━━━案件126 竜司郎とモリン アンセル伯爵と面会す(非公式)━━━
会場がどよめきで満たされた。
モリンは、展開の過程を分かりやすく見せるためか、それとももったいぶっているのか、水上バイクの線画をゆっくりと描いていた。
魔力の線がすべてつながると、閉じられた面に魔力の力場が発生する。そして……。
「……展開完了ッス!」
壇上に姿を現したのは、海竜戦でモリンとルークが乗っていた、三人乗りの大型水上バイクである。
驚きのあまり立ち上がるアンセル伯爵。
重臣たちも海軍士官たちも、つられるように腰を浮かせた。
モリンは、彼らの反応に上機嫌であった。
御主人の手から逃れ、勢い勇んで水上バイクを披露した甲斐があったというものである。
観客はアンセル伯爵を筆頭に、文武の高官が居並び、モリンの後ろにはロナーシアの人々が詰めかけている。申し分ない。
水上バイクの上で伯爵たちに一礼したモリンは、調子に乗って振り返り、参加者たちの声に応えようとした。
……が。
モリンが展開した水上バイクの底面は、V字に形成されていた。
水面で展開したのなら何ら問題はない。だが、ここは地上である。水がなければ、船底の形状ゆえに船体の水平を保つことは難しい。
モリンが得意げに振り返った、その拍子だった。水上バイクが、ぐらりと右に傾いた。
「……あっ」
モリンは、こてん、と壇上に転げ落ちた。
会場のざわめきがぴたりと収まる。
一瞬の静寂の後、微笑ましげな笑い声が公会堂を満たした。
壇上のリルヴィアも、思わず吹き出していた。
竜司郎は大慌てでモリンに駆け寄ろうとした。
だが、竜司郎よりも早く動いた人物がいた。アンセル伯爵である。
重臣たちが止める間もなく、伯爵は壇上の中央へ歩み寄り、転げ落ちたモリンを抱き上げていた。
その光景に、竜司郎は思わず足を止めた。やんごとなき方に、平民が不用意に近づくのは無礼ではないか。
「おお、怪我はないか? 聖獣よ」
「は、はは伯爵様っ……! ああありがとうございまッス!」
アンセル伯爵に両手で抱え上げられたモリンは、さすがに畏まっていた。尻尾の毛が、緊張で逆立っている。
「よい。おぬしと、おぬしの主が善なる者であることは、私の耳にも入っておる。誰がとがめだてしようか」
丸顔に満面の笑みをたたえてモリンを安心させると、アンセル伯爵は竜司郎に近づいた。
竜司郎は思わず片膝をつき、差し出されたモリンを、両手で恭しく受け取った。
「……おぬしらには、以前から一度会ってみたいと思っておってな。海竜の件でこうして諸君を招集することになったが、ようやくその機会が巡ってきた」
アンセル伯爵の声は小さかった。
「会えてうれしいぞ、飛野竜司郎。そして聖獣モリン」
平民であり、しかも保護観察中の竜司郎を、伯爵が私的に召し出すことは難しい。
領主が特定の冒険者を特別扱いしていると受け取られれば、ギルドや司法の判断に介入したと見なされかねないからだ。
だからこそ、伯爵はこれまで直接の面会を控えていたのだろう。
だが今回は、海竜討伐という公務上の理由がある。
その機会を利用して、以前から興味を抱いていた竜司郎とモリンに、直接言葉をかけたというわけだ。
竜司郎の冗談半分の予想は、どうやら当たっていたらしい。
「恐悦至極に存じます。アンセル伯爵……」
童話の王様を思わせるような、丸っこくて柔和な外見。
だが、間近で接するアンセル伯爵からは、貴族の風格と、領主としての権威を背負う重厚さがひしひしと伝わってきた。
(これが、生まれながらの貴族の威風か……)
竜司郎とモリンは改めて、剣と魔法と神がいる世界に転生したことを思い知らされたのだった。
「……ローファインには、内緒にしておいてくれよ。おぬしらも知っての通り、有能で真面目だが、色々と口やかましい男でな」
アンセル伯爵は竜司郎とモリンにウインクをすると、水上バイクのそばへ戻った。
そして、係の者から拡音石を受け取った。
「さて、飛野竜司郎よ、聖獣モリンよ。こうして実際に水上バイクを展開したことだし、実物を使って、改めて我らに説明をしてくれるかな?」
「「ははっ! かしこまりました!」」
竜司郎とモリンは、揃って深く一礼した。
アンセル伯爵は別格として、魔導水上バイクに特に興味を示したのは、やはり海軍関係者であった。
文官たちは、討伐隊の主力となる海軍関係者に説明の場を譲り、その後ろに回って副官たちに記録を取らせていた。
壇上はさながらモーターショーのブースか、報道関係者を集めた新型水上バイクの発表会の様相を呈していた。
「ほうほう、魔導二輪車の水上版というわけだ……」
「都で見たものとは違うと思っていたが、なるほど水上用か」
「三人乗りか。操縦手のほかに二人乗れるなら、移動しながらの攻撃も可能というわけだな」
「駿馬をも上回る速度で水上を走るというのは、ぜひ見てみたいものだ」
「水と風の精霊力が豊富な洋上なら、魔力の続く限り活動できるというわけか?」
海軍士官たちは、矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。竜司郎とモリンは、代わる代わる丁寧に受け答えした。
リルヴィアはいつの間にか黒板担当となり、竜司郎とモリンの説明を板書して、参加者たちにも分かるように整理していた。
「……これを動かすことはできぬのか?」
伯爵が目をキラキラさせながら言った。
ここまで説明を聞けば、当然湧き上がってくる欲求である。海軍士官たちの表情も、期待に満ちていた。
モリンは伯爵の視線と海軍士官たちの期待を一身に受け、しゅんと縮こまった。
「あの、その……。ここは水上ではないので、申し訳ないッス……」
モリンが水上バイクのサブコックピットで、申し訳なさそうに丸くなる。
アンセル伯爵は落胆しつつも、納得した。本来水上用のものを地上で動かせと、無理強いするような暴君ではない。
「……ならば早々に作戦を決め、水上にて、存分にその有用性を発揮してもらうではないか」
アンセル伯爵はもっともらしくまとめたが、目のキラキラは収まっていなかった。
もちろん、訓練を視察することには領主として十分な理由がある。討伐隊の士気も上がり、陣頭で指揮を執ったという事実は、伯爵自身の名声に箔をつけるものだ。
そしてそれらを理由に、水上バイクの雄姿を観覧できるとなれば申し分ない。伯爵はその機会を逃すつもりはなかった。
「おっしゃる通りです、伯爵閣下。小官としては、先ほどのセリーネ嬢の報告を踏まえ、一撃離脱の機動力を生かした攻撃任務を提案いたします」
「何を言われる。我らが海軍の主力は火砲だ。高い機動力を生かすなら、火砲と連携した奇襲や撹乱任務が適任であろう」
「お待ちあれ。小舟よりもはるかに高速で小回りが利くとなれば、海上での救難活動を第一任務とすべきではありませんか」
海軍士官たちが、水上バイクを囲んで議論を始めた。特に、華やかな制服を着た三人の発言が目立つ。
声の大きい三人は、どうやら今回の討伐艦隊を構成する三隻の軍船の船長たちらしい。
海竜討伐に意気軒昂な同格の士官三人が、貴重なレアスキルの使い手を囲んでいるこの状況。
竜司郎とモリンは、既視感と危機感を覚えた。
((なんだか見覚えがあるぞ、この光景……))
過日の溝掃除が発端で巻き起こった、ロナーシアの主要ギルドによる、竜司郎&モリン争奪会議を思い出したのである。




