↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
119/135

━━━案件119 逃げるが勝ちの相手は確かに存在する━━━


「竜司郎さん!」


「竜司郎さま!」


 駆け寄ったマリーナとセリーネは、竜司郎の左手から伸びるラッシングベルトを見て、そろって目を見開いた。


 ベルトの先には、全身ボロボロのルークがぶら下がっていた。ルークはモリンと海竜の角を抱え、竜司郎の左掌から伸びたベルトに胴体を支えられている。


 ルークは覗き込むマリーナとセリーネに、無理やり笑顔を作った。




「へへっ……リュウのやつがな、この拘束魔法でちゃっかり角を回収していたのさ。まったく抜け目のないやつだよ……」


 そう言ってルークは自らの身体に視線を落とした。ガッチリと絡まったラッシングベルトは、竜司郎の采配なのか、ルークの身体に可能な限り無理のない巻き付き方で、彼の大きな身体を支えていた。




「ごめん、救助、頼む……。ラッシングの『軽量』効果でも、ルークとモリンと、海竜の角は結構重いんだ……」




 竜司郎は、素直に弱音を吐いた。


 海竜に吹き飛ばされ、泳いでベアートリクス号に近づこうとしたら、海竜がもんどりうって倒れ、そこをようやくモリンの水上バイクが駆け付け、ルークの太い腕で引き上げられた、というわけだった。


 状況が状況で、海竜の反撃が予想されるゆえに、船のクレーンを使った水上バイクの回収もできなかった。


 竜司郎は、とりあえずとばかりにルークをラッシングベルトで拘束し、モリンと海竜の角を預け、ベアートリクス号に文字通り自らを紐付けることで、九死に一生を得たのである。




 モリンはともかく大柄なルークと長大な海竜の角は、いくら魔法の効果があっても竜司郎には重荷であった。


 早速、護衛団の何人かが駆け寄り、竜司郎と、モリンと、ルークを引き上げた。そして竜司郎とルークが、尻もちをついたまま、海竜の角をトロフィーのように掲げたことで、士気と歓声は最高潮に達した。




 竜司郎が回収し、ルークが持ち帰った海竜の角は、ただの戦利品ではない。


 海竜を退けた事実の物証であり、件の海竜の詳細を知る重要な手がかりでもあるのだ。


 これを持ち帰り、調査し、ロナーシアのギルド総出で対策を練らねばならない。事態の推移によっては、伯爵に要請して軍を派遣してもらう必要さえ生じるだろう。






「負傷者の救護! 索具の張り替え急げ! 船体の補修は航行に支障がない範囲で後回しだ!」


 船長が足を引きずりながら、拡音石[かくおんせき]で命令を下す。




 竜の息吹で吹き飛ばされた者、破壊された船の木片を食らった者、転倒し打ち付けられた者。船員たちの多くは身を引きずりながらも、それでも持ち場へと戻っていった。


 彼らを突き動かす一番大きい動機は、たぶん海竜に対する恐怖心であろう。そして、その恐怖を心から少しずつ追いやっているのが、討伐隊総出で掴んだ僅かな希望。


 それは、竜司郎とモリンとルークの帰還によって、ベアートリクス号の乗員に、一層強く沸き起こった。


 その希望を手繰ってロナーシアへ帰る。生きて、ロナーシアへ帰るのだ。






 引き上げられる竜司郎とモリン、そしてルークを横目に、ヴェスタは矢を番えた。




 爆炎弾。これが当たれば、逃走のための時間を少しでも稼げる。


 手負いの相手に、さらに一撃を加える。だが、ヴェスタに逡巡はなかった。


 元傭兵として数多の戦場を渡り歩いてきたヴェスタは、敵への無用な情けが、自分や仲間の命を奪うことを知っていた。しかも、相手はあの海竜である。ヴェスタはためらわず鏃を海竜に向けた。




 海竜の動き、距離、風、船の揺れ、そして自らの技量。わずかの時間に全てを見極め、ヴェスタは『爆炎弾』を放った。




『爆炎弾』は、のたうつ海竜の頭部に見事命中した。炎と衝撃に打たれ、海竜の巨体が海面へ叩きつけられる。


 船員をフォローする護衛団たちが、声を上げ、口笛を鳴らす。ヴェスタが『爆炎弾』の二本目を手に取ろうとした傍から、別の、一本の矢が差し出された。




「ヴェスタ兄さん、あたしからも置き土産、お願い!」


 チャコが一本の矢をヴェスタに差し出した。それはチャコの『阻遮符』を全部括りつけた矢で、スマホや携帯電話に、これでもかと飾られたストラップのようでもあった。




「これを海竜の周りにばらまくだけで、一秒でも、二秒でも、あいつの魔力感知を乱せると思う」


「いいアイデアだな、チャコさん。我々にとって、海竜相手の一秒は千金に値する」


 ヴェスタはチャコから矢をもらうと、すぐに矢を番えた。『阻遮符』の束に、ややもたつきながら。




 仕留めるための矢ではないし、そもそも『強化』すらしていない矢では、かの竜鱗に傷一つ負わせられない。が、本命はチャコの『阻遮符』である。


『阻遮符』を束ねた矢は、通常よりも重い。ヴェスタはその分だけ仰角を付け、矢を放った。




 矢は、海面でのたうつ海竜に、見事に命中した。『阻遮符』が鱗に跳ね返り、海に小さく散開するのが見えた。一本でも、竜鱗に引っかからないか。


 流石に海竜もそこまで甘くなかった。海竜が纏う精霊力の被膜に弾かれて、『阻遮符』は全て海に落ちてしまった。


 しかし、万全の海竜ならともかく、角を折られ間もない海竜が相手なら、周辺にばらまかれた『阻遮符』でも相応の効果を発揮するのではないか。


 チャコは祈るように、『阻遮符』の『強化』のために使用して、こぶし大から半分ほどになった魔石を握りしめた。





 船員たちの奮闘で、ややいびつな形ながら、メインマストの帆が張り直される。セリーネが風の精霊を呼び寄せた。


 海竜の姿が、次第に遠く、小さくなっていった。





 リルヴィアは船尾楼から魔法紋の帯を垂らし、魔力を伝達していた。『水流操踊』で船体の左右に水流を作るためである。


 メルクス商会から支給された魔石は、すでに使い切っていた。あれだけ立て続けに『水流操踊』を使っていれば当然である。今は自らの魔力を振り絞り、力の限り水流を作り続けていた。


 そこへマーカスがやってきた。リルヴィアに、わずかに残った自分の魔石と、マーカスが魔術師として常備している魔石の布袋を渡す。


 リルヴィアは、片手で魔法紋の帯を海へ垂らしたまま、片手で受け取るのを申し訳なさそうにして、それを受け取った。




「合宿で教えていただいた『水流操踊』の御礼です。本当に、助かりましたよリルヴィアさん」


「精霊術師が船に乗るなら『水流操踊』は必須だからね。凪の海でも航行できるし……あ、魔石ありがとう。遠慮はしないわよ」


「ええ、遠慮しないのは、分かってますよ”リルヴィア姐さん”」


 爽やかな笑顔で投げかけられたマーカスの不意打ちに、リルヴィアは一瞬だけ驚いてジト目を向ける。




「……マーカスさん、どこでそれを?」


 マーカスはすぐには応えず、船尾楼から、海竜の方へ視線を向けた。




「貴重な情報の取得には、相応の代価を伴うものだと心得ています」


 マーカスは海竜へ向けた視線はそのままに、少しだけ気を緩めて、リルヴィアの隣に並んだ。




「たぶん、虎口は……いえ、竜口は脱しました。このまま無事にロナーシアに生還できれば、情報の出どころにも、見当がつくというものです。……そう思いませんか、リルヴィア記者長?」




「……そうね。帰ったら、ジェフトをとっちめてやらなきゃ!」




 そう。無事にロナーシアへ帰って、お喋りなジェフトをとっちめてやるのだ。そこから今回の一件を記事にして、いつもより多めに刷って刷って売りさばいて売りさばいて……。


 リルヴィアは表情と意識を、精霊術師から、情報誌記者へと変更した。






 海竜は、肉眼では見失いそうなほど遠ざかっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。