンルームマンションといった間取りであった。
部屋は慌てて『浄化』の魔法で整理されたものではなく、日常的な換気と清掃が行き届いていることが見て取れ、竜司郎はその気遣いと細やかさに感謝した。
モリンはいない。スマホを通じての交信もない。
子供たちの「一緒に寝る!」との提案にあっさりと乗って、別棟で子供たちと過ごしているはずだ。
(気を使ってくれたのかな、あいつ……)
もしかしたら、こうした気を使えるのが本来のモリンで、普段は敢えて空気を読まずに周りを振り回して楽しんでいるのかもしれなかった。それはそれではた迷惑な話だが。
竜司郎は日本人の癖か、入り口付近で安全靴を脱いで揃えると、寝台に腰かけ、そのまま背中から寝台に倒れ込んだ。マットは意外と弾力があり、前世界のベッドと遜色がない。異世界ならではの素材でも使っているのだろうか。
(明日は役所へ行って、皇国臣民証を発行してもらって、それからどっかのギルドに登録して、仕事が貰えるようにするんだっけ……? マリーナ……さん、が一緒について……手続きしてくれるって言ってたな……)
竜司郎の思考はそのあたりでフェードアウトした。
異世界に転生して、ようやく安寧を得た竜司郎は、いとも簡単にフィーズの眠りの神に身を委ねた。




