━━━案件129 西方の雄 大鷲の翼━━━
アンセル伯爵の周囲から文武の高官たちが引き下がり、壇上が落ち着いたところで、伯爵が拡音石を構えた。
その視線は、ファリソンに向けられていた。
「……大剣のファリソンよ。その特例を運用するには、参加する冒険者たちを統括する者が必要であろう。その役目は、誰が担う?」
アンセル伯爵は、分かったうえで問いかけていた。上に立つ者同士の、阿吽の呼吸。
ファリソンも伯爵の意向を理解していたのだろう。恭しく胸に手を添え、一礼した。
「ご要望とあらば、ロナーシア冒険者ギルド副マスター、アージーン・ファリソンが引き受けます」
おおっ、と一般参加者席からどよめきが上がった。
かつてファリソンが、アイル・グレスト皇国西方に名を馳せた冒険者パーティー『大鷲の翼』のリーダーであったことは、ロナーシア市民にとって常識といってよいほどの事柄である。
また、彼がロナーシアの冒険者ギルドで副マスターを務めていることは、市民の自慢の種でもあった。
そのファリソンが、海竜を向こうに回して、再び剣を取ろうというのだ。ロナーシア市民が沸き立つのも、むべなるかな、である。
「ほう。大剣のファリソンが統括するならば申し分ない。……これは、もしやアイル・グレスト皇国西方の雄、”大鷲の翼”の再結成となるか?」
「残念ながら、大鷲の翼のメンバーは現在、国内各地に散り、それぞれの場所で活躍しております。急な招集は難しいでしょう。……一人を除いて」
「その一人にも、此度の討伐戦への参加を呼びかけるつもりか?」
「もちろんでございます。彼には、私の統括業務の補佐を頼みたいと思います」
ファリソンはアンセル伯爵に一礼すると、左手をゆっくりと差し向けた。
その先は、フィーズ教会関係者の席。
そこから、まるで話の流れを承知していたかのように、一人の大男が立ち上がった。
「お父さん……」
「マシウス先生……」
マリーナとルークが、アンセル伯爵に負けず劣らず、目を輝かせていた。
マリーナはもちろん、ルークにとっても、マシウス・ローズウッドの経歴は尊敬と羨望の対象である。
このような晴れがましい席で、敬愛する人物が再び脚光を浴びる。それが、我が事のように嬉しかったのだ。
「アージーン・ファリソンよりご指名をいただきました、マシウス・ローズウッドです。アンセル伯爵のご要望とあらば、非才の身なれど、持てる力のすべてをもってお力添えいたしましょう」
マシウスは、ファリソンとは趣の違う落ち着いた所作で、胸に手を添えて一礼した。
「なんか、スゴいことになってますよ、御主人」
「スゴすぎて整理が追いつかん。なんだ、大鷲の翼って……」
竜司郎とモリンが、ひそひそ声で語り合う。
やたら人脈が豊かだったり、めっちゃ市民から尊敬されてたり、えらい高レベルの神依魔法を使ったり。確かにただ者ではないと思っていたが、マシウス先生、そんな大物だったのですか……。
「そう。実は結構な大物なんだよ、マシウス先生は」
後方から、リルヴィアが身を寄せてきた。
かつてリルヴィアが皇都で冒険者稼業に身を投じる前から、大鷲の翼の噂は遠く皇都にまで届いていたのだという。
「大鷲の翼は、私が子供の頃、四半世紀くらい前に活躍してた冒険者パーティーだよ。ミューラ半島の西岸から東岸まで、知らぬ者はないほどの有名人さ。ただ、東方帝国の竜司郎君が知らないのはしょうがないよ」
マシウス先生に関する重要情報とともに、さりげなく爆弾発言を投げ込んでくるリルヴィア。モリンは思わず目を丸くした。
もしやリルヴィアさん、御主人のリアル年齢と同年代ですか……?
「……ただね、マシウス先生は大鷲の翼を引退した時、市民たちの前で宣言したそうなんだ。これからは一神官として、新たな人生を歩みたい、って」
リルヴィアの言葉には、単にマシウスの経歴を説明するだけではない、静かな敬意が感じられた。
「だから、彼を尊敬する市民たちは、その言葉を汲んで、普段はなるべく昔の功績に触れないようにしているんだよ。……でも、今日は別なんだろうね。昔の戦友が、もう一度力を貸してほしいって言ってるんだから」
ファリソンの意を汲んで、過去の絆を手繰って立ち上がったマシウス。彼らを見るリルヴィアの表情は、どこか眩し気であった。
「格好いいッスねえ、マシウス先生……」
モリンの感心した声に頷きながら、竜司郎は色々と合点がいった。
マシウスほどの学識と人格、そして魔法の腕前があれば、例えば皇都のフィーズ教大神殿に勤めていてもおかしくはない。
それが、伯爵領の領都とはいえ、一地方の教会支部長を務めている。そこには、そういう理由があったのだ。
マシウスは新たな人生を歩むにあたり、過去の功績をいったん傍らに置いた。
そうして一神官として日々の務めに精励し、載徳を実践して、今の地位に至ったのだろう。
そして必要とあらば、今日のように、かつての戦友からの呼びかけにも応じる。それでも、昔の名声をひけらかすことはない。
なるほど。市民の尊敬と敬愛を集めるわけである。
「……不服かな? 諸君」
アンセル伯爵は、ちらりと海軍士官たちを見やった。
伯爵とファリソンの一連のやり取り、そして一般参加者席からの反応は、すでにファリソンとマシウスの参加が決定したかのようなものだった。
それゆえに、海軍主体での討伐を計画していた彼らは、いずれも渋い表情を浮かべていた。
金級冒険者という頼もしい増援を得られることは、指揮官として歓迎したい。しかし、海軍だけで海竜を討伐したいという武人の矜持もある。
その二つの思いが、海軍士官たちの胸内でせめぎ合っていた。
「諸君らの気持ちは分かる。ただ私は同時に、諸君らに、海竜と遭遇した者たちの気持ちも分かってもらいたいのだ」
「……と、おっしゃいますと?」
ヴァレンが問うた。
彼自身、金級冒険者の助力が得られるならば、それに越したことはないと考えていた。ただ、部下たちを納得させるには、もう一押し欲しい。
ヴァレンは伯爵の言葉を待った。
「……例えばだ。諸君らが一番槍をつけた戦に、後から皇都の正規軍がしゃしゃり出てきたとしよう」
伯爵は、そこで一度言葉を切った。
「『ここから先は我らが引き受ける。領邦軍は後退せよ』……そう言われて、諸君らは納得できるか?」
「……!」
効果はてきめんだった。
三船長は揃って眉をひそめ、ヴァレンもわずかに表情を曇らせた。
皇国直属の正規軍と、地方領主に仕える領邦軍。
両者の確執は、中央の軍議でもたびたび俎上に上がる、皇国軍の宿痾ともいえる問題であった。
アンセル伯爵は、その関係を、今の海軍と冒険者たちの立場になぞらえてみせたのだ。
「……なるほど。確かに、ベアートリクス号の乗員たちからすれば、納得がいきますまい」
最初に口を開いたのは、クライスだった。
「ルークは、文字通り一番槍で海竜の角を斬り飛ばした男です。ここで我らが手柄を独占しては、彼の功績を横取りするようなものですな」
ベルトナーが続く。
「……参戦の立場はどうあれ、彼らが再戦を望んでいるなら、その意思を尊重すべきでしょう」
ブルックも、渋々ながら頷いた。
ヴァレンは、ようやく胸の内で安堵の息をついた。
「伯爵様、おっしゃることはよく分かりました。我々も武人。つまらぬ面子にとらわれず、冒険者ギルドと協力して討伐に当たるべきでしょう」
そして、一度思案するように小さく首を傾げた。
「……ただし、共同作戦となれば、指揮系統と各員の役割を明確にする必要がございますぞ伯爵」
「無論だ。そのために、そなたとファリソンがいるのであろう?」
「……はっ。承知いたしました」
ヴァレンは胸に手を添え、一礼した。
「うむ、よく言ってくれた。……ベルトナー、ブルック、クライス。それでよいな?」
「「「ははっ!」」」
満足げに頷いたアンセル伯爵は、ゆっくりと一般参加者席へ向き直った。
「……聞いての通りだ、爆風のルークよ。海竜に一番槍をつけたそなたの手腕、期待しておるぞ」
「……は、はぃっ!! ア、アンセル伯爵のご要望とあらば、非才の身ですけど、持てる力のすべてをもってお力添えいたしましゅ!」
突然、伯爵から話を振られたルークは、椅子を倒さんばかりに大慌てで立ち上がり、先ほどのマシウスの宣言を真似しようとして、盛大に失敗した。
大柄なルークがしゃちほこばって伯爵に応える姿は、会場の参加者たちの笑いを誘った。




