━━━案件21 竜司郎 トラックで馬と一緒に疾走する━━━
竜司郎は、4tトラックをゆっくりと発進させた。アクセルの踏みごたえ、ハンドルの操作感覚は、OS物流で竜司郎が担当していた大型トラックのメーカーに似ていた。
トラックの内装は、モリンの魔導二輪車同様に、ナビゲーションシステムを中心に各種の計器類が配置された異世界仕様である。
一番の変更点はエアコンの吹き出し口が存在しない点だった。車内は空調機器での温度調節ではなく、内部に描かれた魔法紋によって温度を調節し、空気を循環させる魔法的な温度調節機能で調整されるのだ。
代わりにエアコンの吹き出し口部分には小型のモニターが配置されていた。
特にクロックポジションで言うところの、三時、四時、八時、九時の方向をという、教本や安全ビデオで習うトラックの死角をカバーする仕様変更に、竜司郎は驚きを隠せなかった。
ただし、この仕様変更は、乗り慣れた前世界の車両とは違う認知、判断、操作が要求される仕様である。異世界においても継続した運転経験の積み重ねは必要なのである。
(このあたりの気の利かせぶりを、どうしてもっと満遍なく活かせないものかな女神さまは……)
やはり女神さまの”リソースの選択と集中”には一言、二言物申したくなる竜司郎であった。
丘を下るトラックの車内は歓声に包まれた。歓声の声の主は四人。竜司郎もハンドルを操りながら、三割がたの恐怖を交えた歓声をあげていた。
この丘下りによって竜司郎は、フレームは武骨に、タイヤの径は大きく、そしてリフトアップされた異世界仕様のトラックの理由を実感で理解したのだ。
異世界の未舗装地形には、ホイールベースが長いトラックでは乗り越えられない、勾配限界をはるかに超える勾配……いや、凸凹が多数存在するのだ。それは凸凹をトレースして走行可能な魔法で編まれたタイヤでもカバーしきれない物理的な障害なのだった。
よって竜司郎が展開する魔導トラックは、現代世界のトラックの仕様を大幅に変更し、異世界の未舗装地形を走破する前提の仕様変更をせざるを得なかった、というわけだった。
そこまで仕様変更していても、ナビゲーションシステムが示す行く手は、黄色、赤色、黄色、黄色、赤色……。
結局トラックは、丘を真っ直ぐに降ることはできず、赤色ゾーンを避けて、右へ左へと文字通り右往左往しながら、何とか街道の手前までたどり着いたのだった。
荷物を載せ、リフトアップしているにもかかわらず、横転せずに下り坂で横向きに走行できたのは、マーカスが解析した、タイヤに形成された大地の精霊力を制御する魔法紋のおかげである。
(マーカスさん、やはり一席設けさせていただきます……)
あの早口の解説を聞いていなければ、竜司郎は横転を気にしてトラックを横に向けられず、もっと移動は鈍重なものになったことだろう。
竜司郎は一足早く丘から降りた騎馬たちに、お待たせしました、と、軽く頭を下げた。
「こんなデカブツを、すごいじゃないかリュウ! でもちょっとだけ、馬車ごと転がらないかってヒヤヒヤしたぞ」
「いや、実は俺もヒヤヒヤしながら降りた……」
「はっはっはっ! 冗談たよ! でもここまでくれば大丈夫だろ?」
「おう、大丈夫だ」
竜司郎は、たぶん、と小声で続けて、耳ざとく聞いたモリンに呆れられているのには気づかないふりをした。
(利便性や安全性はガッツリあがったものの、実際に動かすと思ったよりも不便で、とてもチートと呼べるようなスキルじゃないなぁ……)
だから女神さまは、チートスキルではなく”特権的スキル”と呼称したのかもしれない。
(でもまあ、これくらいの縛りがある方が、俺の器にはちょうどいい感じだな)
竜司郎のトラックは、街道までのわずかな距離も、やはり右往左往しながらゆっくりと走った。
街道に沿って走る三匹の馬と一台のトラック。馬の速度に合わせて進むトラックのスピードメーターは15km/h付近を指示していた。
日本の法定速度に慣れている竜司郎にとっては、物足りない速度だ。一方の異世界人二人は、馬とは違った景色の動きと未体験の揺れに、楽し気に情緒を揺らめかせていた。
「いやはや、素晴らしいですよ竜司郎さん。馬車を乗せたまま馬も魔獣もなしに、こんな大きな魔導車を魔力だけで動かすなんて……」
マーカスの賞賛は笑って受け流せたが、マリーナの言葉は笑って済ませるわけにはいかなかった。
「竜司郎さんって……もしかして東方帝国の魔術師なんじゃない? しかも一線級の」
「まっ……!」
マリーナの発言に、うっかりハンドルを取られそうになる竜司郎。
「あ~~……うん、記憶が戻ったら、もしかしたら魔術師かもしれないなぁ……」
「ンなわけないじゃないッスか」
モリンが笑いながらツッコミを入れる。
「お前、少しフォローしろよ」
苦笑いしつつ、竜司郎は、雨合羽を着てスコップを振るっていた大森建設時代と、ローブの代わりに空調服を着て、杖の代わりにバタ角を担いで働くOS物流時代を振り返ってみた。
(うん。どう考えても魔術師じゃないな……)
ギリギリ雨合羽がローブに見えなくもない、か。……いや、魔術師というなら、大森社長や、ベテラン古参の重機捌きや現場段取りの円滑さにこそ与えらるべき称号だろう。
(言われてみれば、俺って戦士でも僧侶でも盗賊でも魔法使いでもないんだよな……。勇者はありえないし、しいて言うなら召喚師か……? でもトラックもリフトも召喚じゃなくて、俺の魔力で組んでるからやっぱり魔術師なのか……)
竜司郎が堂々巡りになりそうなお題を断ち切ったところへマシウスが馬を寄せてきた。
「竜司郎さん、次の一里塚から先はしばらく見通しのいい一直線です。人がいなければ、馬の全力に合わせて走ってみますか?」
マシウスが手信号とやや大きな声で提案した。助手席側のルークが歓声を上げる。
「さきほど、この魔導車は馬の全力にもついていけるとお聞きしました。それをこの目で見てみたいと思いましてね」
「分かりました。ご披露しましょう……一里塚、もうすぐです!」
ナビゲーションシステムが示す街道の色は緑色から青色。一里塚の前方には商隊も旅人もいなかった。これなら、走れる。
「いけそうですね……! じゃあ、マシウス先生、お先にどうぞ」
「それでは遠慮なく……ハイッ!!」
馬を操るマシウスは普段の沈着で泰然とした姿からは想像できないほど躍動的だった。同時に直に見る馬の加速も竜司郎の想像を超えていた。みるみるトラックを引き離すマシウス。
「格好いいなあ……」
「格好いいッスねえ……」
竜司郎とモリンは同時に感心した。竜司郎は少し遅れて速度を上げたルークとチャコを先行させると、アクセルを調整して車間(馬間)をとりつつ、視点と注意を前方に集中した。
そのために、竜司郎はマリーナの誇らしげな照れ顔を見損ねたのである。




