━━━案件12 異世界転生狸 聖獣の認定を受ける━━━
「……見つかりませんか?」
マシウスがやはり落ち着いた口調で言った。竜司郎としては苦笑しつつ頷くしかない。
「……もしや、東方帝国のスパイか?」
(おいおい勘弁してくれよルークさん。スパイならニセのカードくらい作ってくるだろ。解釈は好意的な方向で頼むよ……)
竜司郎が、さてこの難物をどう説き伏せようか、再度思案を巡らせようとしたとき、狸が竜司郎に代わるように前に出た。疲労と魔力が回復したのか。
「待ってくださいルークさん! 御主人も私も怪しい者じゃあないッス! 御主人は私を助けてくれましたし、森から一緒に逃げてきたのも本当ッス!」
竜司郎が止める間もなく、狸は前足をついて、まるで直訴するようにルークに訴えた。
異世界人たちの反応は竜司郎の予想とは少し違っていた。喋る獣を見て驚くとは思っていたが、その驚きは、別の理由からだった。
「これは……聖獣!?」
「……聖獣よね、兄さま」
ルークは目を見開いて一歩引いた。マリーナも驚きの表情を隠そうとしない。沈着と思われたマシウスですら、目と口をわずかに見開いていた。
「人の言葉を語り、人と心を通わせる四つ足の獣……聖獣ですね。私も始めてみました」
ルークと代わるように進み出たマシウスは狸の近くまで歩み寄り、大柄な体をかがめて目線を落とした。
「聖獣さん、飛野さん、安心してください。私たちはあなた方の味方です。ルークは用心していますが。私たち父娘を心配しているが故なのです。どうかご理解ください」
直訴する狸と、すぐ後ろの竜司郎に語りかけるマシウスの声も表情も、神官として、年長者としての慈愛と余裕に満ちていた。
「はい!ありがとうございまッス」
「こちらこそご理解ありがとうございます。……では聖獣さん、飛野竜司郎さんはあなたの御主人様ですか?」
「はい!」
「ということは魔法による主従契約を締結されていますか?」
狸は少し口ごもった。
「あの……実はまだ仮契約の段階で……。でも! 本契約の時に、御主人はいい名前を付けてやるからと……」
(……え? そんなこと言ったか?)
竜司郎は出かかったツッコミを辛うじて飲み込んだ。現状マシウスを主導に話を進めたほうが解決に向かうと判断したのだ。
「ふむ……分かりました。では、聖獣さん、飛野さん、お手を拝借」
「ちょ、ちょっと先生! 『病毒看鑑』[びょうどくかんかん]も『呪詛詳鑑』[じゅそしょうかん]もせずに迂闊すぎます!」
ルークが慌てて遮ろうとしたが、マシウスは構わなかった。
「鑑定魔法には準備が必要です。それに、聖獣と、聖獣との契約者なら、聖なる加護により病毒も呪詛も罹らないのですよ」
竜司郎と狸の手(前足)を手に取りながら、マシウスは続ける。
「聖獣の加護を打ち破る程の呪詛や病毒に罹っているのなら、それはもう、見た目からして判断できますし、ね?」
マシウスはルークを安心させるように微笑んだ。
「……マシウス先生は人が良すぎですよ」
非難する口調ではなかった。敬意と心配と諦めがまじりあった、何とももどかし気な口調だった。
「これから私があなた方に魔力を流し、あなた方の体内の魔力の流れ、性質、属性を調べます。苦痛はありませんので安心してそのままリラックスしていてください」
マシウスの言葉に元現代人と狸は頷いた。マシウスは両手に魔力を込める。すぐに両手が青白い光に包まれ、マシウスの掌に乗せられた竜司郎と狸の手(前足)に流れ込むように動き始めた。
(見てください御主人、魔法っスよ魔法!)
狸が好奇心を隠そうともせず、前カゴ収納スキルに収めたままのスマホで、竜司郎のタブレットごしに話しかけてきた。
(こんな時にスマホ使うな! つーかお前だって魔法でバイク展開してたろうが)
(……あ、そういえばそうでした)
(お前なぁ……)
内心呆れつつ、竜司郎はちらりとマシウスを見た。魔導スマホによる通話や、竜司郎の焦りがマシウスにバレたのかどうか、マシウスの落ち着いた表情からは分からなかった。
「……確かに、飛野さんと聖獣さんは魔術契約による魔力同調がみられますね」
マシウスの言葉にルークとマリーナは顔を見合わせた。
(いえ……これは魔術契約というより、神締契約[しんていけいやく]……神がこの方と聖獣を結び付けているということですか……)
マシウスは内心の分析を表情には表さず、魔力の周回を止めた。竜司郎と狸を見て目で儀式の終わりを告げ、わずかに手を上に挙げた。竜司郎と狸はマシウスから手(前足)を離した。
(善き方々のようですが、何やら事情を抱えておられるようですね)
マシウスは竜司郎と狸に、何も心配ない、という表情でニコリと笑い、立ち上がってルークとマリーナの方を向いた。
「御覧の通りです。こちらの聖獣さんと飛野さんは、間違いなく主従契約を結んでいます」
「つまり、聖獣さんと契約を結べる竜司郎さんは、フィーズ教の教え通り、載徳のある善きお方、ということですね」
嬉しそうなマリーナの言葉にマシウスが無言で頷く。続けてルークが驚きの表情のまま尋ねた。
「じゃあ先生……。コイツ、あ、いや、えーっと……フィーノ……殿は、聖獣殿と契約してるから聖者ってことですか?」
ルークは不器用に竜司郎に対する呼称を言い直した。とにもかくにも直情的で、それはどちらかと言えば微笑ましい懸命さからくるもなのだと、竜司郎は思った。
「まだ聖者とは決まっていないよルーク。聖者とは、大いなる功績と、民草の支持と、皇族の認証が必要だからね」
マシウスは優しくルークの槍に手を添えた。
「……ですが少なくとも、聖獣と主従契約を結んでいることで、飛野さんが邪悪な存在でないことは……確定です」
マシウスはルークの槍に添えた手に、警戒を解くようにそっと力を込めた。ルークは嘘のように剣呑さを消し、むしろルークのほうが安心したように槍を降ろした。
川岸にいる全員の表情が和らいだ。
お調子者のチート狸に助けられた格好になった竜司郎だけは、表情の片隅に、僅かに釈然としないものを残していた。
(これにて一件落着……なのか?)
狸の聖獣認定という、水戸黄門の印籠もかくやという帰結は、竜司郎の情緒を、安堵と茫然の間で反復横跳びさせる羽目になった。




