━━━案件130 爆風のルーク 囮役を買って出る━━━
「……ちょうどよい。爆風のルークよ。海竜討伐に関して、そなたの思うところは如何か?」
「……え?」
アンセル伯爵に続けて話を振られ、ルークは再び舞い上がった。
伯爵の気まぐれで声をかけられただけだと思っていた彼は、まさか追撃があるとは思わなかったのだ。
「最初に申した通り、私は身分や所属にとらわれず、忌憚のない意見を求めている。実際に海竜と戦い、その角を落としたそなたの意見も、直接聞いてみたいのだ」
「……ははっ」
「そう畏まることはない。実際に戦って感じたこと。手応えとか、速さ、硬さ、圧力や魔力……。なんなら作戦案でもよい。遠慮なく申してみよ」
「え……っと……」
壇上の竜司郎は、我が事のように気が気ではなかった。
別にルークは、伯爵から失策や敗北を責められているわけではない。言葉どおり、意見を求められているだけだ。
しかし、ルークも竜司郎と同じく、弁が立つ方ではない。
しかも相手は、領主アンセル伯爵である。
若くして銀一級の徽章を胸に飾る身とはいえ、厳然たる身分の差と、それが連綿と続いてきた社会構造に対しては、さすがの悪童もタジタジであった。
一方、ルークの背後。
大剣のファリソンは、口元に手を添えるふりをして笑みを隠した。
アンセル伯爵は、海軍士官たちを説得したその舌の根も乾かぬうちに、今度はルークを議論の輪へ引き入れてしまった。
しかも伯爵自ら発言を求めた以上、家臣も海軍士官たちも、ルークの意見をむやみに掣肘できない。
このままルークに語らせれば、会議の議題は自然と共同作戦の具体的な内容へ移っていくだろう。
(……相変わらず、抜け目のないお方だ)
「午前中、冒険者ギルドで予行演習したじゃん。アレと同じこと言えばいいんだよ」
隣のチャコが、小声でささやいた。
思わず視線を向けたルークに、チャコは人好きのする笑顔で、小さくサムズアップしてみせた。ルークは心の中で膝を打った。
伯爵との謁見に備えて、イルゼの厳格な指導の下で行われた予行演習。礼儀作法だけでなく、想定される質問への受け答えも練習していたのだ。
それが、しっかりと役に立った。
「……でしたら、一件、討伐隊の皆さんにお伝えしたいことがあります」
ルークはゆっくりと語り始めた。
海竜の強さ、恐ろしさ。それは大前提である。しかし、もう一点、伝えておくべきことがあった。
海竜との戦いでルークが感じ取っていた、得体の知れない圧力。その正体について、マーカスが戦闘中の出来事を整理し、西風団の面々に自分の考えを伝えていたのだ。
「海竜は、ベアートリクス号を沈めるため、我々が『海竜の間欠泉』と名付けた、海中からの突撃攻撃を仕掛けてきました……」
「都合二回、海竜は突撃を仕掛け、二度とも失敗しました。セリーネさんが船体を強化し、マリーナが『護障壁』を最大出力で展開していたからです」
「……ところが、海竜はその後、船を防御している魔法使い、つまりセリーネさんとマリーナに狙いを変えてきたのです」
ルークはそこでいったん言葉を止め、考えをまとめ直した。海軍士官たちも、互いに顔を見合わせ、何事か言葉を交わしている。
三船長も、マリーナと船長の戦闘報告から、同様の疑念を抱いていたのだ。海竜には、少なくとも人間の戦術を見て、それに対応するだけの知能があるのではないか、と。
「私は、海竜には一定の知能があると考えています。こちらの戦い方を見て、狙いを変えるだけの知恵があるのではないか、と」
ルークは一度息をついた。
「……ならば逆に、こちらから海竜の注意を引きつけることも、できるのではないでしょうか」
それは、マーカスが言語化した考察を、ルークなりに咀嚼したものであった。
敵がこちらの行動に反応するのなら、その反応を予測し、利用することもできる。そして、もし海竜が自分を傷つけた相手を覚えているならば、その相手が再び目の前に現れたとき、どう動くのだろうか。
ルークは、アンセル伯爵に視線を向けた。ここまでの発言に納得したように、伯爵は頷いた。
「ふむ。では、爆風のルークよ。その点を踏まえたうえで、そなたには何か腹案があるというのか?」
伯爵の問いかけに、ルークは会心の笑みを浮かべた。
「水上バイクの機動力を使って、私が囮になりたいと思います」
会場からざわめきが起こった。
海竜を相手に囮とは、豪胆にもほどがある。
アンセル伯爵は、何となく予想していたようだ。海軍士官たちも考えが及んでいたらしいが、その表情を見る限り、まさか本人が実際に提案するとは思っていなかったようである。
ルークは、この流れのまま畳みかけることにした。
「……どうだ? リュウ、モリン。俺の作戦は」
ルークは、水上バイクの使い手である二人に問いかけた。
予行演習と同じ流れだ。
水上バイクを使って囮役を担うという案は、西風団の面々が考え出したものだった。それを、ファリソンとイルゼの助言によって、会議で提案できる形にまで練り上げたのだ。
もちろん、竜司郎とモリンにも事前に相談済みである。この問答は、二人の参加意思を伯爵や海軍士官たちに示すためのものだった。
竜司郎はにこりと笑い、モリンを胸の前に掲げた。
モリンは片手に拡音石を持ち、待ってましたとばかりに声を張り上げた。
「お任せください、ルークさん! この聖獣モリン、御主人とともに、海竜討伐のため全力でご協力させてもらいまッス!」
モリンの堂々たる宣言に、会場は歓声と笑いに満たされた。アンセル伯爵も笑い、海軍士官たちも思わず噴き出した。
軍と冒険者が力を合わせる。その空気が、会場に広がっていった。
「……よい着眼点だと思われます、伯爵」
やや笑いが収まったところで、ヴァレンが口を開いた。
「爆風のルークと聖獣モリンたちの囮が功を奏せば、海竜を水面上へ誘い出し、我らの艦砲で攻撃する機会を増やせるかもしれません」
ヴァレンが懸念していたのは、海竜が海中に身を潜め、水そのものを盾にしながら、一方的に攻撃を仕掛けられることであった。
三隻のガレオン船に強力な火砲が備わっていようとも、海中深くに潜む相手では、その威力を十分に発揮できない。
しかし、ルークの読みどおり、海竜の知恵や反応を逆用して水面上へ誘い出すことができれば、攻撃の機会は生まれる。
攻撃の機会が生まれるということは、より確実な勝機を見出せるということだ。
「もっとも、囮と艦隊の距離、砲撃の時機、退避の手順など、検討すべきことは多々ございますが」
「うむ。そのための準備と訓練は惜しむまい」
伯爵が頷いた。
「……となると、水上バイクにはルークたちが乗ることになるのか。我々の乗る余地はない、ということですな」
ブルックが、少し残念そうに呟いた。
「おいブルック。その言い方だと、我々が討伐戦にかこつけて水上バイクに乗りたがっているように聞こえるぞ」
クライスがすかさず突っ込んだ。
「クライス殿、私は決してそのような……いや、これは言い回しが少々まずかったですな」
ブルックは慌てて否定したが、思わず漏らした本音は隠し切れなかった。
「いいんスよ、ブルック船長!」
そこへモリンが、拡音石を通して明るく声をかけた。
「海竜を討伐して無事に帰ったら、私と御主人が水上バイクの試乗会を開きまッス! 皆さん、存分に楽しんでいただきまッスよ!」
会場がどっと沸いた。
「はははは! これは聖獣に一本取られたな、ブルック!」
ベルトナーは笑いながら、ブルックの肩をたたいた。
きまり悪そうなブルックだったが、決して気分を害しているようではなかった。
「うむ。聖獣モリンの申すとおりだ」
アンセル伯爵が、穏やかな声で言った。そして、会場をゆっくりと見渡した。
「無事に帰ってくるのだぞ、皆の者」
その言葉に、先ほどまでの笑い声が静まった。伯爵は、心からそう願っていた。




