━━━案件28 竜司郎の作業指示とマシウスの深謀遠慮━━━
ボンゴス親方は、折り重なるように倒壊した足場と建物の中にうつ伏せに倒れ、身体と右足を挟まれていた。四角い顔の虎髭に血がにじんでいる。竜司郎たちからは見えないが、左足は骨折しているそうだった。
箸で挟んだように、角材が親方の体と石材を上下に拘束し、さらにその上に、救助を拒むかのように足場の木材と石材が折り重なっていた。
石材が親方と一緒に挟まっていなければ、足場と建物が倒壊した時点で、ボンゴス親方は二本の角材に圧し潰され、その魂はフィーズの神々の下へ召されていたことだろう。
「さっき『鎮痛』の魔法をかけてな、見た目ほど苦痛はねえが、両足とも思うように動かねえ」
親方をそのまま引き抜くのは難しい。時間がかかりすぎれば、耐えられなくなった石材、木材が崩壊する。下手な手順で石材、木材を撤去すれば、ギリギリのバランスで保たれている瓦礫が崩れてしまう。
瓦礫を崩さず、時間をかけすぎず、親方に無理をさせず瓦礫から引きずり出すには……。
「フォークリフトスキルを使う」
「馬車を乗せた時に使ったアレだな」
「フォークの爪で少しづつ瓦礫を押し上げて、間に角材を挟んでいく。それで手前の体、奥の足の順番にスペースを作って親方を引き抜けるようにしていく。俺たち人間じゃ奥まで入れない。モリンは中に入って空けたスペースに角材を挟んでいってくれ」
竜司郎は傍に落ちていた細長い廃材を手に取り、支持棒のようにして説明を始めた。
「先ずは、この親方の上の角材を爪で押し上げる。で、石材と平行にして角材を挟む。挟む場所はここだ。それで空けたスペースからさらに爪を伸ばして、奥の右足を挟んでいる角材を押し上げてスペースを作る。オーケー?」
「はいっサー御主人!」
「ルークは空いたスペースに挟む角材を用意してくれ。重さに耐えられる太いやつで、なるべく色んなサイズがあると助かる」
「よしきた! まかせとけ!」
「モリン、刃先誘導も頼めるか? たぶんフォークリフトの座席からじゃフォークの爪は見えない。お前が代わりに爪先を見て調整してくれ。インナーゴーグルで危険を感知したら速攻で知らせるんだ。いいな?」
「お任せください御主人!」
竜司郎の、よどみのない作業指示を聞いて、ボンゴス親方が不敵に笑った。
「いい仕事が出来そうじゃねえか若いの。それに聖獣まで連れてるたぁ、さぞかし徳も積んでんだろ」
「ありがとうございます親方。飛野竜司郎と言います。飛野が姓、竜司郎が名です。今後ともよろしくお願いします」
「ふふふふ……今の俺の姿を見て、今後ともよろしくお願いします、と来たか。気に入ったぜ竜司郎!」
自分を助け、今後も交友を交わそうという前提で語る竜司郎の豪胆さに、ボンゴスは悲観に傾きかけていた心に火をつけられた気分だった。徒弟の手前、気を張っていたが、職人の勘で警備隊の救助が間に合わない可能性も感じていたのだ。
「それじゃ竜司郎、一つ頼むが、そっちの聖獣を俺の近くに入れるんなら、命綱をつけてやってくれ。万が一の時、聖獣を道連れにしたんじゃ、フィーズの神々に申し訳が立たねえ」
「分かりました。モリン、後でトラロープ出すからルークに持っててもらえ」
「はいっサー御主人! お気遣い痛み入りまッス親方」
「……それじゃあ周辺の警備は俺たちに任せてもらおうか」
竜司郎たちの背後から太い声がした。警備隊長のゴードンが部下を引き連れてやってきたのだ。
「ゴードン隊長!」
「さっきフォークリフトが何とかって言ってたな。馬車を降ろしたあの四輪車スキルだろう? あの二本爪の四輪車を動かすなら、もうちょっと野次馬を離した方がいいんじゃないか?」
「助かります。お願いします」
「それとルーク。俺の部下を張り倒した件で後で話がある。親方を助けた後で必ず俺のところへ来い。……いいか、”親方を助けた後”で、必ず、だ」
言いながらゴードンはチラリと竜司郎を見た。真剣な顔で頷く竜司郎。ルークは、それを見て自信ありげに笑ってみせた。
「ゴードン隊長……へへっ、俺たちに任せてくださいよ!」
「無理だと思ったらすぐに言え。若いもんに無茶を押し付けるほど、ロナーシアにベテランがいないわけじゃないぞ」
そう言ってゴードンは群衆に向き直った。衛兵たちにテキパキと指示を出し、野次馬を遠ざけた。
竜司郎はすっくと立ち上がり、群衆に向かって、彼なりの大声を出した。
「これから魔法でデカい車を出します。親方を救出するためです。ロナーシアのみなさん、どうか、驚かれても、慌てないで落ち着いてください!」
ルークがそれに続く。モリンを両手で高く掲げて、吼えるように群衆に訴えた。
「俺はルーク! 爆風のルークだ! こいつは人語を語る聖獣モリン! そしてモリンと契約してるのがこっちのフィーノ・リューシェローだ! お前ら、聖獣の契約者のレアスキル、とくと見ておけ!」
「……ルークさん、ありがたいんスけど、御主人の名前は、飛野ッス、ヒ、ノ」
「細かいこと気にすんなモリン!」
ルークは少年の笑顔でモリンを抱きかかえまま、素早く槍を携えて五歩下がった。フォークリフトが展開する間合いは、既に把握しているのだ。
『2tフォークリフト───展開!』
膨大な魔力が片手に集まり、集積しきれなかった魔力が舞う。だが今回は丘の上で展開したよりもはるかに小規模だ。そして展開も早い。
丘の上、西壁門の前、そしてこれが都合三回目のフォークリフトの展開。経験を積めば積むほど、魔素の集積も、魔力への変換も、重機スキルの展開も、目に見えて習熟していくのが実感できた。
群衆からどよめきが起こるのを背に、フォークリフトに搭乗した竜司郎は既に作業用ヘルメットをかぶり、インナーゴーグルで倒壊した石材と建材の状況を分析していた。
モリンも同様に作業用ヘルメットをかぶり、インナーゴーグルを展開して、ボンゴス親方と、運転席の竜司郎両方を視認できるフォークリフトの横へ移動した。
ルークはフォークリフト右側の少し離れた廃材置き場で、角材を収集、カットしていた。若手と年嵩の徒弟たちものこぎりを振るっている。
事故現場を遠巻きにする群衆の何人かが、ゴードンに話しかけてきた。二人は門前で見かけた商人だ。見覚えがある。
「ゴードン隊長、あの人、聖獣さんの御主人さんだよね!?」
「さっき門前でマシウス先生に鑑定されてた方で間違いないよ」
「そうそう! マリーナちゃんと一緒だった、あのいい男だ」
「あの四輪車、門前で見たヤツだぞ! あれで親方を助けようってのかい?」
ゴードンは、何人かの群衆が早くも竜司郎を認識し、かつ好意的に語っているのを見て、機会を得たりと畳みかけた。
「そうとも! あいつの名前は飛野竜司郎。マシウス先生の三鑑定の儀で三つとも翠玉光だった、筋金入りの善き者だ。これから親方を、聖獣、爆風のルークと一緒に助ける。邪魔にならないように、見守ってくれないか!」
ゴードンは太い声を大きくして、群衆に訴えかけた。事情を知っている何人かが、ゴードンに同調するように声を上げ、周囲に竜司郎と聖獣を語り始めた。
(この状況……まさにマシウス先生の言ってた通りだ。竜司郎と聖獣を知ってる町民が大勢いることで、混乱も動揺も起こる気配がない……。なるべく多くの人を集めろといったのはこれを意図しての事か……)
ゴードンは、マシウスの采配に舌を巻いた。




