━━━案件27 過去の記憶 父の記憶━━━
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今回、竜司郎の父、龍三郎の回想シーンにて「残酷な描写あり」に該当する描写があります。
また、当作品のキーワードに「シリアス」を選択していなかった件を、この場を借りてお詫び申し上げます。
古い一冊の記憶のノートが、竜司郎の中で繙かれていた。小学生の頃の、20年以上も前の記憶だ。
登場人物は、父の仕事仲間、警察関係者、医療関係者、葬儀関係者、そして親類縁者……。
既に顔も名前も擦り切れていた。誰が言ったかすら曖昧なのに、言葉だけが断片的に、それでいて鮮明に、竜司郎の記憶の中で蘇っていた。
「ちくしょう、神も仏もありゃしねえ……」
「去年お母さんが亡くなったばかりなのに……」
「ラフターが風に煽られて、吊ってた荷物が建物に……」
「落ちてきた鉄骨が直撃して即死だそうだ……」
「遺体の損傷がひどくて、とても家族には……」
「何とか顔の半分でも見せられるように……」
「お子さん、まだ小学生ですって……」
「施設に預けるしかないんじゃないか……」
反芻される記憶のなか、初めての異世界の町を、竜司郎は駆けた。騒ぎが大きくなっていく方へ、白煙が上っている方へ。
事故現場はロナ川右岸の大通り、通称ロナ川南通りと言われる通りは、ロナーシアの町でも指折りの大通りである。
川岸側はフリースペースとして開放されており、衛兵詰め所に申請して許可さえもらえれば、誰でも商売や音楽や大道芸を披露できるのだ。
ロナーシアでも人気の高い通りで、通常ならば仕事を終えた労働者たちが、屋台で夕飯をつまみながら、楽師と合唱し、芸人をはやし立てる夕暮れ時の日常が始まる頃だった。
その一角で、悲鳴と怒号と埃が舞っていた。
竜司郎は群衆の最後尾で、一度立ち止まって呼吸を整えると、夢中で群衆をかき分けていった。最前列で槍を構え、野次馬を遠ざける衛兵もすり抜ける。
「あっ!、おい貴様!」
竜司郎は衛兵の声を無視して倒壊した現場のふもとまでたどり着いた。大きな木製のクレーンが、大きな建物にのしかかるように倒れていた。車輪の足元が陥没している。
建物とクレーンと足場にはロープが張られ、鳶口を手にした男たちが、これ以上の倒壊を防ぐべく立ち回っているのが見えた。そのふもとに……
工事関係者らしき男が二人、折り重なるように倒壊した石材と足場の木材の前でしゃがんでいた。
「なんで竜三郎さんがこんな目に……」
「奥さんが亡くなってからお子さんのために……」
「仕事熱心な方だったそうで……」
「運命だと思うしかないんじゃ……」
「竜司郎くん、どうするんだろうな……」
父、龍三郎の事故現場を、当時小学校にいた竜司郎は見ていない。現場の写真も見たことがない。警察と親類の配慮であった。
なのに竜司郎は、今、その現場に居合わせたかのような錯覚にとらわれていた。
倒壊した建物、転倒したクレーン、崩壊した足場、崩れ落ちた建材、人々の叫び、警笛の音……。
覚えているはずのない情景。知らないはずの記憶。いないはずの父の影……。
「母さんが旅立っちまったから、オレが頑張らなきゃな……」
「勉強なんてほどほどでいいんだ。それより友達とは仲良くしろよ……」
「じゃ、行ってくる。来週は給料日だから、どっか飯でも食いに行くか……」
竜司郎は湧きあがる衝動を抑えられなかった。
竜司郎はしゃがみこんで奥に何事か語りかけている男たちに駆け寄った。
「なんだお前は?」
竜司郎に気づいた若手らしい男が苛立ったような声を上げた。
「俺に、救助させてください」
「あぁ? お前いきなりやってきて何言って……」
親方が大変な目に遭っているのに、この若造は突然現れてどういうつもりなのか。いきり立って立ち上がろうとした若手に、竜司郎の後ろから大きな声がかかった。
「俺からも頼む。リュウにやらせてやっちゃあくれねえか」
竜司郎の背後に、剛槍とモリンを担いだ大男ルークが立っていた。背後では、ルークを止めようとして逆に吹き飛ばされた衛兵が二人、腰を抜かしたように尻もちをついていた。ルークの巨体に怖じ気づく若手と、意外そうな顔の竜司郎。
「お前は爆風のルークか……」
もう一人の年嵩の男がルークを知っていたようだ。ルークは胸甲の左側に留めた、黒地に銀の徽章を親指でトントン、と、見せつけた。
「おう、こないだ銀一位に昇進した爆風のルークだ。こいつは俺の仲間でな、ちょいとレアなスキルを使えるいい男さ」
「いや、しかし……」
「お願いします。俺に、救助させてください」
竜司郎はしゃがんでいる男たちに頭を下げた。若手は絶句し、年嵩の男は目をむいた。他人を救助するのに頭を下げて頼むとはどういうことか。
それとも異邦人らしい黒髪黒瞳のこの若者は、うちの親方と懇意だとでもいうのだろうか。訝しがる男たちの奥、瓦礫の下から声がした。
「……そこにいるのは湾口通りの悪童か?」
ルークは瓦礫のそばに近寄ってしゃがんだ。聞き覚えのある声だったのだ。
「その声はボンゴス親方ですか?」
「おうよ……。あの悪童が銀一位たぁ、大した男になったもんじゃねえか……」
言葉は明晰で、力もこもっていた。何らかの理由で抜け出せないのだろう。
「その大した男に免じて、うちの仲間にやらせてやっちゃあくれませんか」
「ハッ、悪童の話に乗っかるほど落ちぶれちゃいねえや。警備隊は呼んだんだろ? 来るまで待つさ」
「そう言わずに親方……いや、なら、俺を銀一位まで見守ってくれた、マシウス先生を信じちゃくれませんか? こいつは、会って早々にマシウス先生にお墨付きをもらって、聖獣も従えてて、三鑑定の儀も全部翠玉光だったやつなんです」
(それに、リュウは多分、俺と同じでオヤジを亡くして……それを思い出して、ここに……)
ルークはそこまでは言わなかった。竜司郎の深い領域にもう一歩立ち入るには、まだ時間と知識が、足りない。それでもルークは竜司郎を推した。戦士としての勘か、父親を亡くした者同士の共感か。
少し間が空いた。周囲の徒弟たちも、ボンゴス親方の返答を待つように沈黙した。
「……随分豪儀な男のようだな。いいだろう。実際このままじゃラチがあかねえし、マシウス先生には随分世話になってるからな。おめえさんがそこまで言う男の腕、みせてもらおうじゃねえか」
ルークは竜司郎に向いてニヤリと笑った。
「助けるんだろ、リュウ?」
「助ける!」
「決まりだな!」
「御主人!」
二人と一匹は腹ばいになって瓦礫の奥を覗いた。




