━━━案件23 アイドル聖獣モリン 握手会を開催する━━━
ロナーシアの町の手前、街道そばにある緩やかな丘の上で、一行は足を止めた。ここからならロナーシアの町と、ロナーシアの町を囲む大きな城郭が一望できた。
左岸の山頂に聳え立つのはアンセル伯爵の城である。
そこから広がる山すそが、貴人層、富裕層の居住区、そのふもとから商業地区が広がり、竜司郎とモリンが落下したロナ川が町を南北に分割するようにアーゾリア海に流れ込む。
ロナ川の河口からアーゾリア海海岸に沿って形成された港は、桟橋や帆船の遠景でハリネズミのようにも見えた。
右岸が平民の居住区。マシウスの教会がある区域である。
ロナーシアはシャルム大陸の西端、通称”シャルムの尻尾”と呼ばれる南へ長く伸びるミューラ半島の付け根に位置する都市で、ミューラ半島の西岸を、陸路と海路両方で結ぶ、東岸の拠点として重要な役割を果たしていた。
それはすなわち、領地を統括するアンセル伯爵家には、領内政治、経済活動、治安維持、に関する相応の手腕が要求されることを意味する。
現当主のアンセル伯爵は、政治、経済、軍事の手腕の全てにおいて高い水準の手腕を発揮し、ロナーシアは経済発展と地理的重要性をますます高めているのであった。
マシウスはA4サイズほどの薄い革張りの箱を取り出し、口金に指先でトン、と魔法を込めて封をした。ここに着くまで、馬に水と草を与えるための休憩時を何度かとった、その時に少しづつ書き溜めていた書類だった。
「ルーク、チャコさん。西壁区警備隊長のゴードン隊長を宛名に封をしました。こちらの書類を、ゴードン隊長に直接届けてください」
「お安い御用です先生」
「なにが書いてあるんです?」
「いきなり竜司郎さんの魔導車が門前に来たら、皆驚くでしょう? ゴードン隊長と部下の皆さんに予め知らせておけば、警備も手続きもスムーズです」
納得したようにチャコは大きく頷いた。
「馬車を降ろすのはどこでします?。城壁の中に入れるとなると、竜司郎のトラックはけっこうでかいですよ」
「そのあたりの手はずも、書簡に書いてあるよルーク。二人は必要に応じてゴードン隊長を手伝ってあげてください」
「流石先生! じゃあさっそく行ってきます!」
ルークとチャコは颯爽と馬に乗って、駆け出して行った。
マシウスは竜司郎にも一枚の紙を差し出した。元現代人の竜司郎からみると分厚く、荒い。
「こちらが入門からの大まかな予定です。竜司郎さんには、まずゴードン隊長を立会人に、三鑑定の儀を執り行ってもらいます。そこから皇国臣民証の発行手続き、それから当面の宿泊先を決める、という段取りです」
「何から何まで、本当にありがとうございます」
「気にしなくていいのよ竜司郎さん。これもフィーズ教の教え”載徳”なんだから」
「そうはいってもマリーナさん、俺からしてみれば、ちょっと助けられすぎてて、ホントに申し訳ないんですよ」
「ホントッスホントッス! みなさんには尻尾を向けて寝られないッスよ」
「そうだ! お父さん、モリンくんのことは?」
「ちゃんと書いてあるよ。三鑑定の儀も含めてね」
(流石お父さん!)と、得意満面顔のマリーナ。
「聖獣と契約を結んだ竜司郎さんの三鑑定の儀は、まあ、通過儀礼のようなものです。竜司郎さんは難しく考えず、そちらの手順通り気楽にやってください」
「霊質照鑑[れいしつしょうかん]、病毒看鑑[びょうどくかんかん]、呪詛詳鑑[じゅそしょうかん]……。これで三鑑定ということですか」
「竜司郎さんの魂の属性がどういうものか、病気や毒に罹っていないか、呪いや禍をもたらす存在ではないか、それを神の御名に依って公的に証明するのが、三鑑定の儀です」
なるほど、この三つを鑑定して問題なければ町への入場が許可され、皇国臣民証の発行も滞りなく手続きされるということか。
「さて、ルークたちが戻ってくるまでに、馬たちに水と草をあげておきましょう。竜司郎さん、馬車から馬用の樽を取り出したいので、トラック荷台の入場許可をもらえますか?」
マシウスは、もうトラックの扱いに慣れ始めていた。
チャコだけが戻ってきた。ゴードン隊長に事情を説明し、受け入れ準備が整ったとのことだ。ロナーシアの門に近づくにつれて、竜司郎はやけに騒がしい門前に訝しんだ。
(人、多くね……?)
槍を持った衛兵たちがこちらを向いているのは分かる。だがそれ以外の人、旅客、行商人、町人も一様に門を背にしてこちらを向いているのだ。入門待ちなら門側を向いているはずだ。
ざっと50人はいる。その後方から一人、また一人と城門をくぐって外に出てくる人々がいる。人数は今も継続して増えてきているようだった。
竜司郎の表情を察したように、マシウスが馬をトラックに寄せた。
「ゴードン隊長には、希少なスキルを持つ聖獣と、聖獣の契約者を保護したので、彼らを歓迎してほしい、と申し伝えました」
「ええぇ!?」
「じゃあ、あの町のみなさんは、私たちを歓迎するために集まってくれてるんスね」
「そうですよモリンさん。これもモリンさんの載徳の賜物ですよ」
「いや~~それほどでもあるッスよ!」
驚きと不安がないまぜの竜司郎に対して、モリンは集まった町民たちに期待満面である。マシウスは補足するように語り始めた。
「……載徳だけではなく、少々現実的な話もあるのです竜司郎さん。これだけ希少で、巨大なスキルを突然披露したのでは、町の方々が不安がったり驚いたり、あるいは恐怖を抱いてしまうでしょう。ですから、予めなるべく多くの方に御二方と、御二方のスキルを認知いただいて、少しでもその不安を和らげよう、という意図があるのです」
「それで敢えて大勢の皆さんに、俺たちの事を伝えた、と。トラックでそのまま城門まで向かうのは、そういう意図もあるんですね」
「もう一つ。我が娘マリーナが助けた御方がロナーシアの街中で問題を起こせば、助けたマリーナが少々肩身の狭い思いをします。父親としては、何とか手を打っておこうと載徳にかこつけてみたのですよ」
あぁなるほど、と気づいて肩をすくめる竜司郎。マリーナは竜司郎と顔を見合わせて可笑しそうに笑った。
「……そのようなわけで、聖獣モリンさんを、客寄せパンダならぬ、客寄せタヌキにしてしまいました。馬上にて失礼しますが、お詫びしておきますよ」
マシウスは、モリンにウインクしてみせた。ニッコリ笑い返すモリン。マシウス先生も、こういう表情するのか……。
「聖獣モリン、聖獣モリンでございまッス! 縁あってロナーシアの町にやってまいりました!」
マリーナに抱かれ、町民の皆さんとあいさつを交わすモリン。
町民たちは、モリンとマリーナを半円に囲みつつも意外なほど行儀よく整列し、丁寧な握手とあいさつを交わすと、次々と後退し、再び人の輪の中へ戻っていった。聖獣に対する敬意であろうか。
「みなさまのお役に立てるよう精一杯頑張ってまいります! 御主人ともども、ロナーシアの皆様には、ご支援ご声援をたまわりますよう、よろしくお願いいたしまッス!」
口上はともかく、城門前は、さながらアイドルの握手会会場である。一方の御主人竜司郎は、フォークリフトスキルを展開して、馬車の荷卸し業務を担当していた。
ルークはマリーナの背後で警備を、チャコとマーカスは竜司郎の作業エリアで交通誘導員を担当していた。
「あ、行商の旦那様!、商売頑張ってください! 奥様、ご丁寧な握手、誠にありがとうございまッス! ちびっ子のみなさん、聖獣モリンは逃げません! 順番にお並びください!」
(あいつにあんな演説スキルがあるとはなあ……)
町人たちに愛想を振りまく聖獣の、滔々たる演説を聞きながらも、竜司郎はフォークリフト作業に集中し、無事に馬車を降ろした。遠巻きに竜司郎のスキルを見ていた町人たちが、竜司郎の周りにも集まり始めた。
(さて、モリン程に愛想よくふるまえるかどうか……)
工事前の朝礼すらあまり得意ではなかった竜司郎は、付与記憶から演説スキルを探そうとして止めた。女神さまの選択と集中のクセを、竜司郎は理解し始めていた。




