━━━案件13 異世界転生チート狸 調子に乗る━━━
竜司郎の情緒の反復横跳びを安堵で終わらせたのは、赤い髪の少女の明るい笑い声だった。
「うふふっ、私は最初から竜司郎さんがいい人だって分かってましたよ!」
マリーナは深い藍色の瞳に自信をたっぷり満たしながらルークを見上げた。ルークは”妹”の顔を不思議そうに見返した。
「本当か? どうして?」
「だって川から顔を出した時、竜司郎さん、真っ先に聖獣さんのことを気にかけてましたもん。竜司郎さんが悪しき方なら、真っ先に自分が助かろうとするはずでしょ?」
おぉ、とルークは感心したように声を上げた。感心はマリーナの観察眼と竜司郎の義侠心の両方に向けられていた。
思わぬ発言に竜司郎は気恥ずかしくなり、横を向いた。下を向いたら真っ先に気にかけた狸と目が合いそうだったからである。
……竜司郎の予想通り、狸はマリーナの言葉を我が事のように誇らしげに、竜司郎を見つめていた。
その主従にマリーナとルークはそろって微笑まし気な表情を浮かべたが、ルークだけはすぐに顔を引き締め、竜司郎と狸の前に進み出た。
……横を向いた顔を戻した竜司郎の前に、神妙な顔をしたルークがいた。何事かと見上げる竜司郎に、ルークは片膝をつき槍を置くと、頭突きでもするかのような勢いで頭を下げた。
竜司郎も狸も、ビビッて少し身を引いた。
「疑ってすまなかったフィーノ殿! 聖獣殿! お前らが聖獣の契約を結んでいるとは知らず、俺が先走ってしまって……!」
「俺は気にしてませんよ。ですから顔を上げてください。森の中からいきなり異邦人が現れたら、俺たちだって疑いますよ。……な?」
「そうッスよ。私も気にしてないッスよルークさん。……でもルークさん、御主人の名前はフィーノじゃなくて、飛野ッス、ヒ、ノ」
「お、おぅ、ヒノ……な!」
狸のツッコミに苦笑いのルーク。
竜司郎は和解の手を差し伸べた。ルークは苦笑いから破顔一笑して竜司郎と握手した。笑うと少年の顔になる。竜司郎はルークに笑顔を返し損ねた。予想通りルークの握手の力が強すぎたのだ。
ルークはそのままぐいっと竜司郎の手を引いて立ち上がらせた。
「それと……その、なんだ。お互い変な敬語は止めないか。俺とお前はどう見ても同年代だし、な?」
「……え?」
「……え?」
認識の齟齬が、二人の会話を奇妙なものにした。
(32歳の俺がルークと同年代? 御冗談でしょう……)
この状況でルークがおべっかを使うとも思えないし、竜司郎の容姿を見誤っているとも思えない。日本人だから幼く見えるのだろう。竜司郎はそう自分を納得させた。
「じゃあ俺はお前のことをルークって呼ぶ」
「じゃあ俺はお前のことを……ヒノは言いにくいんで、リュウでいいか?」
「おう、リュウでオッケーだ」
(リュウ……か。テルさん元気かな……)
竜司郎は自分をリュウと呼んでくれていた前世界の友人を思い出しつつ、握手したままの手をシェイクした。ルークはまた少年の笑顔になった。
そして出来のいい答案を見せる生徒の表情で、竜司郎に対する一連の対応の採点をマシウスに乞うたのだった。
マシウスはルークに大きく二度頷いて合格点を与えると、先導するように丘へ向かって何歩か歩き、若者たちに声をかけた。
「さて……詳しい話は丘の野営地で食事でもとりながらとしましょうか。チャコさんとマーカスくんも、話を聞きたがっているでしょうし」
マシウスが言い終えると同時に、マリーナは父の隣に並び立った。
「俺、一足先に知らせてきます!」
ルークは大柄な体にもかかわらず、軽快な動作で馬に飛び乗ると、丘へ向かって駆けだした。
敬愛するマシウスの前で先走ってしまった気恥ずかしさと、マシウスに諭された嬉しさと、マシウスに合格点を貰えた喜びで、じっとしていられなかったのだ。
丘へと歩き始めた神官父娘の背中を見ながら、竜司郎はようやくホッと一息ついた。
異世界で初めて出会った人たちは、異世界に転生した竜司郎と狸の、初めての味方になってくれたのだった。
「ともかく助かったよ。落ち着いたら何か甘い物でも奢ってやるから楽しみにな」
「マジっすか! 楽しみにしてますよ御主人!」
狸は嬉しそうに竜司郎を見上げた。
……だが、それだけで終わらせられないのが、この自称チート狸のチート狸たる所以だった。
「それよりも……聞きました御主人? 聖獣ですよ聖獣。いや~ぁ、いい世界に転生してきましたねえ」
狸はゴブリンに追われていたことも、追われた挙句に川に転落したことも、水中で厭世気分を出していたことも、すっかり忘れてしまったように有頂天だった。
(……ったく、楽しみにしてますよ御主人! で終わらせときゃいいものを)
竜司郎は調子に乗る狸を小脇に抱えると、丘に向かった巡礼団の後を追った。
「ちょっ……なにするんスか! 私は聖獣ですよ! それ相応の扱いというものが……」
「だったら聖獣らしくシャキッとしろ! デレデレしやがって……」
「はは~ん、さては御主人、私が聖獣認定されたのに嫉妬してますね?」
「お前のメンタリティと同レベルにすんな! ホラいくぞ!」
「いくぞって……ならここから降ろしてくださいよぅ御主人!」
四つ足をばたつかせて抗議する狸をそのままに、竜司郎はドカドカと歩調を速めた。
(……しかし、まぁ、厭世気分でクダを巻かれるよりは、こっちのほうがらしくていいな)
理由はどうあれ、狸のおかげで助けられたのは事実であったし、狸に甘い物を奢るという約束も果たさなければならなくなった。
紆余曲折あったものの、異世界人との邂逅は、終わり良ければ総て良し。及第点どころか十分に合格点といえるのではないか。
(さて、この世界には、狸と俺が好きそうな甘い物はあるんだろうか……)
竜司郎は初めて知り合った異世界人の後を追いながら、何となく楽しそうに、まだ見ぬ異世界スイーツと、異世界スイーツを狸と分け合う姿を想像していた。




