━━━案件02 飛野竜司郎 異世界転生を決断する━━━
……竜司郎が考えたのは自身の境遇よりも、まず両親のことだった。
幼少の頃、相次いで亡くなった両親もこんな心境だったのだろうか。
死の間際、残された息子を想って神や仏に幸福や息災を祈ったのだろうか。
そして竜司郎は、両親の願いや期待に応えられる人生を送ってきたのだろうか。
自信満々、とはいかないまでも、まずまずの人生だった気がする。
犯罪に手を染めたこともなかったし、誰かから憎悪や殺意を向けれられたことも、誰かに殺意や憎悪を向けたことも、たぶん無かったはずだ。
高校を卒業してすぐに就職し、このかりそめの海に放り込まれるまで、無為徒食に甘んじたり、両親の遺産で無益な遊興に耽ったりもしなかった。
身寄りの亡くなった竜司郎を、両親の代わりに育ててくれた叔父夫婦。
竜司郎の両親には恩義がある。だから気にするな。そう言って竜司郎の感謝を笑顔で受け止めてくれたのは今も忘れていない。
資格も経験もない十八歳の若造をもろ手を挙げて歓迎してくれた大森建設の社長。
大森社長は廃業まで東奔西走し、社員の将来を慮ってくれた。そのおかげで竜司郎はつつがなく大森建設の取引先だったOS物流に転職できたのだ。
OS物流の所長や仲間には転落事故など引き起こしてしまい恩を仇で返すような仕儀になってしまった。
現世に残された知己の事を思うとなんともやりきれない。
恩義のある人たちには、生き直すにしろこのまま死ぬにしろ、せめて自分がどうなったかくらいは伝えておきたかった。
そして竜司郎が現世で最後に出会った狸……。
「……そうだ!あの狸は無事何ですか?」
竜司郎は思わず声を上げた。
狸を轢くまいとハンドルを切ってトラックごと崖から転落し、その結果自分の魂が現実世界から切り離されたのだ。せめて狸は助かっていないと帳尻が合わないというものだ。
返答はすぐになく、やがてクスクスとおかしそうな笑い声が響いた。その笑い声の後に、皮肉も揶揄も含まない微笑まし気な声色がつづいた。
「自分のことよりも狸を心配なさるのですね」
「これでも善良な小市民でしてね。不必要な殺生は寝覚めが悪い性分なんですよ」
竜司郎も笑って応じた。自らの状況がある程度はっきりしたことで、心理的に余裕ができたのかもしれなかった。
「……無事ですよ。傷一つなく」
女神さまが一瞬言いよどんだような気がしたが、竜司郎は敢えて追求しなかった。無事ならそれでいい。野生の掟に従って、なるべくなら長生きしてもらいたいものだ。
「……それで、俺はこれからどうなるんですか?」
「他次元世界管理者同士の契約に基づき、転生先にて魂の置換と肉体の再構成をおこない、そこで新たな人生を再出発してもらいます」
「知り合いも伝手もない別世界に……ですか?」
「その代わり、こちらでできる限りのフォローはさせてもらいます。転生先に合わせて肉体を最適化しますし、生存に必要なスキル、アイテムはもちろん、特権的なスキル、アイテムも付与いたしますよ」
「そりゃまた、サービスのよろしいことで」
「広義の管理不行き届きですからね。対象者へこの程度のサービスは享受させてもよいと、我々管理者は考えています。異次元間の魂の交換は、互いの世界においても刺激になり、より面白い世界造形の一石になるという面もありますし」
「それじゃあ俺は実験体じゃありませんか……」
「否定はしません。ただ、この措置に不満である、というならば、あなたの魂は飛野竜司郎としての役目を終え、このまま魂の素子として還元し、新たな魂として再構築されることになります」
「本当の死か、転生先での生か、ですか?」
「決心がつきましたら教えてください」
竜司郎には、特にやりたいことがあったわけではない。秘めた野望も、青雲の志も、幼い頃にはあった気もする。
だが相次ぐ両親の死を経て、中学校を卒業し、高等学校も半ばになる頃には、野望も、志も、自らには過ぎた望みであると理解できるほどには、知恵も知識も身につけ、心も体も実感できてしまったのだ。
ただ、この世に生んでくれた父母と、育ててくれた叔父夫妻に対しては、恥じ入ることのない、それでいて分際を弁えた相応の人生は送りたいと思っていた。
そう、定職について、結婚して、子供を育て、できれば孫に見送られるような……。
それが、竜司郎がぼんやりと目指していた報恩の人生イメージだった。その可能性が目の前に示されているのならば、竜司郎に迷う理由は無かった。
「新しい世界に送ってください。現実世界で生の道がなくなったのなら、新しい世界で前に進むしかありませんからね。ただ……」
竜司郎は少しためらい、だが意を決したように光源を見据えた。
「色々世話になった人がいるんです。大森社長と大森建設にいた仲間と、OS物流のみんなには、何とか女神様の力でよくしてあげてください。特にOS物流には、俺の事故の損害をなるべく軽くしてほしいんです」
「分かりました。善処しましょう」
「あと、それから……」
「泰紀叔父さんと由基子叔母さんと、中学の頃からずっと俺の友人でいてくれた、セイやんと、タカくんと、ケンちゃんと、テルさんにも……何とか俺のことをよろしく伝えてください」
女神さまは、またクスクスと笑った。
「……分かりました。あなたの、その人を思う人柄に敬意を表し、こちらもできうる限り、善処しましょう」
「頼みます」
竜司郎はほっとした。正直口約束かもしれない。現世界と切り離されてしまえば、女神さまが約束を果たすかどうか、その結末は竜司郎には分からないのだ。
それでも、少なくとも態度には出さず女神さまに後事を託したのは、竜司郎の信義を重んじる、あるいはお人好しな人となりを表すものであっただろう。
「それでは飛野竜司郎。あなたを新たな世界に転生させます。新しい世界で、幸多からん人生を」
ぐん、と竜司郎の体が持ち上がり、光源に向かってゆっくりと上昇し始めた。
速度は光源に近づくにつれて加速していった。やがて加速が一段落したころ、光源から竜司郎へ向かって虹色の光弾が撃ち出されて来た。
最初の光弾に、竜司郎は思わず目をつぶった。痛みも衝撃も感じなかった。その代わりに脳裏に言葉とも映像ともつかない印象の記憶が刻み込まれていく感覚を覚えた。
「異界適応」……
虹色の光弾をうけた竜司郎は、何か温かい力が全身に満ちていくのを感じた。続けて、次々と撃ち込まれる光弾。
「身体補正」……「精神補正」……
「免疫強化」……
「異語理解」……
「魔力適応」……「魔力強化」……
「魔法理解」……
「基礎魔法」……
虹色の光弾が撃ち込まれるたびに、竜司郎の体に未体験の力が満ちていく……。体もいつの間にか動くようになっていた。
(これが女神さまの言ってたサービスの特権的スキルってやつか……)
満ちてゆく力を確認するように、竜司郎は左右の拳を開閉した。
他者が持ちえない特権的なスキルを身につけての異世界転生。
漫画、アニメ、ゲームでいくつか触れたことはあっても、まさか自分がその当事者になるとは思ってもみなかった。
(チートスキルに最強能力とか言われても、いまいち実感が湧かないなぁ……)
今、現在進行形で与えられているスキルの数々が、実際にそのようなスキルだの術だの魔法だのであったとしても、どうにも自分の性分なら持て余すだけな気がする。
突然大金を手に入れた小市民が、大金の運用を誤り、却って破滅の道を転がり落ちるという話も聞いたことがる。
おそらく自分も、小市民が大金の運用を誤るように、与えられた魔法の力、チートスキルの運用を誤り、破滅するのではないか……。
とはいえ現実世界から全く違う世界に転生するのだから、それなりに生きる術として、そういったスキルを授与してもらえるというなら有難く受け取っておこうか、とも思う竜司郎であった。
『どんな資格や技能も、扱う奴次第さ。悪いやつがバックホウを扱えば、人の物を壊したり人を傷つけたりするぐらいしかできねぇ』
社会に出て最初の師匠ともいえる大森社長は、自社のヤードで初めて竜司郎にバックホウの練習をさせた時に語ったものだ。
『だが、良いやつがバックホウを扱えば、人の物を造ったり人を幸せにしたりできる。ついでに金も儲けて感謝もされる……俺みたいにな!』
さて、特権的スキルを与えられた飛野竜司郎は果たしてどうなるだろうか?
「どんな資格や技能も、扱う奴次第……」
そう呟いで目線に掲げた右手を、竜司郎は握りしめた。
ふと見ると、その拳の遥か彼方に、もう一条の光が竜司郎と同様に光源に向かって一直線に向かっていた。光源から次々と虹色の光弾が放たれるところまで同じだった。
(俺と同じ転生者か……?)
女神さまの気配はなくなっているし、距離も遠すぎて男か女か、いや、人かすらも判別できない。
同じ世界への転生者というなら、顔合わせくらいしてくれてもよさそうなものだが……。
あるいは別世界への転生者ゆえに、安易な接触を避けるために距離を取っているのだろうか。そんなことを考えている間にも、虹色の光弾は次々と竜司郎に撃ち込まれていった。
「トラックスキル」…………「トラッククレーンスキル」…………
「タンクローリースキル」…………
「バックホウスキル」…………「ホイールローダースキル」…………
「フォークリフトスキル」…………
他にも乗ったことのない建設機械、名前しか聞いたことのない建設機械、名前すら聞いたことのない建設機械の光弾も撃ち込まれていった。
竜司郎はとっさに思い出すことも覚えることも出来なかった。
やがて光源は大きく、明るく、竜司郎の前にその存在を際立たせ、やがて竜司郎の視界を覆いつくした。
光源の光が竜司郎の視界を覆うにつれて、竜司郎の意識もゆっくりと遠のいていった。




