━━━案件123 海竜討伐緊急会議開催━━━
冒険者ギルド二階。小会議室。
小会議室といっても、先だってのギルド会議に使われた部屋と比較しての話である。長机を縦に並べた室内には、二十人分の席が用意され、十分な余裕があった。
「おはよう、諸君。これで全員揃ったな」
奥の上座にはファリソン。そして、窓を背に西風団の三人が座っていた。ルークが軽く手を上げる。
竜司郎たちも促されるまま、空いている席に腰を下ろした。
「本会議に先立って集まってもらったのは、海竜について想定される質問と、その回答を確認しておくためだ。それと……」
ファリソンはイルゼに視線を向けた。
お堅そうな表情で、眼鏡をクイッと直すイルゼ。
「今回の会議には、アンセル伯爵もご臨席なさると聞き及んでおります。西風団の皆さまにおかれましては、今一度、礼儀作法の確認をお願いいたします」
「「あぁ~」」
納得の声が、西風団の面々から上がった。
この世界には、厳然たる身分制度が存在する。平民も貴人への礼儀作法を一通り教わるものの、それを実践する機会は滅多にない。
王侯貴族との接点といえば、祭事の壇上に立つ領主を見上げるか、貴族や軍の行列を遠巻きに眺める程度。直接言葉を交わす機会など、一生に一度あるかないかであった。
ところが、そのような身分社会の中でも、アンセル伯爵領の民、特にロナーシアの市民は例外と言えた。
アンセル伯爵は珍しい物好きで、さらに厄介なことに、平民に対しても気さくで、ざっくばらんに接することで有名なのだ。
海竜と戦って生還した冒険者や、東方出身の魔導車召喚士と聖獣ともなれば、伯爵自ら声をかけてくる可能性は極めて高い。
アンセル伯爵の性格を見越したうえでの、事前準備、予行演習というわけであった。
「伯爵さまとお目見えって……マジッスか、ファリソンマスター」
「マジだ、モリン。特に、大晨帝国出身のお前たちは、アイル・グレスト皇国の礼節との違いについて、確認しておく必要がある」
竜司郎とモリンは顔を見合わせ、女神さまから付与された記憶を手繰ってみた。
……あった。
アイル・グレスト皇国の礼儀作法も、ご丁寧に大晨帝国の礼儀作法も、付与記憶の中に存在していたのだ。
助かった、女神さま。
竜司郎とモリンは「あるある」と口だけ動かして安心したものの、記憶に存在しているだけでは意味がない。それを十全に活かすためには、やはり実践に勝るものはない。
ちょうどその時、フロントの若手職員が、何やら荷物を抱えて会議室に入ってきた。
「王侯貴族の方々との一般的な会話の作法と、念のためテーブルマナーも一通りおさらいしておきましょう」
イルゼと若手職員は、手際よく西風団の面々の前にテキストと食器を配り始めた。
ルークとチャコは複雑な心境だった。
ありがたいやら、うんざりやら……。
それを見越したように、イルゼがチャコの正面に立った。食器を配膳する手際には、一片の隙もない。
「特にチャコさん。アンセル伯爵は鷹揚で温厚なお方ですが、あくまで伯爵様です。伯爵様のご厚意に甘えて、いつもの調子で喋らないよう、心して臨んでください」
「は~~ぃ……」
イルゼの釘刺しに、チャコは自信なさそうに肩をすくめた。
まるで、生活指導の教員に説教された女子高生のように。
「さて、打ち合わせと礼儀作法の指導は並行して行うぞ。作法の指導はイルゼに任せるとして……」
ファリソンが、机の上に一枚の資料を広げた。
「俺は本題の担当だ。海竜戦とその詳細について確認しておく。お前たちは、俺を仮想アンセル伯爵として対話してもらう。礼節に則ってな?」
西風団のメンバーは、戦闘前とは違う緊張感に包まれた。
緊急会議が開催される多目的ホールは、正式には「ロナーシア中央公会堂」という。
領民の集会や式典、軍の閲兵などに使われるこの施設は、災害時には避難所や救援物資の集積所にもなる、ロナーシアの公共施設である。
西風団一行は2tトラックで、ファリソンとイルゼ、そして冒険者ギルドの随行職員たちは馬車でやってきた。
この公会堂では地方巡業の劇団による公演も行われており、チャコは何度も足を運んでいるそうだ。彼女の案内で、竜司郎は迷うことなく馬車溜まりへ到着した。
質実剛健な伯爵家の家風を映した、重厚な石造りの玄関。
西風団は、玄関に掲げられた伯爵家の紋章に迎えられながら中へ入った。
事務所とクロークに挟まれた玄関ホールを抜ければ、大ホールである。
(体育館みたいだな……)
竜司郎はおのぼりさんのようにキョロキョロと落ち着かない。御主人に合わせるように、トートバッグのモリンも物珍しそうに、あたりを見回した。
分厚い石壁と柱に支えられた天井には、船を逆さに伏せたような木組みが広がっていた。中央を走る太い梁から、肋材を思わせる湾曲した梁が左右へ伸びている。
床は磨き上げられた石敷きで、長机と椅子が整然と並んでいた。
席は、すでに多くの人々で埋まっていた。
アンセル伯爵麾下の海軍士官、役人、各ギルドの重役、商会の代表者たち、町の顔役……。
その間を、係の者たちが資料や筆記具、飲料水などを手に、忙しなく行き交っていた。
西風団は、この会議における最重要の関係者と言っていい。用意された席は、最前列に近い関係者席だった。
そこには、すでにベアートリクス号の乗員たちとセリーネが着席していた。
「お待ちしておりましたわ、竜司郎さま!」
西風団、いや、竜司郎を見つけるや否や、セリーネは席から立ち上がって竜司郎の手を取った。相変わらず竜司郎はされるがままである。
何人かの船員たちが西風団に短く声をかける。それだけで十分。海竜との死闘を共に潜り抜けてきた者たちである。付き合いは短くても濃厚だった。
ルークとヴェスタは視線を交わし、小さく頷き合った。
「昨日はよく眠れましたか?」
「ええ、寝坊するくらいぐっすりと」
「それはよかったですわ。さ、こちらへどうぞ」
セリーネは嬉々として竜司郎を自分の隣へ案内した。ただし、竜司郎の反対側の席は、マリーナのために空けてある。
フェアにいきましょう、と言わんばかりのセリーネの心遣いを、マリーナはどこか嬉しそうに受け入れたのであった。
(……マリーナさんに起こしてもらったとか、言わないでくださいよ御主人)
(分かってるよ!)
(ホントに分かってるんッスか……?)
(大丈夫だって……!)
竜司郎は、モリンの疑念たっぷりのスマホ念話に念を押した。
世話の焼ける御主人の世話も大変なのである。
竜司郎はモリンからの追及を逃れるように、会議に集中するふりをして壇上に目を向けた。
大ホールの正面奥には、伯爵家の紋章を背にした低い壇が設けられている。その中央には伯爵の席があり、左右には重臣用と思われる一般席よりも少し豪華な椅子が三脚ずつ並んでいた。
壇の脇では、司会進行役の席に立つ伯爵の随員と思しき男が、拡音石[かくおんせき]を使って高らかに宣言した。
「アンセル伯爵閣下、ご入場!」
参加者が一斉に起立し、会場はたちまち静まり返った。




