━━━案件15 フィーズ教巡礼団との昼食会━━━
丘の上では野営の準備が整っていた。木と鉄を組み合わせた囲炉裏を囲むように食器、折り畳み椅子が並べられ、馬車の隣には天幕が二張り建てられていた。
運送業の性か、竜司郎の視線はすぐに馬車に注目した。平衡が取れていない。おそらく後軸になんらかのトラブルがあるものと思われた。
(……馬車、壊れてるみたいだけど、馬車は流石に専門外だなあ)
専門としている職人には及ぶべくもないが、竜司郎は、趣味と職業柄、内燃機関のメンテナンス技術も相応に経験していた。が、乗り物は乗り物でも馬車となると話は別だ。
(……考えようによっては、あの馬車のトラブルがあったから、この人たちに助けてもらえたんだよな)
竜司郎はこの世界を管轄しているであろう運命の女神さまに感謝した。
(まさか、あの女神さまが馬車の後軸に小細工したってことは……ないよな。女神さまは現代世界担当で、この世界は管轄外だったはずだし)
竜司郎の思索に、またしてもチャコが介入した。
「ほらりゅうっち! こっちこっち!」
「りゅ……りゅうっち……?」
”りゅうしろう”だから”りゅうっち”ということか。
敵わないなあ、と竜司郎は心の中で両手を挙げた。
「ようこそ西風団の野営地へ。魔法担当のマーカスです」
竜司郎を案内したのは、栗色の髪と空色の瞳の魔法使いマーカスだった。竜司郎とほぼ同じ身長で、魔法使いらしいローブ姿と、明らかに魔法付与されたアイテムであろう片眼鏡が竜司郎の目を引いた。
貴公子的で端正な雰囲気の外見だが、冒険で鍛え上げたであろう眼光は力強かった。竜司郎に握手を求める動きも快活で律動的で、魔法使いというよりやり手のビジネスマンといった印象である。
「飛野竜司郎です。よろしくお願いします」
竜司郎は、大森建設時代の元請け監督との顔合わせを思い出した。
当時20代の若手ということもあり、大抵の折衝は大森社長か古参のベテラン上司が矢面に立ってくれていたのだ。
(異世界でもこんな営業シーンがあるなら、元請けさんとも、もっと積極的にかかわっておけば良かったな)
竜司郎と握手を交わしたマーカスは礼儀正しい所作で、狸の前に正対した。幼少の頃から培われたごく自然で無理のない所作から、竜司郎は、マーカスに貴人の血筋を感じ取った。
「あなたが噂の聖獣さんですね。マーカスといいます。よろしくお願いします」
マーカスは狸に対しても礼儀正しかった。片膝をつき、丁寧に挨拶した。聖獣に対する敬意のであろう。
「よろしくお願いしまッス」
「……魔術を志す者として、聖獣には大変興味があります。お二方とは近いうちに是非、一席設けてお話をお聞かせください」
「御馳走してくれるんッスか?」
「おいこら失礼だぞ」
「ふふふ、聖獣さんのお願いなら、善処しましょう」
「ありがとうございまっス!」
(まったくこの聖獣(笑)は……)
マーカスの終始鷹揚な態度に助けられた形だが、会う人会う人全てが鷹揚なわけではないのだ。このお調子者狸には、揉め事になる前にどこかで釘を刺しておかねばなるまい。刺した釘が効くかどうかは甚だ怪しいが……。
「そうだ、失礼と言えば、うちのルークがなにか失礼をしませんでしたか?」
「紆余曲折はありましたが、失礼はありませんでした。真っすぐで好感の持てる方でしたよ」
嘘は言っていない。竜司郎はルークの仲間を護らんとする義侠心と、言葉通り真っすぐな気質に好感を抱いていたのだ。
「……それを聞いて安心しました。さ、こちらへどうぞ」
紆余曲折、という言葉にマーカスは、ああ、なるほど、と、ルークの性格を察したように頷いて、竜司郎を席へと促した。
水汲み担当のマリーナと、護衛担当のマシウスを無理やり席につかせると、ルークとチャコはかいがいしく食事の準備にとりかかった。竜司郎を案内したマーカスは、馬の世話へ向かった。
(あ、そうだ。ヘルメットとプロテクターは閉まっておかないと)
竜司郎は席に着く前に、物々しい黒のヘルメットとバイクプロテクターをキャビン収納スペースに格納した。食事前にコートを脱ぐ、と同じ感覚で格納したのだが、これは巡礼団の面々に収納スキルの存在を知らせる結果となった。
「あーーーーっ! りゅうっちも収納スキル持ってるの?」
「あ……! そう実は俺も収納スキルもちなんだ……8立米級だけど」
「8立米? じゃあ27立米だからあたしの勝ちーー!」
チャコはニッコニコでピースサインを竜司郎に突き付けた。
「おみそれしました」
竜司郎はキャビン収納スペースが魔力も体力も消費しない特権的スキルであることは語らなかった。つまらないマウントでチャコの機嫌を損なう必要はないというのもあったが、特権的スキルの存在をむやみに語るのは下策と判断したからだ。
(収納スキルがバレてしまったけど、特権的仕様はバレていないから問題ないだろう。収納スキル自体はこの世界で認知されてるスキルだし、手ぶらで森をウロチョロしてたってのも不自然だしな)
竜司郎は少々迂闊さを悔いた。ただ、今後は乗り物スキルも随時公開して経済活動の手段としていくのであるから、あまり神経質にスキルを出し惜しみするわけにもいかないのだ。
このあたりのせめぎあいは、小市民的、保守的な竜司郎の気質の問題であろう。
食事は、野営とは思えないほど豪華だった。黒パン、麦粥、炙り魚、炙り肉、野菜たっぷりの具沢山シチュー、チリコンカンに似た豆と挽肉の煮込み……。食後にはデザートのフルーツまであるという。
チャコの収納スキルに作り置きの鍋をいくつか収納し、それを食事のさいに適時取り出している、とのことだった。
「定期巡礼で西風団が護衛の時は、チャコさんの収納スキルにずいぶんとお世話になっているのですよ」
マシウスが、ルークがよそった具沢山シチューと、チリコンカン風煮込みを中継ぎして竜司郎に手渡した。
「ありがとうございます。マシウス先生」
「ただ、事前に大量に作り置きするのは、それはそれで大変ですからね。ある程度の作り置きを収納スキルに収めて楽をしつつ、こうして定期的に火も囲んでいるというわけです」
そう言ってマシウスは、今度は野草茶を竜司郎に手渡した。
「ありがとうございます……巡礼団はいつもこんな感じなんですか?」
竜司郎は興味津々だった。30歳を過ぎたとはいえ、竜司郎にも”男の子”の精神は息づいている。ゲームや映画の中ではない、本当の冒険者と聞けば心も踊るのだ。
「そうですね。大抵は西風団のみなさんと、後は手の空いた冒険者がもう一、二グループ、といったところでしょうか」
「私もマリーナも、武術と神依魔法を心得てはいますが、やはり二人では多勢に無勢です。賊徒はアンセル伯爵の取り締まりで少なくはなってきているものの、モンスターの跋扈は如何ともしがたいものがありまして」
そこでいったん言葉を切って、マシウスはやや自嘲気味に続けた。
「……はっきり言いますとね、竜司郎さん。巡礼団の護衛任務というのは、冒険者にとってはあまり旨味のある仕事ではないのです」
「そうなんですか?」
「冒険者ギルトはフィーズ教からの依頼という手前、それなりの貢献度を設定して冒険者たちを募集してくれてはいますが、巡礼は最低でも一週間、遠い区域だと二週間はかかる長期日程です。その割に報酬は教会規則で定められた金額しかお支払いできません」
マシウスは野草茶を一口すすった。
「むしろ私たちの方が、積極的に依頼を受けてくれるルークたちに甘えているところがあるのですよ」
「とんでもないです先生! 俺たちは貢献度を稼げますし、報酬だってちゃんと決まった額を貰えますし、この食事だって、食材はマシウス先生が用意してくださったではありませんか!」
ルークが大きな声を上げる。具沢山シチューは既に器の半分以上が空になっていた。
「……とまあ、こんな感じで追加の現物支給でお供を引き受けてくれるので、私としても教会の”卒業生”であるルークを、ついつい頼りにしてしまうのです」
チリコンカン風の煮込みを一口食べてから、マシウスは懐かしそうにつぶやいた。
「本当に……湾口通りの悪童が、よくぞここまで立派になってくれたものですよ」
「せ、先生! それは言いっこなしですよ!」
ルークは真っ赤になって抗議する。怒っているのではない。敬愛するマシウスに褒められて面映ゆいのだ。実にほほえましい師弟関係であった。
「さ、竜司郎さん。冷めないうちにどうぞ」
「ありがとうございます。では、いただきます」
マシウスに促された竜司郎は具沢山シチューを一口食べて驚いた。塩味と、香草でも効いていれば御の字、と思っていたシチューは、現代日本の食事事情に慣れた竜司郎の味覚を十分に満足させるものだった。
香辛料をふんだんに、とまではいかないまでも、欧州系の出汁と塩と香草と、少な目の香辛料が程よく調和したシチューはチャコ特製とのことだった。
「……美味しい」
「へっへ~~! でしょ~~」
チャコが亜麻色のメッシュ髪部分をファサっとかき上げた。ギャルの女子力が意外に高いのは異世界でも同様らしい。
……チャコのドヤ顔を見て、竜司郎は、さっきまでチャコに抱きかかえられていた狸を思い出した。あのお調子者が随分とおとなしい。
「聖獣さん、こっちお魚はどう?」
「ふぁい! ほいしいでふ♪」
狸はマリーナの膝という特等席で十分に冷ました炙り魚を頬張っていた。隣からチャコが気持ちよさそうに狸の頭をなでる。なるほど、喋るよりも食べる方に口を動かしていたわけだ。
(異世界転生チート狸のハーレムルートかよ……)
多少の嫉妬を込めて竜司郎は、よそわれたチリコンカン風煮込みを口の中へ放り込んだ。こちらも具沢山シチューとはまた違う美味しさだ。程よい辛さが黒パンとよく合う。竜司郎も狸を倣って食事に専念しようとしたが……。
「……ところで、りゅうっち。この子の名前まだ決めてないらしいじゃん?」
「……っ!」
竜司郎はチリコンカン風煮込みを吹き出すところだった。まだろくに候補も決まっておらず、狸もせっついてこないでいてくれているのに、チャコさん、なんということをしてくれた。
「いつまでも名前なしじゃあ可哀想じゃん。ここでつけてあげなよ」
「そうっすよ御主人、私の名前っス! いつまでも狸呼びは私のアイデンティティに関わりますよ」
おとなしかった狸がにわかに騒ぎ出した。
聖獣狸はギャル賊チャコという援軍を得て、一万の騎兵を味方につけたかのような顔で竜司郎に訴えた。




