━━━案件25 マリーナ、マシウスお父さんに不意打ちされる━━━
霊質照鑑、呪詛詳鑑、病毒看鑑、の三種の鑑定魔法と、それらを行使し為人を鑑定する儀式を”三鑑定の儀”という。
霊質照鑑は、フィーズ教の教義に則り、鑑定する対象の三善、すなわち、施与[せよ]、勉励[べんれい]、篤志[とくし]と、対象の三悪、すなわち、傷殺[しょうさつ]、盗奪[とうだつ]、騙嘘[へんきょ]を鑑定し、善業、悪業の度合いを測る鑑定魔法である。
特に他国の者が皇国臣民の籍を欲し、皇国臣民証を得ようとするならば避けては通れない、三鑑定のなかでも特に重要な鑑定儀式なのである。
当然、財物を寄与し、自らを高め、献身を旨とする者は皇国臣民として歓迎され、他人を害し、盗み奪い、虚言を弄する者は、鑑定でその悪業を詳らかにされ、皇国の民となることはありえないのである。
呪詛詳鑑は、対象にかけられた神的、魔的、魔法的な呪術、怨詛を特定する鑑定魔法である。呪術の中には疫病のように他者を侵し、人から人へと災禍を広げ、罪悪と混乱を引き起こす強力な呪いも存在するのだ。
そのような危険な呪詛に心身を害された者は、皇国の厳格な管理対象として、速やかに隔離、幽閉され、しかるべき解呪、鎮詛を施されたのち、封印や殺処分も視野に入れた身の振り方を協議されるのである。
病毒看鑑は、文字通り対象が罹っている病魔、毒素を鑑定する呪文である。これは鑑定の儀だけではなく、魔法使いや、魔術の心得がある医術師の検診にも日常的に用いられる、一般の皇国臣民でも比較的馴染みのある鑑定魔法でもある。
鑑定により、魔法使い、医術師は、病気や毒素に対して適切な投薬、治療、手術、魔法を施すことが可能になる。人的、物的リソースの適正な運用には欠かせない鑑定魔法なのである。
皇国臣民証がない無宿人か無国籍者のような立場の竜司郎は、これら三つの鑑定魔法で、その素性を詳らかにし、自らが善性高く、呪詛にも病魔にも蝕まれていない人間であることを証明しなければならないのであった。
聖獣の契約者という、善なる者、健なる者としての強力な確証がある竜司郎に、マシウスはさらに多数のロナーシアの人々に証人になってもらい、その善性の後ろ盾にしようと、ゴードン隊長に依頼し、かくのごときステージを誂えたのである。
「…………」
「そう堅くならずに、深呼吸して、リラックスしてください」
しゃちほこばった竜司郎に、マシウスが落ち着いた声で語り掛ける。右後方にはマリーナが助手として控え、先ほど用意していた羊皮紙を三枚”中空”へ魔法で貼り付けていた。
竜司郎の足元では、モリンがそれを珍しそうに眺めていた。スマホで話しかけてこないのは、流石に儀式の空気を読んだからか。
「いや、そうおっしゃいますが……」
竜司郎は首を左右に振り”観客席”を見渡した。載徳のイベント……ではなく、三鑑定の儀のうわさを聞き付けたロナーシアの人たちは、既に数百人からの群衆と化し、期待と好奇のまなざしを竜司郎とモリンに向けていた。
舞台で歌や芝居を披露した経験はなく、晴れがましく壇上で賞状やトロフィーを受け取った経験もない竜司郎にとっては、文字通りの初舞台であった。
「大丈夫よ竜司郎さん。リラックスして立っていれば、後はお父さんが全部済ませてくれるから、ね!」
対岸の火事を楽しむ、と言えば言い過ぎだろうが、マリーナは明らかにこのシチュエーションを楽しんでいた。まったく人の気も知らず……。
マシウスが両手を広げ、魔力を掌に集め始めると、会場は急速に静まり返った。
「フィーズの神々に、神官、マシウス・ローズウッドが願い奉ります……」
緊張と不安で、竜司郎の耳からマシウスの祝詞は早々にフェードアウトしていった。マシウスも、巡礼団一行も竜司郎の載徳を疑っていないのが、竜司郎にはかえって不安だったのだ。
確かに竜司郎には新聞の三面記事を賑わすマネをした覚えはない。霊質照鑑の判定に引っかかる要素は、きわめて微小なはずだった。
父の事故死、母の病死という大事件は、竜司郎の心身と人生に衝撃を与えたが、それ以外の世間はそれなりに温厚で、他人を殺傷したことも、殺傷する切欠にも巡り合わず、他人の財貨に手を付けたことも、他人の財貨を奪ったこともない。
噓偽りに関しては、優しい嘘から、見栄と称するような嘘、誇張、矮小、自己欺瞞などとバラエティ豊富だ。それでも、それが誰かを傷つけ、貶め、不幸へと後押しするような類の嘘はなかったはずだ。
……なかったはずだよな?
竜司郎は思わず、マシウスに目で訴えかけた。
その心情を察してか知らずか、竜司郎の訴えに呼応するようにマシウスは両手の魔力をフラフープのような大きな輪へと形成した。
輪はすぐに波紋のように幾つかの小輪を描き、時計回りに見たことのない文字が次々と浮かび上がっていった。
「『鑑定 霊質照鑑』」
マシウスは描いた魔法陣を竜司郎に被せるように、竜司郎の頭上へと持ち上げた。魔法陣はゆっくりと時計回りに回転をはじめ、竜司郎を透過しながら、ゆっくりと足元へ降りて行った。
絨毯へ到達した魔法陣は回転を止め、こんどはゆっくりと光り出す。竜司郎の足元から柔らかな、それでいて濃厚なエメラルドグリーンの光が放たれた。
「おおぉぉ! 翠玉光があんなにもハッキリと……」
「なんと神々しい光なことか……!」
「さすが聖獣の契約者だ!」
ロナーシアの人々の声が竜司郎の耳に届いた。どうやらフィーズの神々は、飛野竜司郎を善なる者と認定してくれたようだった。竜司郎はフィーズの神々と、悪業に手を染めずにいられた現代日本に感謝した。
竜司郎と目を合わせたマリーナが(ね? 心配いらなかったでしょ!)と笑い、すぐに笑顔をおさめると……
「『鑑定 書記』」
マリーナの詠唱に反応して、足元のエメラルドグリーンの光から文字の帯が次々と中空に貼られた羊皮紙へと吸い込まれていった。鑑定結果を公文書として記載したのである。
「『鑑定 呪詛詳鑑』」
マシウスは再び両掌の魔力に力をこめ、魔法陣を形成する。違う鑑定魔法であるから、描かれた文も文様も違うもののはずだが竜司郎には手順も文字も同じに見えた。マーカスなら小一時間は語ってくれるはずだが、今は儀式の最中である。
魔法陣は霊質照鑑と同様に竜司郎を透過しながら足元に到達し、再びエメラルドグリーンの光を放った。
群衆から歓声が上がった。すぐにマリーナが詠唱し、エメラルドグリーンの光から霊質照鑑の時と同様に、中空の羊皮紙に文字が書き込まれていった。鑑定は残すところあと一つ。
ウンウンと満足げに頷くマリーナの笑顔は、竜司郎が善なる者であるとの信頼と、儀式を滞りなく執り行う父への敬意であった。その敬愛する父が、何か思いついたようにマリーナの方へ向いた。
「そうだマリーナ、病毒看鑑はお前が執り行ってみなさい」
「え? 私? うそでしょ?」
突然儀式を振られたマリーナは早口でまくし立てた。
「霊質照鑑と呪詛詳鑑はまだ無理だが、病毒看鑑なら可能でしょう。これも載徳ですよマリーナ」
「いや、だって、ここへ来ていきなり儀式を振られても……」
マリーナは、先刻まで竜司郎が浮かべていた緊張と不安を混ぜ合わせた表情と同じ表情を浮かべていた。




