━━━案件31 竜司郎とモリンにスカウトが来ました━━━
警備隊長のゴードンは、部下を指揮して現場の保存と警備の段取りを相談していた。
今日はもう日が暮れる。夜中になって酔漢や娼婦や賊徒が迷い込まないように、夜を徹して見張る貧乏くじを何人かに引かせて、残りの衛兵は危険個所の応急修繕と、立ち入り禁止の柵の設置だった。
ボンゴス親方と徒弟たちと子飼いの職人たち、そして興奮冷めやらぬ群衆の一部は、竜司郎とモリンと西風団を囲んで、感謝と賞賛と敬意を合唱していた。
「本当に、本当に、ありがとうございました」
「三鑑定の儀に続いて、いいものを見させてもらいましたよ」
「こんないろんな載徳に立ち会えるなんて、今日は何て幸運な日だ」
「なにいってんのさ、親方と徒弟さんが大変な目に遭ったってのに!」
「こりゃ失言でした。親方たちの無事と、聖獣さんに免じてご勘弁を」
「いやいや、悪気はないんですよこいつも。大事が収まってちょいと気が緩んだだけです」
ありあわせの布が敷かれた戸板に乗せられたボンゴス親方は、和やかな空気に安心したのか、早速、徒弟たちを集めて説教を始めた。
「こんちくしょーめ! イの一番に親方の安否を気遣わねぇ徒弟がどこにいやがる!」
「そんなこと言ったって親方! 親方の心配に行ったら行ったで、先に恩人に挨拶にいきやがれ! って怒るじゃないですか」
「そうですよ親方。あの時、飛野さんが早くに助けるって言ってくれなかったら、どうなっていたか……」
「んなこたぁ分かってら! ったく、弟子がこんな調子じゃいつまでたっても引退できゃしねえ……」
徒弟たちは顔を見合わせて笑った。お互いに毒も険もないやりとりなのは、当人たちも周りも分かっているのだ。
瓦礫の下敷きになり、抜け出せなくなっていた親方を見て、徒弟たちは悪魔に心臓を鷲掴みにされた気分だったのだ。
それがようやく、口が悪くて怒りっぽくて、それでいて腕が良くて気前が良くて気風がいい、毎日現場で一生懸命徒弟たちを引っ張ってくれる、ボンゴス親方のいつもの調子が戻ってきたのが嬉しいのだ。
竜司郎も懐かしさと居心地の良さを感じていた。
大森建設の面々もこんな感じだった。ぶつかり合うこともあったが、その場だけで後には引きずらない気風のいい連中が集まる会社だった。エース格の部長と課長が相次いで退職を余儀なくされるまでは。
「はい、ボンゴス親方、病毒看鑑は終わりましたよ。骨折と打撲と擦り傷と……え~~っと、色々沢山です!」
マリーナが元気よく病状を報告した。彼女の背後では、マシウスが苦笑しながら、マリーナが唱えた病毒看鑑の魔法陣から怪我の詳細を分析していた。
「ありがとうよマリーナ嬢ちゃん。あのおチビちゃんだったマリーナ嬢ちゃんから鑑定魔法をかけてもらう日が来るたぁ、長生きはしてみるもんだ」
「そうそう、もっと長生きして、一人でもたくさんのお弟子さんを育てないとね!」
「おうよ、その弟子のこった」
ボンゴス親方は、妙案を思いついたように上体を竜司郎とモリンに向けて、ニヤリと笑った。
「どうでぇ竜の字、モリの字。俺のところに来ないか? おめえたちは、さっきの調子で段取りもいいし、度胸もいい。それに面白れぇスキルも持ってる。コイツらにとってもいい刺激になるんだがな」
徒弟たちを見渡すボンゴス親方の表情は、冗談半分で隠した本気、といった風だった。徒弟たちも、職人たちも、竜司郎とモリンの技前を目の当たりにした直後で、興味津々である。
竜司郎とモリンが何某か答える前に、ルークが真っ先に反対を表明した。
「ちょっと待ったぁ親方! 竜司郎とモリンは俺たち西風団がすでに勧誘をかけてんだ。いくら親方でも、後から来ての横車はご遠慮願うぜ!」
「んなこと知らねえぞ! てめえこそ銀一位をかさに着てゴリ押す気か!」
竜司郎に抱きかかえられたモリンが、言い争う二人を見ながらスマホでタブレットに交信してきた。
(……私たち、いつ西風団に勧誘されましたっけ御主人?)
(……余計な事言うなよ。絶対話がややこしくなる流れだ)
竜司郎とモリンは表情を固めたまま、収納スキル内のタブレットとスマホで口裏を合わせていた。ルークもボンゴスもゴリゴリの押しキャラである。巻き込まれてはどうなるか知れたものではないのだ。
事態を収拾したのは、やはりマシウス先生だった。
「さ、親方。怪我の鑑定も終わりましたので『治癒』の魔法をかけます。ご自分にかけた『鎮痛』の魔法を解除してください」
「あ~~……、やっぱ解除しなきゃダメかい先生」
ボンゴスは途端に歯切れが悪くなった。
「鑑定魔法は魔法の性質からして他の魔法と競合しませんが『治癒』と『鎮痛』は競合してしまいます。早く『治癒』をかけないと、骨や肉が変な形で固まってしまいますよ」
「おっかねえこと言わねえでくださいよ先生」
「まあそれは冗談として、御存じの通り『鎮痛』を解除してから『治癒』をかけるまでに、若干の時間差があります。その時間差の間、骨折と打撲と擦り傷と、色々沢山の痛みに耐えてもらわないといけません」
マシウスは娘の台詞を拝借した。心底困惑したようなボンゴス親方。
「それなんですよ先生。何とかなりませんかねえ」
「ルークにもよく言っているのですが、魔法と言っても万能ではないのですよ親方」
「そいつぁ分かっちゃいるんですがね……」
「それに親方、そこかしこの傷からそれなりに血も流れています。そちらも親方の体内魔素で疑似的に補填しておきたいのですよ。血の巡りが悪いと、傷の回復も遅くなるのです」
「……分かりやした先生。俺も男だ。腹ぁくくりましょう」
ボンゴスはようやくマシウスの説得に応じた。右手に青白い魔力を貯め、ポンっと胸に当てた。一呼吸の時間差の後────
「あっ──がああああ! 痛たたたた! 先生! 早く! 早く『治癒』を!」
瓦礫の下敷きになった時に負った、骨折と打撲と擦り傷と、色々沢山の傷の痛みが、『鎮痛』の魔法から解放され、ボンゴスの身体を駆けずり回った。
(『鎮痛』の魔法ってすごいんスねえ)
(生活魔法だから、俺たちも使う機会があるかもな)
(でも、使うとああなっちゃうんスよね……)
(……使わないでいいよう、努力するとしようか)
竜司郎とモリンは、ボンゴスの惨状から今後の生活魔法の指針を検討した。
マシウスは、ボンゴスの骨折した両足に魔法紋の帯を巻き付け、マリーナは、頭や腕の擦り傷、打撲に、掌に発動させた魔法陣から緑色の治癒光を当てた。
ボンゴスはようやくおとなしくなり、徒弟たちは親方の周りで笑いをこらえていた。




