━━━案件136 洋上に響く火砲の轟音━━━
翌日。サーマニア島近海。
三隻のガレオン船は、海竜に擬した『水流操踊』を相手に、砲撃訓練を行っていた。
これは過日、西風団が大海蛇を模して行った水上戦闘訓練と同様の形式である。
『水流操踊』で形作る標的を、以前の大海蛇より二回りほど大きな海竜の姿に改め、より実戦に近い訓練用の標的としたのだ。
サーマニア島までの航海中に西風団がこの訓練を提案し、三船長が興味を示し、ヴァレン司令官が承認した。そして今に至る。
現在、『水流操踊』を駆使しているのはセリーネ。
実際に海竜と戦い、その力、大きさ、動きを間近で見た精霊術師である。リルヴィアと共に、これ以上ない適任者だった。
そのリルヴィアは、午前の訓練で魔力を使い果たし、現在はヴィクトーリア号の一室で休養中であった。
海竜ほどの大きさで『水流操踊』を維持するには、やはり大海蛇のときとは比較にならない魔力を消費するのである。
『水流操踊』で形成された”海竜”を、半包囲するように三隻のガレオン船が動く。目標の”海竜”は静止したままだ。
「撃てぇーーーっ!」
ヴァレン司令官の号令が拡音石を通して響き、旗艦から発砲を命じる手旗信号が送られた。
それを受けた各艦の砲術指揮官が命令を下す。三隻のガレオン船から、ほぼ同時に大砲が火を噴いた。
海上に響き渡る轟音。
砲口から火が噴く間隔は驚くほど短く、それだけでもアンセル伯爵が擁する海軍の練度が並々ならぬものであることが知れた。
着弾。
当然のことながら、全弾命中とはならない。
しかし、竜司郎がうろ覚えで記憶している滑腔砲の知識とは、目に見えて違う命中率である。
それは、弾丸に風の精霊力が付与されているからなのだ。
精霊力が飛翔中の弾道を安定させ、竜司郎の知るライフリングとは原理が異なるものの、命中精度を高めるという点では似た役割を果たしていた。
精霊術師の腕と砲手の腕が噛み合うことで、今回のような静止した大型標的であれば、三割近い命中率を叩き出すこともあるという。
三方向からの砲撃を浴びた“海竜”が、派手な水しぶきを上げて波間に消えていった。
三隻のガレオン船から歓声が上がる。砲撃によって生じた硝煙は、すぐに風下へと流されていった。各艦に乗船している精霊術師が、風を操っているのだ。船の視界はすぐに確保された。
再びヴァレン司令官の声が響く。
「次弾装填、急げーーーっ!」
「大迫力ッスねえ……」
モリンは、メルクス商会のキャラック船、ヴィクトーリア号の木製クレーンに吊り下げられた水上バイクのサブコックピットに鎮座していた。
メインコックピットの操縦者は竜司郎。後部座席には『護障壁』担当のマリーナが搭乗している。
午前の訓練では、モリンが水上バイクを展開してサブコックピットに鎮座し、ルークがメインの操縦を担当していた。防御担当のマリーナは、引き続き後部座席に搭乗する配置である。
「うん、すごいな……それ以外の言葉が出ないぞ……」
竜司郎は、初めて見る帆船の一斉砲撃に胸を躍らせていた。
サーマニア島に来るまでの、ガレオン船三隻とメルクス商会のキャラック船がぴたりと足並みを揃えた航行にも感動したが、間近に見る砲撃の迫力は、また格別だった。
まさか令和の現代人が、魔法と火砲を組み合わせた戦術を目の当たりにしようとは。
異世界に来てからというもの、竜司郎とモリンは、未知の技術や光景に何度となく少年の心をときめかせていた。
やはり海は男の浪漫。
竜司郎とモリンは、海竜討伐は討伐として、目の前に広がる壮大な光景と未知の体験に、心地よい高揚感を覚えていた。
「飛野殿、モリン殿、マリーナ殿、準備はよろしいか?」
ヴィクトーリア号の船長が、拡音石で声をかける。水上バイクの役目は、『水流操踊』で形作られた海竜に追われる囮だ。
午前中、ルークが操縦し、モリンが展開を維持する水上バイクは、見事に囮の役目を全うした。
いくつかの砲弾の射線を悠々と回避し、マリーナの『護障壁』を一枚も剥がすことなく訓練を終えたのである。
ただ、海軍の火砲は、肝心の“海竜”を撃破することはできなかった。
いかに海竜が大型のモンスターであっても、動く目標に対しては、やはり火砲の命中率は著しく低下した。
今回、午後の訓練は、砲兵たちにとってはリベンジマッチともいえるのだ。
……さて、水上バイクの本家本元たる竜司郎とモリンのコンビ、その手並みはどうか。
「……ルークさんと私のコンビは、被弾ゼロでしたよ、御主人」
誇らしげに御主人を挑発するモリン。
黒のジェットヘルメットと、黒と銀のバイクプロテクターに身を包んだ竜司郎は、分かりやすくその挑発に乗った。
ニヤリと笑うと、ことさらにスロットルを二度、三度と回してみせたのだ。
「飛野竜司郎、水上バイク一号、出るっ!」
水面すれすれまで降ろされた水上バイクの魔導スリングベルトを、モリンが解除した。
ざぶん、と水上バイクが着水する。
フルスロットル。
水上バイクが勢いよく疾走を始めた。
ヴィクトーリア号の船首には、セリーネが立っていた。手には『水流操踊』を細かく操るためのワンドが握られている。
「りゅーしろーさまーっ! 私の”海竜”は、遠慮しませんわよーーっ!」
竜司郎は遠くからでも分かるように、黒のヘルメットを大きく上下させて応えた。モリンとマリーナも、それぞれ手を振る。
(浪漫に浸ってばっかりじゃなくて、いいとこ見せてくださいよ、御主人)
(言われるまでもないさ。きちんと腕を磨いて、無事にみんなと帰らなきゃならないからな)
(っっ……そ、そうッスね……)
モリンはスマホとタブレットを通じて御主人をけしかけたのだが、またしても肩透かしを食わされた。
セリーネさんに見送られて、マリーナさんも後部座席に乗せてるでしょうが!
……と、言いたい気持ちをぐっと堪えたモリンは、水上バイクの展開維持とコ・パイロットに徹するべく、気持ちを切り替えた。
現在ガレオン船の砲撃に使われているのは、魔法によって着弾時の威力を抑えた訓練用の砲弾である。
水上バイクの不可視のカウルにマリーナの『護障壁』を併用すれば、訓練用の砲弾を防御可能であることは、事前に確認されていた。
仮に砲弾が命中しても、三人に危害が及ばないよう、十分な安全対策が講じられていた。
しかし、これは囮として海竜を大砲の射線に引き込む訓練であると同時に、戦場を駆け回りながら砲弾の弾道を予測し、流れ弾を回避する訓練でもある。
囮役には、海竜を砲撃可能な位置へ誘導するだけでなく、味方の砲撃に合わせて射線から離脱する技術も求められる。
防御手段が万全だからといって、油断は禁物である。
警戒すべきは、味方の砲撃だけではない。
海竜の角を斬り飛ばしたルークと同じく、水上バイクで突撃して海竜の意図を挫いた竜司郎も、海竜の復讐の標的となりうるのだから。




