━━━案件29 イエローゾーンの刃先誘導━━━
竜司郎のインナーゴーグルから見る瓦礫の山は見事なほど、黄色~橙色の注意~警戒ゾーンだった。魔法で編まれた操縦桿を握る手にジワリと汗がにじむ。
「……モリン、そっちから見る中はどうだ?」
「親方の周りは黄色っスね。赤色はないんで、すぐにヤバいって箇所は無さそうっス。でも爪で動かしたらどうなるか分かんないッスよ」
「分かった。作業を始める。爪入れるぞ。周囲の警戒頼む」
「はいッサー」
竜司郎は操縦桿を操作し、リフトの爪を中央まで寄せ、そのまま同化させるように一本にまとめた。
魔力で編まれたフォークリフトは、現実のフォークリフトと違い、爪の伸縮はおろか、現実のフォークリフトでは不可能な爪の一本化も、搭乗者の意思一つで行える、リフトマンとして実に痒い所に手が届く機能を備えていた。
特に今回のような爪を中央で寄せて扱いたい場合に、魔力で編まれた爪をそのまま一本にまとめる機能は実にありがたい。
「モリン、親方に当てるなよ」
「任せてください……車体真っ直ぐ前進~~ハイ、ストップ!、爪先ちょい下げ~~ハイ、ストップ!、そっから車体真っ直ぐそのまま前進~~ハイ、ストップ!」
モリンが竜司郎を見上げる。身体には黄色と黒色のトラロープがしっかりと結ばれ、その先はルークがしっかりと握っていた。
「御主人、この状態でマストを上げれば、爪先で親方の身体に乗ってる角材が上げられまッス」
「よし! 誘導頼む」
竜司郎はマストをゆっくり上げながらインナーゴーグルの色を注視していた。親方の上の角材を動かしたことで赤色に変わる箇所は、ないか?
マストを上げた瞬間、角材の右端にある石材が黄色からじわりと橙色に変わる。ヒヤリとする竜司郎。もう少し、いけるか?
「マストゆっくり上げ~~……もうちょい上げ~~ハイ、ストップ!」
インナーゴーグルから見る石材の色は橙色で変色を止めた。竜司郎は二度、深呼吸した。
モリンの刃先誘導は的確だった。
刃先誘導員は、元々はバックホウを代表とした掘削機械での作業中に、土中に先んじて埋設されている他埋設物を損傷しないために設置される担当者である。
今回はそれを応用して、竜司郎が目視できないフォークリフトの爪先を、モリンの誘導を頼りに操作しているのである。
「御主人そのままで。ルークさん、20cmくらいのと、15cmくらいの端材、一個づつお願いしまッス」
「よしきた!」
ルークはリン木に似た太さの角材で、モリンが指定した端材を瓦礫の奥へと押しやった。モリンはそれらをリフトで持ち上げた角材の竜司郎の指定通りの場所へ詰める。これでマストを降ろせばボンゴス親方の体も少し楽になるはずだ。
「マストゆっくり下げ~~ハイ、ストップ!」
モリンはインナーゴーグルでボンゴス親方の周囲を見渡す。端材はしっかりと角材を支え、角材はボンゴス親方の体から引き離された。
「おっけ~~御主人! 周囲確認、異常なしッス」
「ふぅ~~……」
竜司郎は一度リフトから降りて、モリンと同じ目線で現状を確認した。
確かに親方の体を挟み込んでいた角材は、親方と一緒に挟まれていた石材の上部と平行になっていた。モリンはきっちりと指定されていた場所にルークが用意した端材を詰めている。
身体が動くようになったボンゴス親方に、わずかに石材の方に体を寄せてもらうと、右足を挟んでいる建材への視線が通った。爪の導線は確保したものの、今の爪のままだと、少し遠い。
「一回下がって爪を伸ばす」
「はいッサー御主人。ハンドルそのままで真っすぐ下がれば、そのまま爪入れなおせまッス」
身体が解放され、少し気が緩んだのか、ボンゴスはヘルメットをかぶってかいがいしく働く聖獣に声をかけた。
「……よう働き者の聖獣さん、さっきモリンって呼ばれてたが、それがおめえさんの名前かい? 見たことねえ顔の獣だが、竜司郎と一緒で生国は東方ってとこかい?」
「ご推察の通りッス。名はモリン。御主人飛野竜司郎と契約して二輪車の修行をしてます聖獣でござんッス。以後、万事万端よろしくお頼みもうしまッス」
「如才ねえな。さすがは聖獣ってとこか。挟まれてた身体が楽になったよ。このままよろしく頼むぜモリン」
「お任せください親方!」
モリンとボンゴスはやや硬い笑いを交わし合った。まだ右足の解放作業が残っているのだ。
フォークリフトの爪を伸ばした竜司郎。所謂長爪と呼ばれる爪の長さで、奥行きのある荷物を取り扱うのに使用される爪である。
「爪入れるぞモリン」
「はいッサー御主人、車体そのまま真っ直ぐ~~ハイ、ストップ!、爪先ちょい上げ~~ハイ、ストップ!」
竜司郎の声も、瓦礫の奥のモリンの声も少し大きくなった。ルークは竜司郎のフォークリフトの横で、思わず剛槍とトラロープを握りしめた。
モリンが瓦礫の中から顔を出した。
「御主人、今爪先は親方の足の手前ッス。ボンゴス親方のズボンを、爪に引っかからないように寄せますんでお待ちください」
「……頼む」
モリンは再び瓦礫の中へもぐりこむ。器用に前足を動かしてボンゴスの作業ズボンをまとめ始めた。特権的スキル『擬人補正』である。モリンは魔力によるアシストで、人間とそん色ない器用さで前足を動かせるのだ。
「すまねえなモリン。こんなザマじゃあズボンの裾上げ一つできゃしねえ」
「大丈夫ッスよ親方。こうして御主人や皆さんの手の届かないところに手を伸ばせれば、私の存在価値もギュイーンと上がるってもんッスよ」
「ふふふ……ちげえねえ」
ややって、瓦礫の奥からモリンの声がした。
「御主人、ボンゴス親方の作業ズボン、オッケーッス!」
「よぉし、誘導……たのむ」
「リフトゆっくり前進~~ハイ、ストップ!。爪先ちょい上げ~~ハイ、ストップ! そのままマストゆっくり上げ~~」
竜司郎はマストを上げる前に、今一度周囲を見渡した。周囲は黄色から薄い橙色。いけるはずだ。
「上げるぞ……!」
マストをゆっくりと上げる竜司郎。挟まっていたのは右の脹脛、足首が抜けるスペースさえ確保すればいいのだから、それほど高く上げる必要はないのだ。
「…………っ!」
操縦桿に少し力を込めても角材は持ち上がらない。
ボンゴス親方の身体を挟んでいた角材は手前であったために、上からの圧力は弱かったのかもしれない。とすると、やはり1tではなく、2tフォークリフトを展開させたのは正解であった。
こいつさえ上げれば……と、竜司郎は操縦桿に力を込めた。
パラッ……パラッ……
竜司郎はハッとして上を見た。頭上5mほどの崩れかけた壁から、斜めに突き出した角材に煽られ、崩れかけた壁の石材がずり落ちようとしていた。
元々足場として組まれていた木材である。フォークリフトの加圧で煽られ、持ち上げようとした角材から、足場の部材同士で結わえられた紐と組まれた木材がそのまま連動し、フォークリフトの力が、斜めに突き出した角材にまで伝わってしまったのだ。
インナーゴーグルの識別色は、赤色────




