━━━案件30 竜司郎 みんなで親方を助ける━━━
「崩れるっ!!」
竜司郎は声帯を動かすのが精いっぱいだった。歯噛みして見上げるルーク。目をつぶるモリンとボンゴス親方。
いや、竜司郎は動けなかったのだ。下手にフォークリフトを動かせば、角材を持ち上げている爪が外れ、ボンゴス親方の足を再び拘束してしまうのだ。竜司郎は、親方を助けると言ったのだ。それだけは、できない。
さりとて何もしなければあの石材群の落石をきっかけに再崩落が始まるだろう。ルークは瓦礫の下に潜れない。モリンの力ではボンゴス親方を引きずり出すのは無理だ。
(手詰まりか……)
衝動に任せて救出を買って出て、ルークの威勢も借りて、女神さまから授けられたスキルを駆使してなお、結末がこの様とは……。
竜司郎は自らの迂闊さと無力さを呪いながら、悪魔に魅入られたように、ゆっくりとこちらへ質量を向ける石材の群れに視線を吸い寄せられた。
四人の男女が群衆から飛び出した。
「風の精霊よ──!『大気緩泡[たいきかんほう]』」
マーカスが野球の投球のようなフォームで、青白い魔力を投げる。魔力はまさに落下せんとする石材群の直下で弾け、不可視の空気の泡を形成した。楕円形に泡立つ空気の層の上で、落下を始めた石材が二個、三個と何度かバウンドする。
元々はエアバッグのように衝撃を緩和するために使用する精霊魔法で、中級魔法に位置するも、継続時間はごく短い。だが、今回はそれで十分であった。
「親方っ!!」
ルークは『大気緩泡』でバウンドする石材を見て、低い姿勢から咄嗟に手元の剛槍を突き出した。竜司郎のフォークリフトは角材を持ち上げたまま、親方の足を自由にしている。
竜司郎は、親方を助けようとしている。ならばすべきことは一つだ。
石突がボンゴス親方の作業着をかすめる。ルークの呼びかけと剛槍の勢いに目を見開いたボンゴスは、剛槍を抱きかかえるように両手でつかんだ。
「ルーク後ろ! 誰もいないよっ!」
チャコの叫び声が聞こえるや否や──
「うおおおおおおおっ!!」
ルークは雄たけびを上げ、剛槍とトラロープを引っ張りながら、後方へ飛び退った。
ボンゴス親方は剛槍と共に滑るように瓦礫の下から飛び出した。一方モリンは勢い余ったルークの膂力によって空中に放り出されてしまった。そこへ飛び出してきたのは──
「もりっちーーーーッ!」
チャコは魔法で一段強化した肉体で飛び上がり、モリンの勢いと軌道を読み切り、パスされたボールをキャッチするバスケットボール選手のように、モリンを両手でつかんだ。
チャコは両足で滑りながらも危なげなく着地し、モリンにニッコリと笑いかける。
「えへへへ……ナイスキャッチ! チャコさん」
「当ったり前のチャコール様よ!」
竜司郎は、ボンゴス親方とモリンが、ルークとチャコによって助け出された声を聞いた。
ルークは、ボンゴス親方を助ける、という竜司郎の意を汲んで、最後まで親方を助けようと最善を尽くしてくれたのだ。
竜司郎は、ハンドルと、操縦桿を握りしめた。
会って間もない異世界の友人は、呪いに沈みかけた竜司郎を解放してくれたのだ。
「竜司郎さんっ!!」
呪いから解放された竜司郎は『大気緩泡』で食い止められた落石から、声がする方へ視線を移した。
『大気緩泡』が落石を食い止めている十秒にも満たない間に、フォークリフトのすぐそばにマリーナとマシウスが間に合ったのだ。
崩落に面と向かう二人の、何と凛々しく頼もしい姿か。
「「『護障壁』!『強化一段』!」」
一字一句ピタリと綺麗に重なった詠唱。マリーナは左手首に右掌を添え左掌を、マシウスは右手首に左掌を添え右掌を石材の雪崩に向けた。
キィンッ! という子気味のいい音。竜司郎は知らない。それはつい先刻、ロナ川で竜司郎を助けた樽にかけられた音と同じものだった。
『大気緩泡』が効果を消失し、再び落下を始める石材は、今度はフォークリフト前面に展開されたハニカム構造の護障壁の上でバウンドする。一度始まった崩壊は均衡をあっけなく崩し、雪崩のように再崩落が始まった。
ゴッ、ゴッ、という重いものが落ちる音。木材が乱雑にぶつかり合い、舞い上がる砂埃。群衆から上がる悲鳴と絶叫。
「マ、マシウス先生……竜司郎殿……」
ゴードンは瓦礫と砂埃に対峙した、ローズウッド父娘と、四輪車に乗った竜司郎に、一歩、二歩、と進み出た。
砂埃の中から一条の光が天に向かって伸びた。その光に導かれるように、あたりの砂埃が舞いあげられ、周囲の視界をクリアにしていく。
中央で片手を上げ、天に光を放つマーカス。ルークに横抱きにされたボンゴス親方。チャコの肩で誇らしげなモリン。そして竜司郎は、ローズウッド父娘に両肩を抱えられていた。
彼らを囲むように、折り重なる石材と木材と、倒れたクレーンが『護障壁』が発動していた半円に沿って積み重なり、その様相は、英雄たちを称える民衆のようであった。
彼らの姿を確認したロナーシアの群衆に、一度さざ波のような感情の波紋が広がり、大きくうねり、歓声となって事故現場を包み込んだ。
意図したものではなかった。だがマーカスの視界を確保する精霊魔法『風塵掃』は、彼らの劇的な救出劇を最高の形で演出するものだった。
「ったく……よりによって、悪童に助けられるとはなぁ」
「俺だけじゃないですよ。親方の身を自由にしたのは……アイツです」
ルークは竜司郎を見た。喜びに溢れ、すがりつかんばかりの徒弟たちに囲まれた竜司郎の照れくさそうな横顔にボンゴスは穏やかな微笑みを浮かべた。
「ああ、おめえさんの言う通りの男だったぜ、あいつは。さすが、銀一位の目利きはてぇしたもんだ」
ルークは少年の笑顔で、ボンゴスの賞賛に応えた。




