━━━案件32 ルミーナ・ローズウッド 異世界コンビを出迎える━━━
マシウスは、ボンゴス親方と、禁酒、肉体労働の禁止、三日後の『治癒』かけ直しを約束していた。
ボンゴスは徒弟と自分の無事を祝うとの理由で、飲酒に関して強固にその権利を主張したが、徒弟たちの嘆願と、マリーナ嬢ちゃんの”めっ”によって、しぶしぶ禁酒を了承したのであった。
そこへクラフトマンたちが、騒ぎを聞きつけて現場まで馬車を運んできてくれた。
クラフトマンたちはボンゴスの無事をねぎらい、マシウスに馬車を引き渡した。
「また一つ載徳をなされましたな」
「ありがとうございます。これもフィーズの神々のお導きです」
フィーズ教徒同士の定型句を交わしたのち、いくつかの書類をやり取りすると、巡礼団一行はようやく帰路についた。
御者を務めるマシウスが、唐突に言った。
「……西風団のみなさん、今日の夕食は我が教会で食べていきませんか?」
「え? いいんですか?」
チャコが嬉しそうに小躍りする。マシウスの妻、ルミーナはチャコの料理の師匠でもあるのだ。
「あれだけの騒ぎを起こしていますからね。たぶんルミーナにも伝わっているはずです。久しぶりに、うちの子供たちへ冒険譚を聞かせてあげてください」
「はーーい! よろこんで!」
「では、私は冒険者ギルドに行って西風団のスケジュールを伝えてきます。ルーク、馬借りるぞ」
マーカスは西風団の馬に乗ると、速歩で大通りへと駆けて行った。
「子供たちも、ルーク兄さまが返ってくるなら喜ぶわ。兄さまは教会の子供たちの自慢だもん」
「同じ町に住んでいるのに、なかなか帰れなくてすまんな」
ルークは申し訳なさそうに頭をかいた。マリーナはにこやかに応じる。
「西風団は指名が来るパーティーですから。しかも仕事を受けたら何日も町からいないことの方が多いし」
「寄付ばっかりじゃなく、子供たちともいてやりたいんだがな。銀級になってから銅級とは明らかに仕事量も増えたからなあ」
「ルークの寄付には本当に助かっています。ですが、無理はしないでくださいね。あなたは独立した立派な大人だ。これからは自分の人生も考えて行動なさい」
「はい先生!」
マシウスは”生徒ルーク”の返事に満足げに頷くと、竜司郎とモリンに声をかけた。
「竜司郎さんも、モリンさんも、よければこのまま我が教会にどうぞ。身の置き所が決まるまで、我が教会の、巡礼者用の寄宿舎をご利用ください」
「え……? そこまでして下さるんですか……?」
「竜司郎さんとモリンさんのおかげで、我々も大いに徳を積ませてもらいました。これはそのお返しと思ってください」
「ありがとうございまッス先生!」
モリンは竜司郎に先んじて、遠慮することなくマシウスの好意を受諾し、竜司郎は追認する形となった。
「それに竜司郎さん、もう日暮れです。今から宿をとるとなると、もしかしたら部屋を求めて宿から宿へ駆け回ることになるかもしれません。それならば、いささかでも気心の知れた我々と過ごす方が、楽ではありませんか?」
「ありがとうございますマシウス先生。正直これからどうしようか、途方に暮れていたところです」
「それはよかった。竜司郎さんからも、子供たちへ武勇伝を聞かせてあげてください。モリンさんは、子供たちの遊び相手になってくれると嬉しいですね」
「お任せください! この聖獣モリン、身命を賭して一宿一飯の恩義にお応えいたしまッス!」
竜司郎と巡礼団一行は、モリンの宣言に大いに沸いた。
「おかえりなさいマシウス。おかえりなさいマリーナ。ようこそみなさん」
「ただいまルミーナ」
「ただいまお母さん!」
教会で出迎えてくれたのは、マシウスの妻で、マリーナの母のルミーナだった。鮮やかな赤い髪を後ろで結んだ、青い瞳のすらりとした長身の女性で、マシウスと同じ模様の貫頭衣を纏っていた。
ルミーナの後ろには七人、小学生低学年から小学校高学年くらいまでの子供たちが控えていた。巡礼団一行を見て嬉しそうにざわめく。
「おかえりなさいマシウス先生、おかえりなさいマリーナお姉ちゃん!」
「あ! ルークさんだ! おかえりなさい!」
「チャコねえちゃん、ひさしぶり!」
子供たちが次々と笑顔になる。身なりは庶民が纏う簡素な衣服だが、清潔で縫製も身だしなみも行き届いていた。子供たちの笑顔と身なりから、竜司郎はローズウッド一家の篤志ぶりを垣間見た。
「紹介しよう。こちらが飛野竜司郎さん。巡礼の帰りに出会って、訳合って当教会にお招きした。そしてこちらが……」
「聖獣モリンさんね」
ルミーナはマシウスの言葉に巧みに重ねて、にっこりと笑った。わずかに驚くマシウス。驚くルークとチャコ。とても驚く竜司郎とモリンとマリーナ。
「ご近所さんが次々といらっしゃってね、あなたとマリーナが、また載徳に奔走していると、知らせてくれたの」
「私たちの事、もう伝わってるの?」
「それはもう。三鑑定の儀で喝采を浴びたことも、ボンゴス親方を、そちらの御二方と協力してお助けになったことも」
ルミーナはクスクスとおかしそうに語った。恐るべしご近所ネットワーク。マシウスはわずかに照れたようであった。
「さあ、みなさん、おあがりください。ささやかですがおもてなしの準備をしております。ご活躍の詳細を、食事をしながらお聞かせくださいます?」
マシウスとルミーナの暗黙の連携に、竜司郎は感心した。マリーナが竜司郎をドヤ顔で覗き込んだ。
「ね? すごいでしょ? お父さんとお母さん」
「うん、すごい。スマホもメールもないのにここまで以心伝心だなんて」
「……すまほ? めーる?」
「あ~~……、いや、何でもない!」
(ご~~しゅじ~~ん……)
抱きかかえたモリンからの視線が痛い。
「そ、そうだ! モリン、子供たちに挨拶してきな!」
竜司郎は取ってつけたように、モリンを足元に降ろした。モリンは竜司郎に振り向いて、見透かしたようにプークスクスと笑ってから、子供たちの下へ駆け出した。あのやろう。
「聖獣モリンでッス。みなさん、よろしくお願いしまッス!」
モリンは教会の人たちを前に、後ろ足で立って両前足を前にし、ペコリとお辞儀をした。TPOによって挨拶を使い分けるあたりが、憎たらしいやら如才ないやら。
子供たちが目を輝かせる。ルミーナは、まぁ、と、上品に驚いた。
「わぁ、本当に喋る動物だ!」
「かわいーー!」
「よろしく聖獣さん!」
子供たちはあっと言う間にモリンを囲んで握手をしたり撫でたりと、微笑ましいコミュニケーションが始まった。案の定、モリンはデレデレである。
竜司郎はモリンが揉みくちゃにされないかと、少しだけ心配したが、子供たちは竜司郎が思った以上に礼儀正しく、好奇心を充足させながらも、節度を弁えたやり取りで、竜司郎は改めてローズウッド一家の手厚い篤志と教化に感銘を受けた。




