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━━━案件128 武人の誉れと救い難い冒険者たち━━━

 

 西風団だけではない。


 ベアートリクス号で海竜と戦った者たちを、今回の討伐から完全に遠ざけてよいのだろうか。


 海竜を恐れる者もいれば、再戦を望む者もいた。海軍主導の討伐と聞いて、忸怩たる思いや、複雑な心境を口にする者もいたのだ。


 もちろん、誰もが再び戦いたいわけではない。それでも、何らかの形で作戦に関わる道があれば、彼らの思いを汲むことにもなるのではないか。




 もっとも、参加するかどうかを決めるのは、当人たちである。竜司郎の一存で決めるものではない。


 まして、相手はあの海竜なのだ。全員一丸となって奮闘して、角一本斬り飛ばすのが精一杯だった、あの海竜なのだ。






(……なんというか、救い難い話ッスねぇ)


 モリンの、苦笑交じりの言葉が、スマホとタブレットを通じて念話された。


 揶揄するわけではない。貶めるわけでもない。命からがら逃げ帰ってきた海竜に、また命を賭けて戦おうとする、自分たちも含めた人々の、相反する行動原理をモリンなりに言語化したのだ。




(ああ、そうだな……。ようやく逃げ帰ったあの海竜と、また戦おうってんだからな)


 竜司郎も、心の中で苦笑した。




 仲間たちの力を借りたい。


 彼らの思いにも応えたい。


 しかし、それは、せっかく助かった者たちを、せっかく仲良くなった者たちを、再び死地へ誘うことでもある。




(……本当に、救い難いよな)


 竜司郎は、腕の中のモリンをそっと抱き直した。






 竜司郎の提案に、三船長は程度の差こそあれ、賛同も反対もしがたいという、何とも難しい顔をしていた。


 領民を護るために海竜と戦う。


 それは領海軍にとって、武人の誉れともいうべき任務である。そこへ民間の冒険者を加えることには、少なからず抵抗があった。


 しかし同時に、実際に海竜と戦い、生還してきた者たちの経験を軽視することもできなかった。


 その中には、水上バイクという魅力的な戦力投入のため、彼の意見を採用して心証をよくすべきではないか、という多少の打算も含まれていた。




 武人の彼らとて、意気軒昂な万全の心境ではない。こうして緊急会議で海竜を知り、作戦を立案し、勝利への道筋を模索するのは、不安の裏返しでもあるのだ。


 命を懸けることは、命を粗末にすることと同義ではない。海竜を倒し、一人でも多くの部下を生きて帰す。それが指揮官の努めであり責任である。


 ならば彼らとは、武人の面子や、組織の利害を超えて、協力し合うべきではないか。




 三船長に代わって、ヴァレンが口を開いた。


「……だが、飛野よ。西風団は、リーダーのルークが銀一級。他のメンバーは銀二級から銀三級だと聞く。海竜討伐は間違いなく金級冒険者の領分。銀級の者たちだけで臨ませるには、荷が重すぎるのではないか?」


 ヴァレンは決して銀級冒険者を侮っているわけではない。特にルークなどは、その圧倒的戦闘力を買って、今すぐにでも軍に勧誘したいほどの人材なのだ。




 だが、相手は海竜である。


 銀級冒険者が生還しただけでも僥倖の相手。ヴァレンの発言は、彼我の戦力を正確に分析した結果なのだ。




 竜司郎は口ごもった。冒険者法に則れば確かにその通りだ。


 あの時の海竜との戦いは、あくまで遭遇戦で、本来の依頼は大海蛇の討伐だったのだ。正式な依頼を受けて海竜討伐に向かったわけではない。


 海軍の士官たちも、それならば西風団の参加は難しいだろうと、納得しかけていた。





「……意見具申、よろしいでしょうか?」


 一般参加者席から声が上がった。


 聞き覚えのある朗々とした声。ファリソンだった。ベアートリクス号の乗員たちが座っている後ろ側。丁度西風団の一列後ろの席だ。


 一般参加者席に立つファリソンは、ダークグレーの立ち襟ジャケットに白のスカーフという服装である。冒険者ギルドの重鎮として、アンセル伯爵への礼節にも配慮した服装である。それが実に堂に入っていた。


 ファリソンの周りだけを切り抜けば、映画のワンシーンとしても通用するのではないか。竜司郎は頼もしい援軍の登場に、埒もない想像を巡らせた。




 ファリソンは、竜司郎とモリンに視線を向けた。少し笑って、小さく頷く。任せておけ、というように。


 係の者が伯爵の意を受け、ファリソンに拡音石を預けた。ファリソンは短く名乗り、すぐに本題に入った。




「ヴァレン司令官のおっしゃりようはごもっともです。海竜討伐の協力を、冒険者ギルドに依頼するとなれば、その依頼は金級冒険者の格付けとなります」


 ヴァレンも、三船長も頷く。彼ら冒険者側の気持ちは分からないでもないが、海竜ほどの難敵を本格討伐するとなれば、やはり軍の出番である。


 竜司郎とモリンの水上バイクで連携をとりつつ、三隻のガレオン船の火力でもって臨めば、勝算は十分にある。神依魔法も、錬術魔法も、精霊魔法も、使い手は軍の中にもいる。ことさら冒険者に頼るには及ばないのだ。




「……ですが、海軍の皆様。ひとつ、お忘れではありませんか?」


 ファリソンは、そこで言葉を切った。


「飛野竜司郎と聖獣モリンも、冒険者ギルドに正式登録されている冒険者です。しかも、現在の階級は銅二級なのですよ」




「あっ」


 アンセル伯爵が、思い出したように小さく声を上げた。ヴァレンは、わずかに目を見開いた。三船長も、それぞれの表情で驚きをあらわにした。




 伯爵と、旗下の海軍士官たちは、無意識のうちに、竜司郎とモリンを海竜討伐戦に参加させる前提で話を進めていたのである。


 それほどに彼らのスキルは魅力的で、そのスキルから浮かび上がる戦術は、彼らを高揚、いや、興奮させていた。


 海軍士官たちは、驚きの顔を収めると、やや気恥ずかし気に顔を見合わせた。「……どうする?」と。




 彼らの落ち着きを見計らって、ファリソンは続けた。


「いかがでしょう? 今回の海竜討伐に、”冒険者法・大規模共同任務に関する特例”を適用しては?」




 ファリソンの発言に、一般参加者のほとんどは訝しげだった。


 一方、伯爵配下の文武の高官たちには、思い当たる者もいたらしい。アンセル伯爵に呼ばれた文官二人が、傍らで何事か説明を始めた。






 冒険者法・大規模共同任務に関する特例とは……


 それは、国家や領主などの公的機関と冒険者ギルドが共同で大規模任務に当たる際、通常の受注資格や階級差の制限を、一定の条件下で緩和できる制度である。


 大規模なダンジョン探索、魔物の群れの討伐、魔界門の鎮定など。公的機関の組織力と、冒険者ギルドの専門性。その両方が必要となる事案は、決して少なくない。


 この特例は、そうした任務における相互協力の根拠となる法規定だった。




 もちろん、誰でも無条件に参加できるわけではない。


 参加者の階級、技能、経験、そして担当する任務の危険度に応じ、適切な指揮監督と安全措置を講じることが義務づけられている。


 だが、正式に特例が適用されれば、銀級の西風団はもちろん、銅二級の竜司郎とモリンにも、海竜討伐作戦へ参加する道が開ける。




 そして今、その指揮監督を担う資格を持つ金二級冒険者が、一般参加者席に立っていた。


 それが冒険者ギルド副マスター”大剣のファリソン”である。




 壇上のアンセル伯爵周辺がにわかに騒がしくなった。


 竜司郎とモリンは、事の成り行きが分からずにぽかんとしている。






「ファリソンさん……」


 ルークが席から振り返りながら、期待に満ちた目でファリソンを見上げる。ファリソンはチラリとルークを見て、ニヤリと笑った。




「参加したいんだろ? お前ら?」




 一も二も無く頷くルークに、間髪入れず頷くチャコとマーカス。




「ふふふ……。まったく救い難い奴らだ」




 ファリソンは笑った。


 その苦笑と微笑が入り混じった笑いは、西風団だけではく、同じように死地へ赴いた自らの過去にも向けられていた。


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