━━━案件18 マーカス 魔導車を前にテンション爆上げする━━━
「どう!、どぅ!……よ~~しいい子! 大丈夫! 怖くないからね」
マリーナは暴れだした馬に乗り、丘の上を軽く周回していた。
巡礼団一行は、竜司郎が展開したトラックとフォークリフトへの好奇心を満たす前に、トラックとフォークリフトの出現に驚いた馬たちを鎮める必要に迫られたのだ。人間ですら言葉を失うほどの魔力と、世にも珍しい形象化スキルである。馬が驚き慌てるのも無理からぬ話であった。
いきなり現れた魔導車に驚き慌てた三匹の馬は、マリーナ、ルーク、チャコたちの巧みな役割分担によって大事に至ることなく落ち着きを取り戻していった。よく訓練された冒険者、といった一連の流れは見ていて気持ちがいい。
唯一マリーナが担当した馬だけは、三周ほど丘の上を駆けさせて動揺を一段階鎮めた上で、最終的にマシウスが『鎮静』の魔法を首筋に当て、事なきを得た。
竜司郎の魔力に驚き言葉を失いながらも、不測の事態にごく自然に即応できるあたり、銀級の冒険者の面目躍如である。
「見事なもんだなあ」
竜司郎はマリーナの手綱捌きを称賛した。救出のため、初手から樽をぶん投げるあたり、マリーナが肉体的も精神的にもアグレッシブなのは竜司郎も理解していた。今回の乗馬で更に理解の深度が深まったようだった。
「お父さんとルーク兄さまのおかげでね。私の腕もなかなかのものでしょ!」
馬から降りながら、マリーナは竜司郎の賞賛を素直に受け取った。ルークの手綱捌きも見事だったし、冒険者の、あるいは異世界人の嗜みであろうか。いずれにしても、バイク乗りとして、跨る乗り物を巧みに操る技術は眼福でもあった。
「そんなこと言って、りゅうっちも上手なんじゃないのぉ~~?」
チャコが鎮めた馬を引いてきた。ギャルな言動からは想像しがたいが、チャコも動揺する馬に巧みに飛び乗って、慌てることなく馬を鎮めたのだ。
「いや、俺は実は、その……馬に乗ったことがない」
「……えぇ?」
「……はぃ?」
馬が社会インフラとして機能しているこの世界の住人、マリーナとチャコの反応に、竜司郎は(ですよねー)と心の中で肯定した。現代社会で車の免許を持っていない、と言われた時にされそうな反応だった。
まさか現代世界では毎日内燃機関を乗り回してました、とは言えない。嘘でも乗馬できると言っておくべきだったか。いや、そうなると実際に乗れと言われた時に窮してしまう。
大急ぎで付与記憶を手繰って乗馬スキルを探してみたが、どこにも記載されていなかった。流石は女神さま。
竜司郎は思わぬ話題から転生者の尻尾を手繰られようとしていた。
「ま、まあ……俺の話はまた後にして、展開したトラックとフォークリフトの説明をするよ!」
竜司郎は上ずった声で強引に話を逸らし、不審がる少女たちからも目を逸らし、自らが展開したトラックへ向き直った。
マーカスが4tトラックのフロントグリルにへばりついていた。
「……モリン、あれ、どういうこと?」
「マーカスさん、皆さんが馬を鎮めてる時にフラフラっとトラック寄ってきて、それからずっとあんな感じなんスよ」
誘導棒を担いだモリンは呆れたように御主人に救援を乞うた。マーカスに近づく竜司郎とモリン。マーカスはトラックのフロントをパントマイム芸人のようにペタペタ触りながら、何事か早口でつぶやいていた。
巡礼団の若手三人は、竜司郎とモリンにはついていかず、微妙な空気を漂わせながら、その場から動こうとしなかった。
「……始まりましたね兄さま」
「始まったな。マーカスの魔法紋フィーバーが」
「久しぶりだからねぇ~~。こりゃ長いぞ~~」
「……なるほどこの正面装甲の魔法紋で風の精霊力を取り込み左右のピラーに描かれた魔法紋から風の精霊力を放出して車体全体に風の力場を形成しているのか……」
「……つまり走らせれば走らせるほど風の精霊力を取り込む量は増大し風の力場は強力になり車体を保護し安定させることができる……! なんとう合理的な魔法紋だ……」
「……それにしても美しい……。これだけ芸術的でありながら魔法紋本来の役目もこれ以上ないほどに磨き上げられ設計されている……」
竜司郎とモリンは、マーカスの行動には敢えて目をつぶり、独り言に対しては感心したように腕を組んだ。
「俺はてっきりトラックをそのまま魔力で強引に再現して動かしてるもんだと思ってたが、ちゃんと異世界ナイズされてたんだなあ」
「勉強になりますねぇ御主人」
「お前のバイクの外カウルも、同じメカニズムだろうな」
「もうちょっと聞いてみましょうか」
「……この車輪の魔法紋も素晴らしい。接地面だけでなく側面にも大地の精霊力を制御する魔法紋が形成されている。これだけ地形に沿って柔軟に変形してもその効果はいささかも損なわれていない仕様はどうだ!」
「……そもそも魔法で編まれた変形する車輪ならば摩耗も破損も心配することなく運用が可能! さらに側面の魔法紋が大地の精霊力を取り込んで不可視の力場を形成し車体の保持も担っている……」
「……しかも車輪側面の力場は角度がつくほどに大地の精霊力が密度を増して車体を支える仕組みになっている……! 足元の芸術性と合理性にも一部の隙も無い……」
「ゴブリンさんの斧を喰らっても倒れなかったのは、そういう理由もあったんスね」
「こりゃマーカスには、俺らの方から一席設けて語ってもらわなきゃならんな」
竜司郎とモリンがウンウンと頷いているところへ、ルーク、マリーナ、チャコが申し訳なさそうに近づいてきた。
「アレ驚いたんじゃない? りゅうっち」
「すまんなリュウ。あいつ、魔法紋のことになると目の色が変わっちまって……。でも基本的に実害は無いんで安心してくれ」
「実害どころか、俺たちの知らないこともつぶやいてて、勉強になってるよ」
「そいつはよかった。ところでリュウからも魔導車について、いろいろ説明してもらいたいんだ。アレに馬車を乗せるんなら馬との連携も考えなきゃならんし、それに……」
「……実はお父さんも、割と興味津々なの」
マリーナが視線を誘導する。
視線の先には、4tトラックの前で顎に手を添えたマシウスが、自分好みにモデルチェンジしたお気に入りの車種を眺めるように目を細めていた。




