━━━案件26 向かい合う異世界の青年と町の器量佳し━━━
観衆は再び歓声を上げた。
会って間もない竜司郎とモリンは知る由もないが、フィーズ教会南町支部のマリーナといえば、社交的で、快活で、ディフォード戦闘術と、神依魔法の腕前も優秀な、ロナーシアでも評判の器量佳しなのである。
その彼女が、異国情緒溢れる黒髪黒瞳のいい男と向かい合っているのだ。観衆の熱気が高まるのもむべなるかな、であった。
「いいぞーー! マリーナ嬢ちゃん!」
「頑張ってーーマリーナちゃん!」
「なかなか絵になる二人じゃないか」
「マシウス先生も粋な事するねえ」
(マリーナさん大人気ッスねぇ。私もうかうかしてられないッスよ~~)
モリンがスマホで話しかけてきた。副音声に(ニヤニヤ)といった擬音が聞こえたのは、竜司郎の気のせいだろう。
(うかうかしてられないなら、この状況をなんとかしてくれよ……)
(いや~~そうは言ってもですねぇ、この儀式の主人公は御主人とマリーナさんッスから、あまり私が出しゃばるのも……ねえ?)
(こんな時だけ殊勝な顔しやがって……)
竜司郎はタブレットでモリンと通話する時の通例で、表情を固めたままお調子者の聖獣に呆れて見せた。マリーナはマリーナで落ち着かない様子で周囲を見渡している。
「ちょっと、お父さん……」
「心の準備ができていないのは仕方がありません。ですが、それは逆に魔法発動の訓練にもなります。それに、三鑑定の儀に参加するのは、マリーナ自身の載徳でもあるのですよ」
「もう……お父さんったら、何かというと載徳なんだから……」
どうやらマシウスは、衆人環視のなか壇上で若い男女──しかも自分の娘──を向かい合わせる、という状況には無頓着のようで、本意からマリーナの修行と載徳を促しているようであった。
(マシウス先生、割と天然かよ……)
竜司郎はマシウスにも呆れて見せたが、声に出しては言わなかった。儀式はとにかく神官側が動かなければどうにもならないので、竜司郎としては、俎板の鯉よろしくマリーナに任せておくしかない。
「……ふぅ」
マリーナは腹をくくったように、少し目を閉じ、一度大きく息を吐いて顔を上げ、竜司郎を見据えた。
間近に見る深い藍色の瞳の真っ直ぐさと、儀式へ意識を向け、姿勢と表情をキリリと引き締めたマリーナの姿に、竜司郎はドキリとした。
(格好いいなあ……)
(格好いいッスねえ……)
竜司郎とモリンは、マシウスに向けた同じ言葉で、マリーナを称賛した。
マリーナは両手に魔力を集め、魔法陣の外縁を形成する。フォンッ、というわずかな発動音は、父マシウスの時にはなかったものである。
「『鑑定 病毒看鑑』」
よく通る、澄んだ声。
(そういえば、異世界に転生して初めて聞いた人の声が、マリーナの声だったんだよな)
つい先刻の出来事なのに、竜司郎は懐かしむように思い返した。目の前をマリーナが形成した魔法陣がゆっくりと回りながら降りてゆく。
竜司郎の足元に達した魔法陣からエメラルドグリーンの光が立ち上ると、観衆から拍手と歓声が沸き起こった。指笛を吹いている者までいる。
「『鑑定 書記』」
マシウスは厳かに発し、最後の魔導契約書を完成させた。中空に張り付けられた三枚の羊皮紙をリズミカルにはがすと、マシウスは壇上の前に進み出た。
「これにて三鑑定の儀は全て終了いたしました。鑑定はいずれも翠玉光。よって飛野竜司郎殿の清廉潔白は、フィーズの神々よって証明されましたことを、ここに宣言いたします」
マシウスの宣言に、大歓声を上げるロナーシアの人々。そのなかからひときわ大きな太い声が響いた。最前列のゴードン隊長だ。
「ロナーシアの町へ、ようこそ!」
「「「ロナーシアの町へ、ようこそ!」」」
観衆が次々と唱和し、竜司郎は圧倒的な雰囲気に気おされつつも、不器用に、だが誠実に、ロナーシアの人々にお辞儀を繰り返した。
(よかったッスねえ御主人。みんないい人そうですよ)
ボウ・アンド・スクレープで観衆の歓呼に応えながら、モリンはスマホで話しかけてきた。
(うん、そうだな。これなら異世界でもなんとかやっていけそうだ)
(これもフィーズの神々のお導きッスかねぇ?)
(お? 初めての聖獣らしい発言じゃないか?)
(ごしゅじ~~ん……)
スマホとタブレットで軽口をたたき合う主従に、西風団の面々が駆け寄ってきた。壇上でそれぞれに相応しい祝辞をのべる。
「りゅうっち! もりっち! ロナーシアの町へようこそ!」
「美しい翠玉光でしたよ竜司郎さん。あなたの載徳の大きさがよく分かる素晴らしい儀式でした」
「よかったなリュウ! これで堂々とロナーシアに入れるぜ!」
そう言ってルークはモリンを、遠くの聴衆たちにも見えるように高く掲げて見せた。
「ルークさん!」
「ほらモリン、遠くの人にも応えてやりな!」
モリンは我が事のように嬉しそうなルークの頭上で、前足をブンブンと振って、後方の聴衆たちの声援に応えた。
簡易ステージは衛兵たちによって片づけられた。竜司郎も手を出そうとしたが、主役の出る幕じゃねえよ、と、ゴードン隊長に笑って断られたのだ。
マシウスとマリーナは、修理のためにやってきたクラフトマンと馬車のそばで何やら話をしている。
「いやはや良いものを拝見しました」
「若い方は初々しくていいですわねえ」
「あの翠玉光の美しさは語り草になりますぞ」
「今回の行商の前に実に幸先の良いことですよ」
「近所の人たちにも話しておかないとね!」
「そりゃいいや! 聖獣といい男の取り合わせだ。盛り上がるぜ」
人々は次第にロナーシアの町へ戻り、西壁門は次第にいつもの様子を取り戻していった。モリンはルークの左腕におさまり、挨拶をし損ねた何人かの観衆たちと、再び握手会を開催していた。
それも次第にまばらになり、竜司郎とモリンと、巡礼団一行が、さてそろそろ、と、ロナーシアの町へ入場しようとしたとき……
ズンッ、という鈍い音が町の奥から響いた。
地響きのような振動が西壁門まで伝わってきた。
「……!!」
ゴードンはすぐさま副隊長らしき男に指示を与える。何人かを連れて副隊長が町の中へ駆け出して行った。
「何事ッスかね御主人」
「わからん。少し様子を見るか……」
竜司郎が門の向こうに視線をやると、副隊長と入れ替わるように、衛兵が三人駆けだしてきた。そのうち一人は副隊長の一隊に何やら報告している。
「ゴードン隊長! ゴードン隊長はいずこですか!」
「おう、ここだ。何があった」
「ロナ川南通りの建設現場で倒壊事故です! クレーンが倒れて建物と足場が倒壊しました!」
「近いな。被害に遭った者は?」
「四人が巻き込まれましたが、三人は救出され命に別状はありません。ただ、現場の親方が一人、足場の下敷きになったままです。まだ存命ですが、救助のため人手が要ります」
衛兵の報告が聞こえていた周囲に、一気に緊張が走った。ゴードンがひときわ大きな声を上げた。
「救助活動だ! 待機中の三班、四班を呼び出せ! 一班は引き続き門の警護。俺は先に行く!」
ゴードンが置いていた槍を手に取った時、そばを駆け抜けていった者がいた。飛野竜司郎である。
「リュウっ!」
ルークはモリンと槍を抱えて、すぐに竜司郎の後を追った。竜司郎が通りすがりに呟いた言葉がルークを即断させた。竜司郎は目の前にいる人物に語り掛けるように言ったのだ。
”父さん”と。




