━━━案件136 崖上に響く剣と拳の轟音━━━
サーマニア島東側。
岸壁の上の荒野で対峙する、二人の男。
崖からはアーゾリア海の大海原が見渡せた。遠くには、四隻の帆船が見える。
二人とも、全身に薄い魔力の被膜を展開していた。
見る者が見れば、『身体強化』と『身体防御』の魔法を併用していると分かったであろう。
二種類の魔法を競合させずに同時展開するには、熟練の経験と感覚が必要である。この一点だけでも、二人の円熟した実力がうかがえた。
崖の上の荒野には、いくつもの斬撃痕と打撃痕が刻まれていた。
彼らは既に何度も剣と拳を打ち合わせ、そのたびに激戦の痕跡を、この荒野に刻み付けていったのだ。
隆々たる筋骨の中年男性が構えるのは、愛用の大剣を模した木剣。柄は両手でしっかりと握られ、切っ先は対する大男にぴたりと向けられていた。
対する190センチを超える大男は、両腕に青白い魔力の籠手を発現させていた。右の拳を胸の前に突き出し、左の拳は腰に溜め、大剣の男を見据えている。
二人の対峙を動かしたのは、三隻の船から響いてきた大砲の轟音だった。
「────ッ!」
大剣の男が一足飛びに間合いを詰める。同時に木剣が青白い魔力を纏った。
間髪入れぬ横なぎの一撃。
大男は腰に溜めていた左腕を跳ね上げた。魔法の籠手が巨大に膨れ上がる。一歩前に踏み込み、力を込めて迎え撃った。
魔力が爆ぜ合う衝撃。
荒野に衝撃波のような圧が広がり、草石を揺らす。砂塵が舞い上がった。
大男は左腕の籠手で大剣の一撃を受け、その衝撃を背中にまで纏わせた魔力の鎧で支えた。
今度は大男の右腕の籠手が膨れ上がる。上段から振り下ろすような一撃。
大剣の男は横なぎの反動を利用して飛び退った。
しかし、大男は拳を止めなかった。
大砲の轟音もかくやという音と共に、巨大な拳が大地に叩きつけられる。大地はその衝撃に耐えかねて爆発した。
飛び退った大剣の男が構え直したのと、大男が左の拳を溜めながら飛びかかってきたのは、ほぼ同じタイミングだった。
────豪!
突き出される大男の左拳。
魔法の籠手の先に形成された魔力の拳は、人の頭よりも大きい。
大剣の男は柄を握る両手に、さらに魔力を込めた。大剣の柄を下から突き上げ、迫る巨拳を上方へ弾き、その軌道を逸らす。
がら空きになった大男の左脇腹。すかさず大剣の男が、振り上げた大剣を斜めに振り下ろす。
しかし、大男は身体を捻り、右拳を左脇腹の前へ回し込んだ。巨大な魔力の拳が、大剣に叩きつけられる。
打ち合わせられた大剣と拳は、ほんの一瞬だけ静止した。
またしても衝撃。
荒野にはじけ飛ぶ魔力の火花。
互いに魔力の衝撃を利用して、間合いを取る二人。
対峙はほんの一呼吸。
二人は同時に動いた。
大剣の男は、間合いを詰めながら大剣に魔力を込める。
大剣の刃が、伸びる。
50センチ……1メートル……2メートル……!
右手で柄を握り、左手を鍔元に添えた腰だめの突撃姿勢。
そのまま、魔力で強化した身体能力の全力を使って大男に迫った。
大男は拳を開き、両手を突き出して魔力を込めた。
膨れ上がった左右の籠手が、一体化したように両腕を包み込む。
────激突。
大剣から伸びた魔力の切っ先が、大男の籠手にぶち当たった。青白い刃の先端が、ガラスのように割れ、削られていく。
それでも長大な魔力の刃は、その速度を緩めずに大男に迫る。大男は眉一つ動かさない。そして……。
大剣の男の切っ先が、大男の広げた両掌に当たって止まった。
大剣の男の剣の魔力と、大男の両掌の魔力が、同時に力尽きたのだ。
「……お見事でした。『聖拳衝』をもってしても、ここまで押し込まれるとは。ファリソンが愛用の巨神の剣[きょしんのつるぎ]を使っていれば、私は貫かれていたでしょうね」
「学問も魔法も修めているお前に、武芸でまで後れを取っちゃあ、俺も立つ瀬がない。これくらいは花を持たせてもらわんとな」
大剣のファリソンは切っ先を納め、豪拳のマシウスと握手を交わした。
お互い、冒険者の心と戦士の矜持は、往年の「大鷲の翼」のままであることを、二人は再確認したのであった。
「ああああ! マジですか先生!」
夕方。サーマニア島の浜辺に、ルークの悲痛な叫びが響いた。
艦船の警備や整備に必要な人員を除き、討伐隊の面々は陸に上がっていた。
海軍は港の周辺に、メルクス商会の者と有志の冒険者たちは浜辺の奥手に、それぞれ野営地を設けて一夜を明かすことになっていた。
浜辺ではチャコ特製のシチューが大鍋から振る舞われ、皆が充実した訓練を振り返っていた。
そんな中、マシウスが崖上で行ったファリソンとの稽古について語ったのだ。
ルークは、金級冒険者同士の稽古に立ち会えなかったことを、本気で悔しがっていた。
「おいおいルーク。ここに来た目的を忘れていないか?」
「だってよリュウ! あの豪拳のマシウスと大剣のファリソンの対決だぜ!? お前だって見たいだろ?」
「そりゃまあ、見たいかどうかって言われれば、見てみたいよ」
「だろ!?」
興奮と口惜しさを隠し切れないルーク。それでいてシチューを食べる手を止めないあたりが、ルークらしい。
彼にとって憧れの存在である二人が、本気で技をぶつけ合ったというのだ。間近で見たいと思うのも無理からぬことであろう。
竜司郎も、言われてみれば、あの悪童ルークですら無条件で称賛する金級冒険者の実力というものに興味があった。
……ルークほどに情熱的、あるいは盲目的ではないにしても。
(俺だって、推しミュージシャン同士のセッションって聞いたらテンション上がるもんなぁ)
ルークの心情を理解しつつ、竜司郎はチャコ特製のシチューを口に運んだ。
「それで、稽古の手応えはいかがでしたか、マシウス先生」
悶絶するルークの隣で、マーカスが落ち着いた口調で場を仕切り直した。
「問題ありませんよ、マーカスくん。私もファリソンも、皆さんの足を引っ張るほど鈍ってはいないことを確認できました。安心してください」
「足を引っ張るだなんて先生……!」
「……ルーク。私は、この討伐戦の主役は、海の治安を守る海軍と、海竜との再戦を望む皆さん西風団であると思っています」
「「「……」」」
「私とファリソンの役目は、皆さんが存分に力を発揮できるよう支えることです。もちろん、会議で宣言した通り、持てる力を尽くしてお力添えいたします。その点は信頼してください」
若手の活躍を支え、実戦を通じて成長を促す、というわけか。
(けど、海竜相手に、そんな悠長なことを言っている余裕はあるのですか……)
竜司郎は懸念を抱いたものの、それは裏を返せば、生きて帰り、海竜を討伐した後の人生まで考えたうえでの発言とも取れた。
つまり、マシウス先生は、みんなと力を合わせて海竜に勝ち、生きて帰るつもりなのだ。
(それにしてもまあ、命がけのOJTなことだよ……)
竜司郎は、今度はマシウスの心情を理解しつつ、チャコ特製のシチューをもうひとさじ口に運んだ。




