━━━案件125 壇上の竜司郎 独壇場のモリン━━━
モリンを抱えて立ち上がりはしたものの、竜司郎は気が進まなかった。
土木建築と乗り物に関しては、まあ、それなりに語れるかもしれない。だが、こと軍事行動に関しては、冒険者としての経験も浅い竜司郎は、まったくの素人である。
壇上に上がったところで、軍事の専門家たる海軍の方々を唸らせる発言ができるとも思えなかった。……まさか前世界の戦記物ラノベから引用するわけにもいくまい。
そうはいっても、客観的に振り返れば、竜司郎はモリンとともに、この世界では珍しい水上バイクというスキルを駆使し、海竜戦にガッツリと参加していたわけである。
軍事の専門家たちから、何らかの説明を求められるのも無理はなかった。
(予想問答をあれこれ復習してみたけど、どうもなぁ……)
朝礼を仕切るのすら苦手だった竜司郎にとって、貴族やその配下が居並ぶ中での質疑応答など、柄ではなかった。
他埋設物に気を付けながら、バックホウで掘削作業をしている方がまだマシである。
「お困りのようだね、竜司郎くん。ここはリルヴィアお姉さんの助力が必要かな?」
唐突に右隣から声がした。
セリーネが座っていた席に、いつの間にかリルヴィアが座っていた。
命からがらロナーシアへ帰還し、そのまま朝刊の原稿を書き上げたとは思えない溌剌ぶりである。
亜麻色の髪はきちんとまとめられ、服装は港で出会ったときと同じ、ライトブルーのショールカラージャケットに、同色のゆったりとしたズボン。
ジャケットには、ロナーシア情報会の徽章が誇らしげに輝いていた。
「リルヴィアさん……」
一抹の不安を感じながらも、彼女のバイタリティ溢れる笑顔と、そのありがたい申し出に、竜司郎は我知らずほっとした。
彼女もまた、海竜との遭遇戦を生き延びた当事者の一人である。しかも、その経緯をセリーネと共に記録していた立場である。説明を補佐してもらうには申し分ない。
「よろしくお願いします」
竜司郎はためらうことなく、その申し出に応じた。
自分にできること、できないこと。それを峻別し、できないことについては他者の協力を仰ぐのに、竜司郎はためらいがない。
その上で、自らができる仕事には懸命に取り組む。
それが、前世界で竜司郎が先輩から可愛がられ、後輩からも慕われていた理由の一端である。
「うんうん、素直なのはいいことだよ」
リルヴィアも上機嫌で頷くと、係の者に手短に事情を説明し、肩掛けカバンから紙束を取り出した。
「海竜戦の帰り道で、あれこれメモを取っておいたの。それをセリーネ嬢と一緒にまとめた、合作の報告書よ。説明の参考にするといい」
リルヴィアは報告書を一部、竜司郎に手渡しながら、得意げな顔を見せた。
ロナーシア通信の報告資料と同じ体裁に整えられた紙束には、航海日程と航路、海竜との遭遇地点、戦闘の経過、海竜の外観と行動、乗員と船体の被害状況などが、時系列に沿って記されていた。
さらに、護障壁や水上バイクといった特殊技能の使用状況、目撃情報から推測される海竜の能力まで、確認済みの事実と推測を区別して整理されている。
要所には、船と海竜の位置関係を示す簡単な図まで添えられていた。
竜司郎に抱えられたモリンが、その報告書を受け取った。
竜司郎とモリンは、そろって礼を言った。
報道屋としての言動はさておき、彼女が有能なのは間違いないのである。
壇上の下手側。
大きな黒板は、壇上の伯爵にも参加者たちにも見える角度に設置されていた。
係の者が、黒板の脇にある演説台の隣へ、少し背の低い脇机を用意した。竜司郎とモリンには、それがリルヴィアの計らいであることがすぐに分かった。
竜司郎は演説台に、モリンは脇机に立つ。リルヴィアは、竜司郎とモリンの少し後ろに控えていた。
係の者が、そっと拡音石を差し出す。
二人と一匹は、アンセル伯爵に一礼した。
アンセル伯爵は鷹揚に頷いたものの、レアスキルを持つ一人と一匹に興味津々の様子で、その視線は竜司郎とモリンに釘付けだった。
「え~~……、飛野竜司郎と申します。海竜戦に際して使用した、魔導水上バイクについて説明したいと思いますが……」
そう言って竜司郎は演説台を離れ、モリンの後ろへ回った。
「……実は、魔導水上バイクはこいつ、あ、いや、私の相棒の聖獣モリンが展開できる魔法です。ですので、詳細についてはまずモリンから説明してもらおうかと思います」
竜司郎は、別に説明責任を放棄したわけではなかった。
まずは魔導水上バイクの概要を、展開する本人から説明してもらうのが一番分かりやすいと思ったからだ。
その後に操縦者たる竜司郎が、具体的な操作方法や海竜戦での活躍を説明すれば、初見の伯爵や家臣の方々にも理解してもらえるはずだ。
モリンの舞台度胸を期待しつつ、目立ちたがりな性格に一抹の不安を抱きながらではあったが。
「コホン……。え~、ただいま御主人こと飛野竜司郎からご紹介にあずかりました、聖獣モリンでございます」
脇机の上で、参加者にボウ・アンド・スクレープを披露するタヌキ。
会場からは、驚きと微笑ましさの入り混じった拍手が起こった。
ロナーシアの市井の人々にとって、モリンはすでに有名人――いや、有名狸である。
一方、アンセル伯爵をはじめとする領内の高官たちには、名前こそ知っていても、実際に目にするのは初めてという者も多かった。
「おお……! これが人語を操る聖獣か!」
アンセル伯爵が、今にも駆け寄らんばかりに身を乗り出した。
左右の重臣たちも、驚きの声と表情を隠さない。海軍士官の何人かは腰を浮かしかけている。
モリンは会場のざわめきを心地よさそうに受け止めながら、「まぁまぁ」と参加者を促すように前足を動かした。
(……まさか、海竜討伐の会議にかこつけて、俺たちを見物するつもりじゃないだろうな?)
無論、伯爵が海竜討伐を軽んじているわけではないだろう。ただ、好奇心を隠しきれていないのは確かだった。
「……ではまず、魔導水上バイクの概要から……御主人、ちょっとフォローお願いします」
竜司郎は「しょーがねーなぁ」と表情に出しながらも、モリンを抱え上げて黒板の前に移動した。
モリンは意外にも手慣れた様子でチョークを操り、なかなか上手な水上バイクの絵を描き上げた。
竜司郎がモリンの位置を動かすたびに、会場から笑いが起こる。
「……え~、このようにして、精霊力を取り込んで動力とし、水上を滑走できるのが、魔導水上バイクという乗り物でありまッス」
竜司郎に抱え上げられたまま、モリンは指揮棒を片手――いや、片前足に持ち、水上バイクの構造や動力源、操縦方法、速度や航続距離などについて滔々と説明した。
「……すごいわね、モリンちゃん。アンセル伯爵の前でもここまで堂々と振る舞えるなんて」
リルヴィアが小声で感心する。
「あまり褒めないでください。調子に乗るとリルヴィアさん以上に手に負えないんで……」
竜司郎も囁き返した。
リルヴィアと内緒話をしながら、竜司郎は内心ヒヤヒヤしていた。
とにかく、モリンが説明さえ終えれば、後は自分が引き継ぎ、リルヴィアのフォローのもとで説明を終える。それでこの場は何とかしのげるはず……。
「……その魔導水上バイク、ここで展開することはできるのかな? 魔法の行使については、私が許す」
えっ、とアンセル伯爵の言葉に視線を移す竜司郎。
その隙を、モリンは見逃さなかった。
「お安い御用ッス!」
竜司郎が反応するより早く、モリンはひょいっとその手から離れ、壇上の中央、アンセル伯爵の正面に移動した。
「────水上バイク、展開!」




