━━━案件11 飛野竜司郎 異世界人の尋問を受ける━━━
馬蹄の響きは思ったより伝わるものなのだな、と、座り込んだままの竜司郎は思った。
近づいてくる馬を操っているのは、槍を携えた大柄な戦士風の若者だった。
若者は焦りの色も露骨に男女に馬を寄せ、隙の無い動作で馬から降りると、竜司郎と男女の間に立ちはだかった。
若者は、壮年の男性ほどではないにしても、背は高く、筋肉は厚く、がっしりと鍛え上げられた骨格は、皮革と金属を組み合わせた軽快そうな鎧に包まれていた。
年齢は20歳そこそこだろうか。戦士の猛々しさにどこか稚気が混じった風貌で、濃いめの小麦色の肌が、がっしりとした筋骨によく似合う。明るい金髪は鉢巻のように巻かれたバンダナで逆立っているようにも見えた。
(ウェットスーツ&サーフボードで湘南の海にでもいれば、さぞかしモテるだろうなあ……)
前世界の海を想像しつつ、竜司郎が注目したのは、若者の両手にあるサーフボード……ではなく槍である。
槍は、竜司郎のイメージする槍よりも目に見えて太い。突きはもちろん、叩けば並みの槍など問答無用で粉砕しそうな太さで、大柄な体躯に相応しい大きな手に握られていた。
(すごい槍だ。単管パイプと同じくらい、いや、もう少し太いんじゃないか……?)
剣呑そうな戦士の乱入にもかかわらず、竜司郎は割と落ち着いていた。一度助けられて、心身が平常な状態にリセットされたのかもしれなかった。
「マシウス先生! 大丈夫ですか!? マリーナ! 怪我はないか!」
竜司郎から視線を外さず、槍の若者は矢継ぎ早に背後の男女に声をかけた。体格にふさわしい大きな声だった。
「ルーク兄さま!」
「落ち着きなさいルーク。私たちは今、この方を川から救出したところなのですよ」
「それは丘から見ていました! ですからこうしてやってきたのです!」
(なるほど。俺がこの二人……マシウスさんとマリーナさんに危害を加えないかと心配して駆けてきたわけか……)
竜司郎が危害を加えるつもりがさらさらなくても、異世界人からすれば、いきなり森から飛び出してきた人間を根拠もなく信用するのは無理な話である。
神官と思しきマシウスとマリーナはともかく、一瞬の油断が命取りの戦士ルークにとっては当然の用心であろう。
救助は救助。信用は別物、というわけだ。竜司郎はルークの態度に腹を立てることはなかった。
「お前は……何者だ?」
ルークから、至極当然の質問が投げかけられた。
穂先こそ向けられていないが、極太の槍は両手でしっかりと保持され、竜司郎が少しでも怪しい動きを見せれば即応できる構えだ。
竜司郎は素人目にも疲れ果てて座り込んだままなので、何かしようにもできるはずがない。それでも警戒を怠らず、仲間を護ろうとするルークの姿勢に、竜司郎は逆に好感を抱いた。
「飛野竜司郎と言います。飛野が姓、竜司郎が名です。生国は分かりません。土木と陸運を生業としておりましたが、事故に遭い、記憶を失って森をさまよっているところを、こちらのお二人に助けてもらったところです」
記憶を失うという箇所以外に嘘は言っていない。前世界はともかく、この世界での生国は不明。そして土木と陸運で生計を立てていたことも、事故に遭ったことも、目の前の男女に助けられたことも事実だった。
「ふぃーの……?? りゅーしぇろー……??」
ルークの反応は、何か未知の言語を聞き返すような反応だった。応じたのはマシウスだった。
「黒い髪と黒い瞳、そして姓が先に来る名前と西方皇国にはない響き……。ひょっとして東方帝国の方ではありませんか?」
「東方帝国……」
その名は付与記憶に記録されていた。正式には大晨帝国[たいしんていこく]という。
アイル・グレスト皇国があるシャルム大陸を東に東に進み、シャルム中央諸国、オウラ山脈を越え、シャルム東方諸国を経て、シャルム大陸東岸からゼルド海を渡ったさらに東のジーア大陸にある大国である。
アイル・グレスト皇国の通称、西方皇国と対比する形で、アイル・グレスト皇国民を筆頭に西方皇国寄りの国家や民の間では、東方帝国と呼ばれているのだ。
「東方帝国出身なのか? 東の果ての国じゃないか。あんな遠くから……?」
「分かりません。そのあたりの記憶もあいまいで……。とにかく俺たちは、森をさまよってる時にゴブリンに追われて、それであの崖から飛び出した次第で……」
竜司郎は予め決めておいた記憶喪失で押し切るつもりだった。マリーナ、マシウスは言うまでもなく、こちらを警戒しているが、ルークも悪い人間ではなさそうである。
そんな相手を出会って早々騙すのは気が咎めるが、竜司郎としてもこの世界で生き残るため、迂闊な言動は控えたいのだ。
「先生、コイツの記憶、『治癒』で治せないもんなんですか?」
さも当然といった語調のルークの提案に、竜司郎は内心焦った。
(しまった……! この世界には魔法があるんだったか……)
この世界は剣と魔法と神が存在する世界。
あれやこれやの特権的スキルを授かったとはいえ、つい先日まで魔法の知識が無かった竜司郎には出てきにくい発想である。
女神さまのメールマガジンで最初に言及されていたのは伊達ではなかったのだ。
「ルーク、いつも言っているでしょう。『治癒』に限らず、魔法は万能ではない、と」
「それは分かっていますが、これじゃ話が進みませんよ」
実はルークは短い問答のなかで、竜司郎の言動に敵意や悪意が無いことは認めていた。要は拳(槍)の降ろし所となる理由を探っている最中なのであった。
それなのに、このフィーノだかヒノだかという男ときたら、記憶にないの一点張りで取り付く島もないのだ。
「そうだフィーノ、お前、皇国臣民証は?」
「こうこくしんみんしょう?」
「皇国臣民の身分証明カードだよ! 聖者ジョージ様が発明したやつだ。教会[うち]の子供たちでも知ってるぞ」
ルークは、世話が焼けると言わんばかりに胸甲の首元へ片手をつっこみ、『これだ!』と表情に書いて一枚の金属カードを取り出して竜司郎に突き付けた。
クレジットカードと同じサイズで、クレジットカードより少し分厚い金属カード。両面にクレジットカード同様に何やら文字が書かれていた。
おそらく名前や所属なのだろうが、揺れているのでよく読めない。角には穴があけられており、ルークは革ひもを通して身につけているようだった。
(マイナンバーカードみたいなもんか……。前世界の免許証やマイナンバーカードを出しても……通用しそうにないな)
「ええ……っと……」
無いのは承知の上で、黒と銀のバイクプロテクターを寄せたり上げたりして、その隙間から、シャツの胸ポケットや、パンツの腰ポケットを探る。
実はそれは時間稼ぎで、竜司郎は、脳内でキャビン収納スペースを本命に検索の手を伸ばしていた。あるとすれば財布かバッグの中か……。
女神さまが、竜司郎の免許証やマイナンバーカードを、スマホや時計のように異世界仕様に改変して用意してくれているのを一割五分ほど期待したのだが……。
結果は空振り。
こうこくしんみんしょうなるカードは収納されていなかった。
(いや、分かっていましたよ女神さま……)
竜司郎の要望を汲んで、女神さまが特権を付与するリソースを前世界の、竜司郎の恩人たちに分け与えたのは確かだ。
だが、選択と集中の観点から言えば、この異世界マイナンバーカードは相当に優先されるべきものではないか。
竜司郎は女神さまのリソース配分にため息をつきながらも、そもそもの原因が自分の発言であることを顧みて半笑いになった。
竜司郎は折角異世界人に助けられたというのに、まだまだ予断を許さない立場のままであった。




