━━━案件116 大海蛇討伐隊 海竜と激闘す━━━
「海竜は、その大きさと色の濃さから、おおよその年齢を推察できます」
マーカスは竜司郎を促し、モリンの水上バイクと合流していた。
焦る竜司郎と、はやるルーク。
二人を珍しく手厳しい口調で制すると、マーカスは一呼吸置いて語り始めた。
「……あの海竜の色は水色。年齢はせいぜい百年そこそこ。人間でいえば、成人したばかりに相当する、かなり若い個体です」
「あれで十六歳そこそこの若さかよ……」
この世界の人間の年齢に換算して、ルークは驚いた。竜司郎とモリンも、まったく同じ思いだった。
竜族の成長と寿命は、人間とは尺度がまるで違う。百年を生きてなお若者扱いで、それでいてあの威容なのか。
「まず、こちらへの攻撃に体当たりを選んだこと。それに、あの色と体格を考え合わせると、まだ竜の息吹[ドラゴンブレス]を自在に扱えるほどには成熟していない可能性があります。ならば、付け入る隙はあります」
マーカスの口調は、恐怖を押し殺し、努めて冷静さを保とうとするものだった。持てる知識を総動員し、わずかな可能性を探り出そうとしている。
「付け入る隙って言ったって、どこにあるんだよ」
ルークは焦りを隠さずに問い返した。
彼は遠目ながら、しっかりと見ていたのだ。ヴェスタが至近距離から投じた銛が、海竜の鱗にいとも簡単に弾かれたところを。
マーカスは、はやるルークを再び制した。
「落ち着いてください、ルーク。マリーナさんの『護障壁』には、おそらく二段階の強化が施されていました。それでも、体当たりと『海竜の鉾』による追撃で崩壊しました」
「…………」
「ですが、船体には目立った損傷がありません。私の知る成体の海竜なら、あの突撃だけで護障壁ごとキャラック船を粉砕していたでしょう。つまり、あの個体の力は、まだ成体として十分に成熟した海竜には及ばない。マリーナさんが護障壁を再構築できるうちは、船はまだ持ちこたえられます」
魔術師として、マーカスはマリーナとセリーネ、そしてリルヴィアの力量も把握していた。支給された魔石の魔力量も考慮すれば、護障壁を再構築し、作戦を伝えるだけの時間は、まだ残されている。
「……つまり、あの海竜は、成体になってから、まださほど年を経ていない個体だということか、マーカス」
「その通りです、竜司郎さん。……少し、光明が見えてきたと思いませんか?」
竜司郎は、すぐには答えられなかった。
ものには限度があるだろう、と。その目がマーカスに訴えている。
マーカスは苦笑し、竜司郎の思いに同意するように小さく頷いた。
そして、作戦――いや、まずは目標を提示した。
「ルークに、あの海竜の角を、折るなり斬るなりしてもらいたいのです」
ルークの顔つきが変わった。
実のところ、彼自身、途方に暮れていたのだ。戦士の勘とでもいうべきか、海竜と相対した瞬間、自分の攻撃はまともに通じないのではないかと感じていた。
そこへマーカスから明確な目標を提示されたことで、ルークは迷いを断ち切ったのだ。
「私が紐解いた文献によれば、海竜は二本の角を使って精霊力を集積し、制御しているそうです。……魔術師の私から見れば、あの角は、凝縮された魔法紋のようなものなのです」
魔法紋マニアのマーカスの言葉に、竜司郎とルーク、そしてモリンは、硬い笑みを浮かべた。
冗談なのか本気なのか、判断に困る言い回しではある。だが、言わんとすることは素直に理解できた。
「精霊力を集積し、制御する器官である以上、角には全身と同じ密度で防護被膜を展開しにくいはずです。そこへ一撃を加え、精霊力の制御を乱すことができれば……」
マーカスは、そこで言葉を切った。
「……ただし、海竜にも大海蛇と同じく『加護』があります。あれは大海蛇の防護被膜をさらに発展させたようなもので、防御と回避の両方を兼ね備えています。今回は、あの海竜の加護が、若さゆえにまだ完全には仕上がっていないと見込んでの作戦です」
「その加護が、すでに完成していたら?」
「私も、竜司郎さんも、もちろんルークも、ベアートリクス号も、まとめて海の藻屑です」
「「「…………」」」
二人と一匹三人は沈黙した。だが、その沈黙は一瞬だった。
「……やろうぜ!」
ルークが剛槍を握りしめた。
このままジリ貧になるくらいなら、戦って活路を切り開く。
その道が見えたのなら、自分の剛槍と意志でこじ開け、みんなをロナーシアまで連れて帰る。それこそがルークらしさであり、冒険者としての矜持ではないか。
「……俺は何をしたらいい、マーカス?」
「私の魔法で牽制し、ルークさんの一撃を補佐します」
竜司郎は水上バイクのハンドルを握りしめた。
歯の震えも、手の震えも止まっていた。
十年以上、社会人として働いてきた経験が、ここで生きたのかもしれない。明確な目標が与えられれば、あとはそこへ向かって全力を尽くすだけだ。
「……モリン、ルークのこと、よろしく頼む」
「はいッサー! お任せください御主人!」
総毛立っていたモリンの毛も、いつの間にか落ち着いていた。
そう、自分は聖獣なのだ。そしてここには、御主人を筆頭に、頼もしい味方が大勢いる。
若造の海竜など、なにするものぞ。
「────いくぞ、ルーク」
「おう!」
竜司郎はスロットルを回した。モリンもルークの「おう!」に合わせてスロットルを回す。
海竜は再び、間欠泉のような勢いでベアートリクス号に襲い掛かった。
船員たちと護衛団は、ヴェスタの姿に辛うじて支えられていた。
ヴェスタは銛から強弓に武器を持ち替え、鏃に『爆炎弾』を込めた矢を放っていた。
チャコの誘導を頼りに、海竜が海面へ浮上する寸前を見極める。船縁から身を乗り出し、海竜の出現位置を狙って矢を放つのだ。
少しでもタイミングがずれれば、海竜が巻き起こす間欠泉のような突撃に巻き込まれて一巻の終わりである。
その豪胆さと、決して折れない戦意を体現する姿が、恐怖に屈しかけた船員たちの心をつなぎ止めていた。
轟音と爆炎。
爆発が海面を揺るがし、海竜の突撃軌道をわずかに逸らす。
それによって、最初の突撃よりも遠い位置で海竜を受け流すことができた。
それでも、その勢いと、海竜の巨体から放たれる精霊力の圧力は凄まじい。護障壁が削られ、ベアートリクス号の船体が大きく揺れる。
ヴェスタの奮闘、チャコの位置探知、マリーナの護障壁、セリーネとリルヴィアの精霊魔法。そして、船員たちの必死の操船。
全員の力を結集し、ベアートリクス号は、からくも二度目の”海竜の間欠泉”をしのいだのだった。
海竜は苛立っていた。
小癪な人間どもは、一度ならず二度までも、自分の突撃をかわしてみせた。そればかりか、逃げながら反撃までしてくる。
海の覇者たる自分の力を、こうもあしらうとは。
人間どもの悪あがきは、海の覇者たる海竜の自尊心を傷つけるに十分であった。
船底を撃ち砕き損ねた海竜は、再び海中へと潜った。
……おそらく、マストの傍にいた赤い髪と青黒い髪の人間が原因だ。魔力の壁を作り、船を固めて砦たらしめている。
あの二人が小賢しい魔法を使い、船を守り、覇者たる自分の行く手を阻むというのなら、相応の報いをくれてやらねばなるまい。
海竜はベアートリクス号の側面へと回り込み、鎌首をもたげた。




