━━━案件131 幕間 会議の後 討伐の前━━━
入相の鐘が鳴る頃、長時間に及んだ会議はようやく散会となった。
それぞれの役割が決まってからは、話はとんとん拍子に進み、最後には実務レベルでの協議にまで踏み込んでいた。
アンセル伯爵は会議の進捗に満足し、官民の協力体制が整ったことを見届けると、それぞれの代表に自ら声をかけて退出した。
ルークは再びしゃちほこばって伯爵のお声を賜り、竜司郎は恐縮しつつ激励を受けた。
そして我らが聖獣モリンは、「我が軍の者を、よろしく頼むぞ」と、伯爵に目線を合わせて頭を撫でられる栄誉を賜ったのである。
「いや~、一時はどうなることかと思ったぜ!」
ほっと胸をなで下ろすルークのもとに、チャコ、マーカス、マリーナ、そして竜司郎とモリンが合流した。
竜司郎とモリンも、大仕事を終えて安堵の表情を浮かべている。
いくつかハプニングもあった気がするが、西風団とセリーネの討伐参加も叶い、海軍ともおおむね良好な関係を築くことができた。
終わり良ければ総て良し、と言って差し支えない会議だった。
「竜司郎さんのおっしゃる通り、段取り八分、仕事二分、でしたね」
マーカスがルークの隣で微笑を浮かべた。
マナー講座を伴った予行演習に渋い顔をしていたルークを、竜司郎は大森社長の言葉を引き合いに出して説得したのだ。
ルークは降参したように頭をかいた。
もっとも、ルークが予行演習を渋った理由の六割方は、イルゼの圧によるものだったのではないか。竜司郎もマーカスもそう察していたが、口には出さなかった。
「……段取り八分、仕事二分、か。戦にも通じる話だな」
そこへ、大剣のファリソンが加わった。
竜司郎とモリン、そして西風団の面々は、恐縮した様子で輪を広げた。
ファリソンとイルゼが主導した予行演習、そして会議での立ち回りが、西風団の海竜討伐参加を実現させる決定打となったのだ。
彼らの礼を気さくに受けながら、ファリソンは続けた。
「戦は、戦略の段階で勝敗が決まっている。戦場[いくさば]に立つ者たちの間では、よく言われる箴言だ」
ファリソンは竜司郎に向き直り、笑った。
「分野は違っていても、道を究めようとすれば、似たような箴言に行き着く。面白いものだな」
師匠の大森社長が言っていた言葉を借りただけの竜司郎は、ますます恐縮して身を縮めた。
土木建築にしろ物流にしろ、自分は道半ばどころか、道三分といった程度である。そして、その先に進むためには、まず海竜を討伐し、生き残って帰らねばならない。
自分で決めた選択とはいえ、なんとも難易度の高い仕事である。
それでも、竜司郎は悲観的にも絶望的にもならなかった。
一度海竜と戦い、生き延びたからだろうか。それとも、心強い仲間を大勢連れての再戦だからだろうか。
「そうなんですよ、ファリソンマスター。リュウのやつ、現場仕事の話になると妙に説得力があるんですよ」
ルークが、竜司郎の肩を軽くたたいた。
「俺と同世代のはずなのに、なんつうか……経験を積んだ大人みたいなことを言うんです」
ルークは、さりげなく、しかし意図的に竜司郎の話題を向けた。
会議で頭を使った余韻が残っているのか、いつものルークらしからぬ立ち回りである。
マシウス先生には、ちょっと聞きにくい。
だが、ファリソンなら、どうだ。
マシウス先生と苦楽を共にした金級冒険者なら、竜司郎の人となりについて、何か感じ取っているのではないだろうか。
ルークはちらりと竜司郎を見た。
本人の前でこんな話をするのは、少々気が引ける。
だが、本人がいるからこそ、妙な陰口や詮索にもならずに済む。
「記憶をなくしているそうだな、竜司郎」
「ええ……、まあ、そういうことになってます」
竜司郎は、肯定したようにも聞こえる、曖昧な返事を選んだ。
三鑑定の儀、霊質照鑑[れいしつしょうかん]で、よく引っかからなかったものだ。
悪質な虚言ではないと判断されたのだろうか。そもそも、どこまでを虚言として扱うのか。何をもって悪質と判定するのか。
神の判定基準など、竜司郎には分かりようがない。それならば、翠玉光の結果と効果を、ありがたく頂戴しておくべきなのだろう。
(あの女神さまに、判定内容を教えてもらうわけにもいかないしな……)
「記憶喪失ってのは厄介でな。身体的な問題ではなく、精神的な問題の可能性もある」
ファリソンは、落ち着いた口調で続けた。
「……まあ、魔法的、呪術的な記憶喪失でないことは、三鑑定の儀で明らかになっている。そう深刻に考えることもないし、急いで結論を出す必要もないさ」
そう言いながら、ファリソンはルーク、チャコ、マーカス、そしてマリーナを見やった。
「いずれにしても、気長に付き合ってやることだ。能力は、お前らも知っての通り申し分ない。少なくとも、俺が見た限りでは、人柄も信用に足る」
ファリソンは、そこで小さく笑った。
「三鑑定のお墨付きもあるし、聖獣との契約もある。……それでいいんじゃないか?」
最後にルークへ視線を戻して、ファリソンは語り終えた。
それは、かつて海の幸山の幸亭で、ルークがマーカスに言ったことと、ほぼ同じだった。
それがファリソンの本心なのか。
それとも、ルークの意図を見透かしたうえでの発言なのか。
ルークには、分からなかった。
ロナーシア通信が事務所を構える集合住宅の一室。
その奥にある仕事部屋で、リルヴィアは旅支度を整えていた。
必要な私物の大半は、この部屋に置いてある。自宅も構えているのだが、仕事柄、リルヴィアはこちらで寝泊まりすることのほうが多いのだ。
「姐さん、ホントに海竜討伐戦に参加するんっすか? こないだ、やっと生きて帰ってきたばっかじゃないっすか!」
ジェフトは、普段の部下としての遠慮も、後輩としての礼儀も忘れたように、リルヴィアに食ってかかった。
しかしリルヴィアは、ジェフトの狼狽などどこ吹く風とばかりに、荷物を詰め込んでいる。
海竜との初戦。
民間のキャラック船で生還できたのは、文字どおり奇跡といえるものだった。
なのに、この人ときたら。
またしても、命がけの取材を敢行しようと画策しているのだ。
聞けば、リルヴィア自身も戦闘に参加し、間近で海竜を目撃し、その圧力にさらされながらの”取材”だったという。
生きて帰るためだったとはいえ、命知らずにもほどがある。
「心配してくれてありがとう、ジェフト。でも、もう決めたことだから。上にも話は通してあるし、引き継ぎもちゃんとしてあるから」
「そういう問題じゃなくてですね……!」
リルヴィアは、そんなジェフトの様子を眺めながら、自分自身の決断をどこかおかしげに受け止めていた。
海竜討伐。
ロナーシア通信に就職して以来、最大級といっていいスクープだ。
その取材機会は、確かに逃したくない。
だが、どうもそれだけが、今回の討伐戦への参加を決めた理由ではないように思えた。
海竜との初戦を共に生き延びた者たち。
彼らの顔を思い浮かべると、単に取材対象を追いかけるだけでは済まない、妙な気持ちが湧いてくる。
もちろん、初戦の参加者として、周囲から再び同行を期待されることも予想はしていた。
だが、そんな期待とは別に、自分自身がもう一度、あの連中と同じ場所に立ちたいと思っているのではないか。
(冒険者時代の熱が、まだ残っているのかな……)
それは、リルヴィアにとって決して忌避すべき感情ではなかった。
現にこうして、彼女はどこか楽しそうに荷物をまとめているのだ。
あの海竜を討伐するために。
(まったく……。困った相手の番記者になっちゃったわねぇ……)
ロナーシアを騒がせる、東方風のいい男と東方の獣コンビ。
あの一人と一匹がそばにいれば、たとえ相手が海竜でも、案外何とかなるのではないか。
記者らしくもない曖昧な根拠に納得しようとしている自分を顧みて、リルヴィアはおかしそうに口元をほころばせた。




