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━━━案件127 海軍の思惑 竜司郎の思惑━━━

 

「銀級冒険者ルークが海竜の角を斬り落としたように、我が海兵の精鋭を水上バイクで接近させ、急所に一撃を加える。駿馬を上回る速度で接近できるなら、それも可能です」


 水上バイクの機動性を生かした一撃離脱戦法を推しているのは、アレクサンドリア号の船長ベルトナーである。




 アレクサンドリア号は、アンセル伯爵が海上視察などで座乗する軍船であり、今回の海竜討伐艦隊では旗艦を務める予定であった。


 今回、伯爵自身は出陣しない。しかし、自らの座乗船であるアレクサンドリア号を出陣させる。


 それだけでも、アンセル伯爵が海竜討伐に本気で臨んでいるという決意が、領内外に伝わるのである。




「そのような個人の力量に頼った戦術は、不確定要素が多すぎますぞ。三隻の軍船による集中砲火。これに勝る火力はありません」


 火砲による集中砲火を提唱するのは、アーネスト号の船長ブルックである。三船長の中では最も若手のようで、容姿にも語気にも血気盛んな気性が見てとれた。


 海竜という紛れもない難敵を相手にするうえで、彼のような勇猛な指揮官の存在は、将兵の士気を鼓舞するだろう。


 先だっての海竜戦で、ヴェスタの奮闘が船員たちの士気を支えたように。




「報告にある海竜の機動力を考えれば、砲撃を命中させるのは容易ではありますまい。まして潜航されたなら、我らの火砲は無力です。長期戦になれば我らが不利。戦場は海竜の庭ですぞ」


 グリフィス号の船長クライスは、一貫して慎重論を唱えていた。


 若手のブルックが意気盛んであるがゆえに、あえて慎重な意見を述べているともとれたが、その落ち着いた言動からして、元来慎重な用兵を旨とする人物なのだろう。


 それでいて、言うべきことは臆せず口にする。歴戦の軍人として、また指揮官として、円熟した実力を備えていると思われた。




「……いかがですかな、伯爵」


 伯爵の隣に立つのはヴァレン。


 領海軍司令官にして、海竜討伐艦隊の総指揮官である。先代伯爵の頃からアンセル家に仕えてきた重臣であり、アンセル伯爵とは年齢も近い。


 伯爵とは、幼少の頃から共に文武を学び、競い合った仲でもあった。




「どれも一理あり、綻びもある。……まあ、大抵の作戦案はそうなのだが」


 三船長の議論を聞きながら、アンセル伯爵は考えていた。




 せっかく協力を得られそうな、水上バイクという希少で有利なスキルの使い手たち。これを最大限に生かしたい。




 そのうえで、海竜に打ち勝ち、生きて帰ってもらう。




 伝え聞いていた竜司郎とモリンのレアスキル。そして、実際に目の当たりにした水上バイク。


 アンセル伯爵の胸中は、少年のように高鳴っていた。


 同時に、統治者として胸に抱いていた構想にも光が差した。


 彼らの力を借りることができれば、領内のさまざまな事業が前に進むだろう。だからこそ、心のどこかで、彼らを死地へ向かわせたくないという気持ちも湧き上がっていた。




 聞けば、今回の航海以前には、本格的な戦闘経験などほとんどなかったという。


 乗馬経験すらなく、剣術や槍術などの武芸や、錬術魔法や精霊魔法の修練を積んでいるわけでもない。それでいて、魔力と魔導車を召喚する術だけは突出している。竜司郎とモリン揃って。


 それに加えて、平民らしからぬ知識と、若さに似合わぬ経験。




 忌憚なく言えば、異様なまでに偏った技能の持ち主たちであった。




 なにより、聖獣との間に結ばれた絆と信頼。




(ローファインが興味深いと言った理由。相対してみて、よく分かった)


 アンセル伯爵は、丸っこい顔の頬髯をなでながら、議論に白熱する三船長の向こう側で、困り果てている竜司郎とモリンを見た。




(……いや、あの者たちに賭けてみよう。あのように偏った技能で、海竜から生還してきた者たちなのだから)




 大晨帝国の東の海。


 そこには、船乗りたちが恐れおののき、近海にすら近寄らない”魔の海域”があるという。


 海竜を放っておけば、縄張りを広げられ、ロナーシアへの航路も遠からずそのように呼ばれることになるだろう。対処を先延ばしにするわけにはいかなかった。




 竜司郎とモリンの存在は、確かに惜しい。だが、海竜への対処もまた、喫緊の課題であった。


 あるいは、フィーズの神々からの天啓なのかもしれない。海竜がまだ若いうちに、海竜がこれ以上力をつける前に、彼らの力を借り、これを討伐せよ、と。






「……諸君」


 アンセル伯爵の一言。


 その声は、特に大きくも厳しくもなかった。それでも三人の船長たちは一斉に議論を止め、伯爵に正対して背筋を伸ばした。


 長年アンセル家に仕えてきた彼らには分かった。アンセル伯爵が、統治者としての意思をもって彼らに臨んでいることが。




「諸君らの意見はよく分かった。……ここで一度、肝心の水上バイクの使い手である、飛野竜司郎とモリンに意見を聞いてみようではないか」


「おお……」


 そう漏らしたのは、三人の船長のうち誰だったか。彼らは思い出したように、竜司郎とモリンに視線を向けた。




 竜司郎とモリンは、過日のギルド会議で似たような経験をしている。


 そのため、今回もある程度の問答を予想し、頭の中で受け答えを組み立てていた。


 加えて、背後に控えたリルヴィアが、竜司郎の予想に足りない部分を補うように、受け答えの要点を教えてくれていたのだ。


 この点、過日のギルド会議に忍び込んだリルヴィアの手腕と、彼女を見逃したファリソン、イルゼの判断には感謝しなくてはなるまい。


 竜司郎は片腕にモリンを抱えたまま、もう片方の手をリルヴィアに向け、小さく拝むような仕草をした。リルヴィアは、にっこりと微笑んだ。




「俺……いえ、私としては……その、西風団のみんなにも参戦してもらえないかと。……あっ! 決して海軍の方々の実力を軽んじているわけではありません。ですが、今のところ、彼らとは一番長く行動を共にしてきましたし、海竜とも一緒に戦って、生き残っています……」


 竜司郎は一度言葉を切った。


 無礼な言い回しはなかったか。


 言葉遣いは適切だったか。


 言いたいことは、きちんと伝わっているだろうか。




「ですので、できれば彼らと一緒に参加して、海軍の皆さんと連携して行動させてもらえれば、と。そうすれば、俺も……いえ、私もモリンも、持てる力を十分に発揮して、皆さんに協力できると思うんですが……」




 竜司郎には、竜司郎なりの考えがあった。


 初対面の海軍の武官たちと、一から連携を取ろうとしても、付け焼き刃もいいところである。まして相手は海竜だ。連携のわずかな隙を突かれれば、竜司郎とモリンが海軍の足を引っ張ることになりかねない。


 だが、西風団なら話は別だ。


 彼らは竜司郎とモリンの乗り物スキルにもある程度慣れているし、互いの気心も知れている。


 何より、一緒に海竜と戦い、生きて帰ってきた仲間なのだ。その経験は、何物にも代え難く、海軍に対して西風団が示せる価値でもある。




 そして、もう一つ。


 異世界に転生してこの方、竜司郎とモリンは西風団に世話になりっぱなしであった。


 もちろん、西風団の面々はそんなことなど気にしていない。持ちつ持たれつ。彼らにしてみれば、それだけのことなのだろう。


 だが、少なくとも竜司郎には、助けてもらってばかりだという思いがあった。




 今回、自分たちが参加を希望することで、西風団にも海竜討伐に加わる道が開けるかもしれない。伯爵の下で戦った功績は、無形の勲章として彼らの実績に華を添えるのではないか。


 彼らが望むなら、その機会を作ることが、少しばかりの恩返しになるのではないか。竜司郎はそう考えたのだ。


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