━━━案件124 竜司郎とモリン 壇上に呼ばれる━━━
アンセル伯爵が出席する会議。
参画した者たちは官民を問わず、事の重大さを再認識するとともに、緊張感と高揚感を覚えていた。
それは、アンセル伯爵の過去の実績に対する信頼であり、現在の決断に対する評価であり、今後の手腕への期待でもあった。
アンセル伯爵が家督を継いで四半世紀。
それ以前から先代伯爵の下で政治、軍事、経済に携わってきた彼は、領地経営に三十年以上を費やしてきた大ベテランである。
竜司郎から見れば、この道三十年の大ベテラン領主。前世界の師匠、大森社長なら、領地経営の”達人”と評するところだろう。
無論、伯爵位と地政学上の要衝という恵まれた条件に安住してきたわけではない。
それは、壇上を見上げる武官、文官、そして民間の代表者たちの表情からも窺えた。そこにあるのは、領主への畏怖ばかりではない。長年の実績に裏打ちされた信頼であった。
アンセル伯爵自身も、自らが音頭を取ることで得られる効果を、当然計算に入れて動いていた。
……もっとも、希少な海竜への好奇心や、自らの治世に海竜討伐を成し遂げたという栄誉への期待も、多少なりとも含まれていたのだが。
伯爵の迅速な対応は、今のところ功を奏していた。
ロナーシアとその近隣では、目立った混乱や恐慌は報告されていない。
危機に際し、いかに早く、適切な統率力を発揮できるか。
その点において、アンセル伯爵の初動判断は、まず成功を収めたのである。
一同の拝礼が終わり、アンセル伯爵が登壇すると、進行役が恭しく拡音石を手渡した。
「……すでに諸君も承知のことと思うが、昨日、ロナーシアとミューラ半島西岸の都市リュイーガを結ぶ航路付近で、海竜の存在が確認された」
一度、言葉を切るアンセル伯爵。
意外と低い声。それに発音も明瞭だ。統治者にとって、民への語りかけは重要な技術なのだろう。
配下の武官と文官は改めて顔を引き締め、民間ギルドの代表者たちは、期待と不安の入り交じった表情で顔を見合わせた。
「この報せを受け、私は直ちに領海軍に出動準備を命じた。本会議は、その決定を具体的な作戦へと落とし込むため、諸君の意見を求めるものである」
伯爵は、居並ぶ参加者たちを見渡した。
「この場では身分や所属にとらわれず、忌憚のない意見を求めたい。ロナーシアの大動脈たる航路を守り、海竜を討伐するため、諸君の知恵と力を貸してほしい」
アンセル伯爵が着座すると、一同も拝礼して席に戻った。
進行役の役人が、再び拡音石を手にする。
「それでは、議事に入ります。まずは海竜遭遇戦について、当事者から報告をお願いいたします」
後は周囲の者に任せ、必要以上に出しゃばらないつもりなのであろう。家臣たちもそれを心得ているようで、壇上では領内の高官たちが資料を確認していた。
(めっちゃ丸っこいッスね、アンセル伯爵)
竜司郎の膝の上で、モリンが丸々とした身体を丸めていた。さすがに場を弁えているのか、会話はスマホによる念話である。
(…………)
竜司郎はため息をついてモリンと視線を合わせたが、何も言わなかった。
モリンへのツッコミはさておき、アンセル伯爵は確かに丸い印象である。それは外見だけでなく、性格的な面も含めて、である。
(武威で牽引するタイプじゃなくて、知恵や人望で人を動かすタイプか……)
竜司郎はアンセル伯爵の人物評もそこそこに、思考を切り替えた。
ベアートリクス号で海竜と戦った者たちは、竜司郎の仕事感覚で言えば、いわば現場の下見を済ませた立場である。
竜司郎の予想通り、まずはベアートリクス号の指揮官格であるセリーネと船長が壇上へ呼ばれた。
船長が航路と遭遇地点を説明し、セリーネが黒板に海竜と船の位置関係を描きながら、戦闘の経緯を補足していた。
年長の船長はともかく、アンセル伯爵以下、居並ぶ家臣たちを向こうに回して堂々と立ち回る彼女の度胸と聡明さは、さすがというべきか。
あの後、ルークと一緒に自分も登壇することになるかもしれない。
そのとき壇上で慌てふためくことのないように、冒険者ギルドで語った内容を、竜司郎なりに整理しておくことにした。
……そして整理している最中、水上バイクの展開者であるモリンも呼び出される可能性に思い至り、竜司郎は複雑な表情になった。
(おいモリン、お前も多分、水上バイクの件で呼ばれるぞ。海竜戦のこととか、水上バイクのこととか、ちゃんと考えておけよ)
(マジっすか!? ……責任重大ッスねえ)
わざわざ声色を変え、格好つけて返してくるあたり、モリンはやる気満々である。
モリンは聖獣であるし、アンセル伯爵は珍しい物好きと聞いていた。
その辺りから多少の無礼は許されるのではないかという淡い期待を抱く一方で、危ない橋を渡りたくない竜司郎は、無駄を承知で今一度モリンに釘を刺しておくことにした。
(……余計なこと言うんじゃないぞ、モリン。相手は伯爵様なんだ。俺たちがいた前世界のシャッチョサンとか政治家センセイなんかとは、持ってる権力がダンチなんだからな)
(分かってますよ御主人! この聖獣モリンにお任せください!)
(ホントに分かってんのか……?)
(大丈夫ですって……!)
ニコニコ顔で応じるモリン。
前世界でも、権力者への無礼は人生を左右しかねない。ましてこの世界では、貴族の権限ははるかに強く、命に関わることさえある。
相手が温厚な伯爵だからといって、軽く考えていい話ではないのだ。
モリンは、そのあたりの深刻さを分かっているのだろうか?
竜司郎とモリンが、深刻で滑稽なやり取りをしている間にも、セリーネと船長の報告は続いていた。
海竜戦の実態が明らかになるにつれて、多目的ホールのざわめきは次第に大きくなっていった。
会場のあちこちで、抑えた声の囁きが交わされ始める。
「信じられん……。生きて帰ったのが不思議な激戦だ」
「本当に、民間船が死者ゼロで戻ってきたのか……?」
「何か一つ欠けていても、生還はかなわなかったはず……」
「いや、ここは見事に生還し、我らに危機を知らせた彼らを称えるべきだろう」
やがて、海軍士官の一人が挙手した。
「ひとつ確認したい。報告にある、水上を馬のように走る魔導車とは、いかなるものか?」
「……そちらにつきましては、わたくしたちと共に戦った、飛野竜司郎さまと聖獣モリンさまに、直接お尋ねいただくのがよろしいかと存じます」
セリーネはそう答えると、竜司郎たちのほうへ視線を向けた。
その笑顔は、まるで「さあ、竜司郎さま! ご活躍を語る絶好の機会ですわ!」と言っているようだった。
顔を引きつらせる竜司郎。その膝の上では、モリンが準備万端とばかりに胸を張っていた。
進行役が、二人の名を呼んだ。
彼らを壇上へ案内すべく、係の者が近づいてきた。




