━━━案件16 異世界転生チート狸 その名はモリン━━━
名前を付ける、と聞いてから、巡礼団の面々も騒がしくなった。まさか狸に煽られたからではあるまい。
「ほう、命名の儀ですか。しかも聖獣の命名の儀とは、なんという僥倖」
(……え? 命名の儀? なにそれ? つーか、マシウス先生もノリ気なの……!?)
思わぬ僧兵の伏兵に、竜司郎はうろたえた。
「すっごーー! 聖獣の命名の儀なんて、私たち超幸運じゃん!」
チャコはますます戦力を増強中。
「竜司郎さん、命名の儀はフィーズ教の教え”載徳[さいとく]”のなかでも上位に位置するイベントなの。赤ちゃんの命名の儀は、町内みんなでお祝いするくらなのよ」
どうやらマリーナも狸側だ。
「もしかしたら、馬車の車軸が壊れたのは、我々を聖獣と引き合わせるフィーズの神々の導きなのかもしれない……。そうじゃありませんかマシウス先生!」
ルークはさりげなく馬車のトラブルを神の御業にしてみせた。
「そうかもしれないですね。これも私たちの日ごろの載徳の賜物でしょう」
マシウス先生、ルークを追認する。
「い、いや……いくら聖獣の命名の儀といっても、そんなにみんな揃って期待しなくても……」
竜司郎の苦しい抗弁に、馬の世話から帰ってきたマーカスが止めとばかりに補足した。
「人の載徳に立ち会うのもまた載徳であり、そしてそれは人にとっての幸福である、というのがフィーズ教の教えなのです……よね、マシウス先生?」
「三聖典、太陽の書、第三章四節ですね」
(まったく、揃いも揃ってマシウス先生、マシウス先生、と……)
「それに竜司郎さん、聖獣さんの言う通り、命名は早いに越したことはありません。御二方をロナーシアの町にお迎えするには、手続き上、正式な主従関係を結んでおくのが望ましいのです」
「…………」
完全に包囲は完成した。
竜司郎は両手を挙げて降伏の意思表示を示し、命名しようとする狸をチラリと見た。マリーナの膝上で自信たっぷりの表情が憎たらしい。
「分かりました。名付けます。候補を当たってみますから、皆さんちょっと待ってください……」
「やっとその気になってくれましたか御主人。では、私の名を、しかと! 命名ください!」
「……そこまで期待されてもだな」
「だって御主人が名前を付けてくれないと、私はフツーの狸に戻っちゃうんスよ。そうなったら私は、東方の珍しい動物として捕まえられて、好事家に買われて売られて、見世物小屋で晒しものッスよ……」
わざとらしく泣くふりをして女性陣の同情を誘う狸。よしよし、と狸の頭をなでるチャコ。だが竜司郎は見逃さなかった。狸が涙を拭く前足の陰から、チラリとこちらの様子を窺っていたことを。
「分かった! 名付けるから! せめて時間をくれって!」
皆を落ち着かせるよう左手を掲げ、右手をこめかみに沈黙する竜司郎。沈黙する巡礼団一同……
長考の後、竜司郎は意を決したように両ひざを掌で押さえるように身構える。そして────
「徳田ポン之助」
「却下ッス」
「遠山ポン四郎」
「却下ッス!」
「木枯しポン次郎」
「却下ッス!!」
「早乙女ポンd──」
「きゃっ、かッ、ス!! ポンから離れてくださいよぅ!」
時代劇主人公よりもポンから離れてほしいらしい。
「だって狸と言ったらポンだろうが」
「知りませんよそんな法則」
まったくワガママな狸だ。
とはいえ、さあ狸に名をつけろと言われて、はいそうですかと思いつくものでもない。竜司郎は再び沈黙した。
「ほら、いるでしょ? 伝説の狸とか、有名人ゆかりの狸とか、崇拝されてる狸とか」
「お前は狸のクセに知らないのかよ」
「無茶言わないでくださいよ。私はこないだまでフツーの狸だったんスよ」
「あ~~うん、そりゃそうだな……」
竜司郎は乏しい過去の知識ノートをめくり始めた。
確か有名映画の元ネタにもなった三大狸とか何とかがいたはずだが思い出せない。
徳田新之助も遠山金四郎も木枯し紋次郎も早乙女主水之介も却下となれば、とっておきだった東照大権現もおそらく却下されるだろう。
こういう時、元の世界ではネットとスマホですぐに検索できたのに、と、自らのネット依存ぶりを顧みたところで……
(売られて……見世物……か……)
狸の導きか、天啓か。竜司郎は過去の知識ノートに、ある寺の名前が記載されているのを思い出した。
「……モリンはどうだ?」
「モリン!?」
狸の反応は明らかに好意的なものだった。狸は導かれるように、マリーナの膝からとてとてと竜司郎の前に歩み寄ると、目を輝かせて座り込んだ。
「狸で有名な、由緒あるお寺さんの名前から拝借した名前だが……どうだ?」
「モリンっスか。いいッスねえ。由緒あるお寺さんというところも気に入りましたし、まるで伝説の魔術師みたいなのも気に入りました!」
マーリンの事か? 狸絡みの知識はないクセに、何処でそんな知識を得たのか問いただしたい欲求をひとまず置いておいて竜司郎は重ねて問うた。
「……モリンで、いいか?」
「いいッスね。モリンにします御主人!」
狸は嬉しそうに笑った。
「よし、わかった!」
竜司郎も笑って居住まいを正すと、狸と相対し軽く息を吸った。
「今日からお前の名前は『モリン』だ」
「はい! 今日から私の名前は『モリン』です」
モリンの胸に一瞬柔らかな光が輝いた。同時に竜司郎の胸にも光が灯り、一瞬温かい鼓動が鳴った。その二つの光は弾けるように空中に広がり、あたりに降り注ぐように煌めいた。
竜司郎とモリンの魔力回路が正式に同調したのだ。 笑顔を向け合う竜司郎とモリン。煌めきに満たされる巡礼団の一同。
「改めて、よろしく頼むな。モリン」
「よろしくお願いしまッス。御主人」
竜司郎は片手を差し伸べ、モリンは竜司郎の指の先をつまむように握手した。
モリンの背後から暖かい拍手が巻き起こった。
異世界で初めて出会った人たちが、竜司郎とモリンの正式な主従契約の立会人となってくれたのだった。
「よろしくな! モリン!」
「よろしくね。モリっち!」
「よろしくね! モリンくん」
「よろしくお願いします。聖獣モリン」
「よろしくお願いしますよ。モリンさん」
ルーク、チャコ、マリーナ、マーカス、マシウスがそれぞれモリンに呼びかける。モリンはそのたびに、大舞台を終えた主演俳優のように挨拶した。




